女子美の中高大連携授業
地頭の良いお子様とは?
持って生まれた能力というものは、少なからず誰しも何かしらあられるとは思いますが、地頭の良いと思われるお子様とはどの様な方を皆様は思われていらっしゃるのでしょうか?
因みに、小六の息子の塾での地頭の良いと噂されるお子さまは、ご両親がお医者様。塾では誰とも話されないとか。しかし全国では常にトップに入られています。 後、夫婦共に弁護士の方のお子様は暗記がずば抜けていらっしゃるそうです。
息子の塾の一番上のクラスのお子様達のご両親の職業は七割が医者だそうです。やはり、地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか。
皆様はどう思われますか?
つぶやきさん
適正ある子さん
普通のおばちゃんさん
レスポンスありがとうございます。土日パソコン見れず遅くなりました
>お嬢様の方向性とは違うとご自身でわかっておられるのに。 実は今回、地頭ってさんのレスを読んだ時 はじめて ムカッとしました。
お気に触られたらすみません。つまり子供は、まだ子供なので、夢を追っているわけです。自分の好きなことを一生研究して過ごせれば、最高だと思っているのです。所謂学者と言うものです。ただしテーマは人類の利益に直結するようなものではないのです。まずお金にもなりません。かなり狭き門です。そんなジャンルの学者を目指すとして、学科のある大学から入るべきか、先ず東京大学で学び大学院から専門へ進むほうが有利なのか。知りたいのはそんなところでした。だから方向性が違うのかどうかもよく分からないんです。
爺さんから「可能性があるなら東大目指さなければもったいない。」と散々30分も説教を受けたわけですが、爺さん達も、東大を目指したことも、学者になろうとしたこともないわけです。この板にはご出身の方も、研究者の方もいるわけですから、外野には分からない「もったいない理由」が出てくるのなら、子供にはこういう点も調べてみればと言えるかと思ったまでです。
子供は既にAO入試(当然東大ではありません。)目指して走り始めています。今年の前半が勝負です。上手くAOの資格が得られるかどうかは分かりませんが、その結果を踏まえて、再来年の受験を目指します。
視点さんへ
ありがとうございます。やはり私には視点さんのご意見が一番分かり易い。人間努力と情熱。これがあってあとは運だと思います。
京大には有名な研究会があるので、本人も見に行くつもりのようです。猿ではありませんが。
昔はこどもさんへ
いよいよですか。よく睡眠を取って万全の体調で臨めますようサポートしてください。
お母さんの文章を読んでいる限り、先ず心配ないお子さんに感じますが、結果に関わらず大事なのはお子さんの努力の過程です。充実した中学受験になりますように。
通りすがりさん
>東大入試(2次ね)ほど、点を気にしなくてもよい入試はないよ。
だって、数学と物理がめちゃくちゃ得意だったら、他の科目なんてほとんど気にしなくていいんだから。だから、数学や物理がめちゃくちゃ得意で理Ⅰ目指すんだったら、みんな本番での点数なんて気にしないよ。受かるのは当たり前なんだら。(数学と物理で150とれば、他の科目はほとんど関係ないでしょ) センターの文系科目なんて、2週間もあれば十分。
お返事がないようなんで、推測で書きますけど、おそらくあなたは、センター試験のような「ウルトラクイズ」タイプ、すなはち、処理能力および記憶力を問うような試験も、「二次」のような思考力を問うタイプの試験も、両方トップになれる実力をおもちの方、つまり、「両刀使い」の方とお見受けいたしました。そうですよね。
ですから、私も安心してお話しできるんですけど、「センターの文系科目」を「2週間」で記憶できる能力というものは、「ギネスブック」に名前を載せるには多いに役立つかもしれませんが、残念なことに、「ネイチャー」に名前を載せるためには、全く役に立たない。だって、学問研究の世界では、他人の論文に書いてあることを理解して記憶するなんて作業(能力でしたか?)は、全く評価の対象にならない。評価されるのは、他人の論文にも著書にも書いていないことを、自分で考えて生み出す能力なんですからね。当たり前のことですよね。
