女子美の中高大連携授業
地頭の良いお子様とは?
持って生まれた能力というものは、少なからず誰しも何かしらあられるとは思いますが、地頭の良いと思われるお子様とはどの様な方を皆様は思われていらっしゃるのでしょうか?
因みに、小六の息子の塾での地頭の良いと噂されるお子さまは、ご両親がお医者様。塾では誰とも話されないとか。しかし全国では常にトップに入られています。 後、夫婦共に弁護士の方のお子様は暗記がずば抜けていらっしゃるそうです。
息子の塾の一番上のクラスのお子様達のご両親の職業は七割が医者だそうです。やはり、地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか。
皆様はどう思われますか?
天才は中卒だろうが東大卒だろうが天才。
天才に学歴は不要だし無意味。
(学歴や肩書を必要とするのは凡才)
過剰な受験勉強は天才を伸ばすのではなく埋もれさせる。
子供の本当の才能を伸ばすには、親が受験に染まらないことが必要。
過剰な受験勉強から受験秀才は生まれても天才は生まれない。
それでは議論をお続けください。
町工場のスペースシャトルの部品のすばらしさ、いいですねぇ
資源の薄い日本にあって 日本のよいところ
それは 技術力 というか職人力。
結果を出すまでの道のりの大切さ。
老眼さんの 地頭項目4への追及。
わくわくドキドキ。
普通のおばちゃんさん
>我が家では論理性は家庭の会話の中ではぐくまれてきているような気がしています。
本、ここでいう本とは小学生向けのひらがな本とかではなく例えば「宇宙に秘められた謎」程度の本を指します、を小学校低学年がすらすら読めて理解できるとします。一方でルート記号を含む四則計算の単純計算程度なら暗算でもすらすらできるとします。しかし、算数オリンピックの問題や数学のひろばの0章の問題は半分も解けない。この例は物事を論理的に考える習慣といいますか、論理性というもの自体を初期に正しく学ぶことの必要性を示していると考えています。、一般的にいう読書とか国語の問題を解くということでの読解はそれはそれで母国語の基本的学習として、あるいは道徳性や感性を育むために必要なことですが、読書や読解だけでは論理性を身につけることはできないという示唆です。
普通のおばちゃんさんのご家庭では、会話の中でこの論理性を育むことができるというのは本当にすばらしいことです。
>映像のように覚えてしまう子 ・・・・あさっての方法でアプローチすると壊れていくように私は見ています。
映像のように覚えてしまう子の場合における「あさっての方法」とは何ですか?
視点さん
>天才は中卒だろうが東大卒だろうが天才。
>天才に学歴は不要だし無意味。(学歴や肩書を必要とするのは凡才)
>過剰な受験勉強は天才を伸ばすのではなく埋もれさせる。
>子供の本当の才能を伸ばすには、親が受験に染まらないことが必要。
>過剰な受験勉強から受験秀才は生まれても天才は生まれない。
どの文に書かれている内容にも対論を持ち合わせません。それ故、議論の余地がありません。
1つ教えていただけますか。視点さんのこの結論は実体験からのものでしょうか?
つぶやきさん
どんなにもとの器が良くても磨きをかけないとただの骨董品になってしまいますし、一方で、もとがたとえ極めて優れているということではない器でも「使えば使うほど」この世に2つとない味のあるものになる喩えは町工場のおじちゃんたち以外にもたくさんありますね。
まさに、もとの良し悪しに関係なく、広い意味で、
>結果を出すまでの道のりの大切さ。
だと思います。
>わくわくドキドキ
子供の場合、「使えば使うほど」のありかたを間違えると子ども自身に悲しい思いをさせることになるという指摘はこれまでも多くの方が述べておられます。何のための地頭か、を意識しながら未知なる地頭項目4の答えを探りたいと思っています。私も知りたくてうずうずしているひとりです。つぶやきさん、こっそりと、わくわくドキドキしていないでいろいろ教えてください。お願いします。
だいぶ話の流れが掴めて来ました。
地頭論ですが、あくまで理論上の話と実践上の話が混ざっているから整理できていないのかもしれません。
「地頭が良い」とする基準としての結論は、社会で成功するかどうかにかかっているのではないかと思い
ます。
大きく2つに分かれるのではないかと思います。
理論上の正攻法として、勉強が出来て小さい頃から飛びぬけた秀才が、そのまま将来に向かって伸びて言っ
た場合。そして、業績を残した場合。
もうひとつは、茨の道を行きながらも様々な分野で飛びぬけた業績を残している人達。
ですので、小さいうちから頭角を現さない子供の場合には、一般的な道に沿って歩いていく事が良いのでは
ないかと思います。そこに、中学受験も含まれます。
地頭がある、無いにせよ、人間は鳥のように空を飛べもしないし、チーターのように早く走れるわけでもな
いので、限界がある弱い動物だと思います。
結果的には、自分の資質を生かせる事が出来、名前が残り有名になる事によって、初めて神童であった事が
証明されて、一般の人達に知られ、地頭が良いと判断される基準ではないかと思います。
これを努力と言われるかとも思いますが、もともと地頭があっても、報われない場合もあると思います。
報われない方は、世に知られないままになるので、地頭がよいと言う事すら話題にならないと思います。
老眼さん私はつぶやくのが好きなんですが。
地頭は本人が自覚しなくても
自然に伸びていくものだと思います。
誰かにみとめられなくても。
親は テストの結果が良いとか 数字になって現れたりすると ほっとするのではないのでしょうか?
私の子育て間違っていなかったとか。子どもは???親が喜んでいるから自分もうれしいな。
中学受験は ゲームでいうところの攻略本が過去問だったりするだけの話で。
上位校に入学できた子どもをみると とりあえず 安心というかほこらしくなりますね。
けれどもこども本人は 分厚い教科書や 進度の速い学習要項にそって また スタート。
学びは 本来テストというかたちではなく 発見から。
そうだったのかーー。と感じる心なのだと思います。忙しくほれほれと 与えられても消化不良おこしてしまうだろうし。
消化不良にならないのが地頭の良さと語るかたもいましたね。
職人さんの鍛錬のような 手や耳 皮膚感覚でのびていく 能力のほうが
つぶやいているばかりいるわたし好みですが。
職人の手元はとても美しいと思います。
ピアニストも 魚屋さんも
子どもがあこがれる大人になりたいなぁ。
地頭の のばしかた
中学受験においては
しろくまさんぶらっくしろくまさんなどに
参考意見をきいて自分なりを探したほうが手っ取り早く安全に感じるでしょうねきっと。
真摯に学び きちんと教えの乞える子どもが地頭がよくなると思います。
独学も一つの手段ですが。やはり 限界が。
このスレで いろいろ学ばせていただけるので とても 感謝しています。
わくわくドキドキ




































