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地頭の良いお子様とは?

【1508797】
スレッド作成者: 流れ星 (ID:dJDpbF9qP7A)
2009年 11月 17日 09:21

持って生まれた能力というものは、少なからず誰しも何かしらあられるとは思いますが、地頭の良いと思われるお子様とはどの様な方を皆様は思われていらっしゃるのでしょうか?
因みに、小六の息子の塾での地頭の良いと噂されるお子さまは、ご両親がお医者様。塾では誰とも話されないとか。しかし全国では常にトップに入られています。 後、夫婦共に弁護士の方のお子様は暗記がずば抜けていらっしゃるそうです。
息子の塾の一番上のクラスのお子様達のご両親の職業は七割が医者だそうです。やはり、地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか。
皆様はどう思われますか?

【1559274】 投稿者: 久しぶりに   (ID:bzsyfxtwsi6)
投稿日時:2009年 12月 30日 18:08

地頭に普遍性はあるのでしょうか?
私は最初、知能に関係するのかと考えましたが、それでは難しい。
知能と創造性と成績と才能と学歴は相関していますか?
ギフテッドにしても、知能検査のすべての下位検査で高い値が出る事ではなく、かなり凸凹していることが多いはず。

地頭とは、「ある分野において有利に働く能力」と考えるとわかりやすいのではと思うのです。
医師の地頭、教師の地頭、ラーメン屋の地頭、ボクサーの地頭などのように。

【1559393】 投稿者: ギフテッド   (ID:RV5RV39gdSA)
投稿日時:2009年 12月 30日 21:49

まとまりの無い文章に返信頂き有難うございます。
何をもって地頭が良いとするか、人によって判断が
違うという事は、結果的に基準が無いので、人生の
喜怒哀楽と同じ様に自分の満足度で決めるものか、
はたまた他人の基準で決まるものか、大いに悩みます。
とりあえず、ギフテッドで言えば、カナダにいる兄と妹
揃ってIQ200の矢野さんとヤッターで有名なハリウッドスターの
マシオカさんがIQ189で有名ですね。
共に世界の天才児が集まる同じプレップスクールに通ってました。
一人は自分の脳のバランスを考え、あえて得意な分野に進まず、一人は得意な分野で実力を発揮しました。
ではギフテットだからと言って、人生が特別でも無ければ、
努力しない訳ではありません。
彼等の凄いところは、おごらない事です。
出来る人間程、自分から出来るとは言わないのです。
だから、凡人には追いつけないのです。
地頭の良い人は、その才能を他人に認められ、尊敬される
人だと思います。

【1559486】 投稿者: 適正ある子   (ID:l8vAQlZKF8c)
投稿日時:2009年 12月 31日 00:07

根本的なさん

独創性の話は
受験の為の勉強である場合、受験用なので独創性もないので(受験以外では)「まったく無価値である」と考える人もいたので、あえてしました。

だいたい、受験勉強であっても、学校での授業内容から離れるものでもないですし、学校での学びの内容のほとんどは、『ある時点』では「独創的」であったものですよ。
基本的な数学のゼロの発見であってもね。

生徒にとって内容のほとんどが、自分にはつまらないし、意味がないように感じられることと、本当の価値は別にあります。(学校の授業が全てそうであっては、勉強が基本的に嫌いになるってしまうことになりますね)

ほぼ全ての「先人達の叡智」は「独創性の種」になります。
独創性をなした人は、独創性をなした分野の「先人達の叡智」を利用しているはずです。
人は、どの分野で何時、独創性が開花するかわからないのですから、多く「先人達の叡智」に触れ、習得することは、単純に良いことなんですよ。
受験秀才は、単純に言ってしまえば、先人の叡智を効率的に吸収できる能力の高い子といえます。いいことでしょ?(笑)そこから先の創造性は又別の問題ですね。(でも、私は、そういう創造性の開発プログラムも授業にあればとは思います)

独創的とかいいますが、私は、「社会的」独創性と「個人的」独創性があるのではないかと思っています。

「社会的」といっても、現代において認知され評価されていることであって、「すでに忘れ去られている」、「否定されている」、「認知さえされていない」といったことが当然あるので、流動的で固定されてはいません。

個人の人生は「個人的」独創性でとらえれば十分じゃないですかね。
社会的独創性としては、すでに、発見発表されていても、個人的に自分の知識を土台として、自分なりの新しい発想、発見は、日々されているのでしょ。本当はこちらの方が幸せに直結してるんじゃないかな。
ほとんどが、お釈迦様の手のひらの孫悟空でしょうがね。そんなものでしょう。

独創性が領土拡大的な意識?
>それは、領土拡張をともなった政権交代のようなものなのです。
>「権力への欲求」を持たずして、なしえることではありません。

かどうかは分かりません。そんな意識もなく発見されることもあるのではないでしょうか?

「新しいことをしたいと思う人」と、「先人達の叡智の使い回しで生きていけるから良いじゃんって思う人」もいますし。
それは、生き方の問題なのでね。

社会的独創性は技術によっては社会にインパクトを与えることもあり、パラダイムシフトを引き起こす場合があります。
そこで、人類の進歩に貢献したということになるのでしょう。

今後日本は、社会的独創性を供給できる国になる必要があるのは間違いないでしょ。産業構造上常に、新規分野が必要ですしね。
その為には、優秀な子が一人でも多くいた方がいいに決まってます。どういう学校で学ぶかのバリエーションは多い方がいいとも思います。

答えになってないと思いますが・・・すみません。

ギフテッドの話は、まだなんとも言えません。それほど考えていないので・・

【1559513】 投稿者: 完全に横ですが   (ID:VGa7fN2NJ2Q)
投稿日時:2009年 12月 31日 00:42

日本ではギフテッドという診断名はなく、発達障碍として扱われます。
(発達障碍と疑われると検査をしますので、そこでIQがわかります。)
ですから、ギフテッドのお子さんは、日本では特別支援教室に多くいらっしゃいます。
その特性ゆえに、集団での生きにくさを持っていますので。
特別支援=障碍、というイメージの強い日本を離れ、
能力を高められる教育を求めてアメリカへ移住するのは責められないことと思います。

日本の教育は、平等に、同じように、集団に適応するようにと、子どもを画一化する方向性が強く、ギフテッドのお子さんの能力を十分に活かせる教育を受けられる場は殆どありません。
超難関校にそれを求めて、中学受験するご家庭も多いようですが、EDUでも発達障碍といわれてしまうお子さんが中学受験することに否定的なレスが多いですよね。
ギフテッドは、決して羨ましい存在などではなく、特に日本ではまだまだ辛い思いをしながら生きていかなくてはならない存在なのです。

【1559589】 投稿者: 根本的な   (ID:vm7qgSuCJW6)
投稿日時:2009年 12月 31日 08:23

適正ある子さん


 たいへん真摯なご回答をいただきまして、まことにありがとうございます。とりあえず、御礼を申し上げます。


老眼さん


 読みましたか?これだから、私にとって「適正ある子」さんは「アウト」ではないんです。どんなに「下品」でも「失礼」でもね。


 今回は、(笑)も少なかったですしね(笑)。

【1559590】 投稿者: 根本的な   (ID:vm7qgSuCJW6)
投稿日時:2009年 12月 31日 08:30

完全に横ですが さん


>日本ではギフテッドという診断名はなく、発達障碍として扱われます。
>ギフテッドは、決して羨ましい存在などではなく、特に日本ではまだまだ辛い思いをしながら生きていかなくてはならない存在なのです。


 これは、深刻な問題ですね。こんなことも知りませんでした。私は「天才」のイメージで語っておりましたが、問題はもっと複雑なようですね。参考になりました。

【1559608】 投稿者: ギフテッド   (ID:gNrLzKmvnaI)
投稿日時:2009年 12月 31日 09:32

横様、専門的な説明を頂き有難うございます。
自分もそうですが、そもそもIQ自体、普通は
わざわざ調べないですね。
天才と言われる陰に、改めて大きな問題を
抱えている事もわかりました。
言われて見れば、学力が極めて優れている子に
多動の子が多いのも理解出来ます。
本当に、地頭と言う言葉からの連想ゲームですが、
難しいですね。
人も不具合のある家具と一緒で、こっち叩くと
あっちが出て、やはりできるだけ多くの他人との
相対的な評価で判断する事が必要ですね。
凡人家庭には、荒波に出るよりは、満員のプールの方があってそうです。
安全なようです。

【1561872】 投稿者: 根本的な   (ID:Tg0nWBCZK9U)
投稿日時:2010年 01月 04日 14:18

適正ある子さん

>ほぼ全ての「先人達の叡智」は「独創性の種」になります。
独創性をなした人は、独創性をなした分野の「先人達の叡智」を利用しているはずです。
人は、どの分野で何時、独創性が開花するかわからないのですから、多く「先人達の叡智」に触れ、習得することは、単純に良いことなんですよ。

 それはいいことですよ。そんなことは否定していません。私は「先人の叡智」を学ぶことと「独創性」を追求することは両立しうるって書いているでしょう。
 そして、もちろん「独創性の種」は「先人の叡智」のうちにある。それも当然でしょう。ただ、その「先人」から「独創性の種」を引き継いで、それをもとに自分自身の「独創性」を花開かせることに成功したひとがいたとしたら、それはやはり偉大なひとだなあと思いませんか。そのひとが自ら「私など先人よりちょっと上のことをしただけです」と言ったとしても、それは謙遜というものでしょう。でも、他人が「あのひとも先人よりちょっと上をいっただけだ」なんて言うとしたら、ちょっと嫌な気がしませんか。やっぱり俺たちとは次元が違うなあと素直に認められないんですか。このあたりのメンタリティにおいて、あなたは視点さんとそっくりですよ。

>独創性が領土拡大的な意識?
>>それは、領土拡張をともなった政権交代のようなものなのです。
>>「権力への欲求」を持たずして、なしえることではありません。
かどうかは分かりません。そんな意識もなく発見されることもあるのではないでしょうか?

 「そんな意識もなく」ってどういうことでしょう。「無意識に」ってこと?それとも「無自覚」ってこと?仮にそういうひとがいたとしても、新しい「発見」などしてしまったとしたら、やっぱり大喜びしませんか。なぜ、喜ぶか。ほかのひとのできないことを自分ができたからではないですか。それはいわゆる「優越感情」のようなものが満たされたからではないですか。それを私は「権力への欲求」といっただけですよ。だれにでもあるものです。


>「新しいことをしたいと思う人」と、「先人達の叡智の使い回しで生きていけるから良いじゃんって思う人」もいますし。 それは、生き方の問題なのでね。

 「生き方の問題」ですか。なるほどね。わかりました。

「独創性」というぶどうのお話。

 『あのぶどうは酸っぱすぎたのだ、私にとっては』、と自分を納得させる。それは問題ありませんね。『ぶどうなどいらないし、ぶどうを食べるかどうかは「生き方の問題」だよ。ぶどうを食べないという「生き方」もひとつの「生き方」だ』。でも、ぶどうはおいしいことくらい素直に認めましょうよ。そのあげくに、『ぶどうを食べないという「謙虚」な「生き方」こそ「大切」だ』、などと道徳的説教までされると、ちょっとね。

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