そのことを知らずに、たまたま「ウルトラクイズ」が極めてよくできたために、本当は思考力はたいしたことがないのだけれども、自分は頭がいいのだから、「学問の世界でも、十分勝負できる筈だ」と勘違いして、研究者をめざしてしまうひとがいる。ところが、実際にやってみると、中学入試でも、大学入試でも、自分よりはるかに下の偏差値だったやつが、なにか独創的な仕事をして、自分をいとも簡単に抜いてしまうなどという信じられない現象がおこる。あなたのまわりにも、そんな可哀想なひとがいるでしょう?哀れですよね。そういうひとって。
そういうひとは、でも、いまさら「自分はたいした頭脳の持ち主ではなかった」などということは、断じて認められない。だってもう、小学生以来の勝利の経験の積み重ねによって、完璧に磨き上げられた「プライド」が、できあがってしまっているわけですから。かれらはいつまでもその「プライド」にしがみつかざるをえない。下手をすれば、死ぬまででも。なんという可哀想なひとたちなんでしょうか。あなたも、きっと彼らのことを正視するに耐えないのではないか。無惨です。残酷ですよね。
ですから、私はこのような非道な教育システムを、一刻もはやくおわらせなければならないと、固く信じているわけなんです。おわかりいただけますよね。あなたなら。
○地頭ってなに?さん
>「もったいない理由」が出てくるのなら、
お爺さんがおっしゃった「もったいない」は正しいと思います。
研究業績という側面で考えてみます。
米国で業績を継続して出している研究室には、そこでの研究に携わることを希望する世界中の者からアプリケーションが例年季節になると厚さにして50cm位でしょうか山の如く届きます。そこに書かれているのは1ページの個人情報と数通の推薦文、そして残頁のすべてが当該研究の意義目的背景、その意義と自他のエビデンスとの関連、研究方法、過去業績一覧(論文、学会発表)、参考文献で、このアプリケーションペーパーの内容が選考の入り口になります。こういう研究施設にアプライするにはそれなりの実績が必要になるということです。将来海外の研究施設に勤める場合には、通常はその前段階として国内外の大学・院で業績を積むわけです。
ところで、研究には資金が必要です。次年度以降の研究に必要なグラント獲得は極めて狭き門です。自然科学系領域の場合、国内では所属講座が属している組織(大学、研究所)がある程度の予算を賄いますが、例えば米国では個々にグラントを得るしかありません。その背景に日本と米国の肩書の意味合いの若干の違いがあるかもしれません。教授、日本では定年までおよそ肩書きとして機能しますが、米国ではグラントを得られない場合はその道の世界的権威であっても翌年からポスドクも秘書も雇えなくなりグラントを得た共同研究者が存在しなければ研究室は閉鎖に追い込まれ教授もリタイアです。等しく1研究者であるという考えが徹底しており、業績のみが評価されます。人種、国籍、年齢、学歴、もちろん出身大学・院も無関係です。大学の研究資金の潤沢性はいかに多くの業績を出しているかに依存します。
業績の評価についてです。各省庁の研究会等発行の学術論文は日本語で書かれもいたしますが、国際学会での学術論文や口頭およびポスター発表の標準言語はご存じのように英語です。およそ他国の大学図書館で文献検索をかけましても、本文日本語+英文アブストラクトの場合は英文のみ表示される場合がありますが、日本語学術論文の全てがひっかかりはしません。余談ですが、そんなこともあってか、大学教員募集に対し日本語論文を自己業績として提出した場合には採用選考除外を考える厳しい教授もいます。
海外では、恐らく国内でもファーストオーサー(主体的に研究実験を行って論文を書いた人)が主な評価の対象です。また同じ英語論文でも数量よりも業績論文のインパクトファクターが評価の対象になります。投稿論文を受理されることの重要性とは別に、各研究者は他者が書いた高インパクトファクター論文中に自作論文が参考文献として扱われるかどうかに着目します。引用回数が多いだけ学問的な貢献度が高いためです。先のグラント獲得と合わせますと、もし自分の研究の方向性が正しいのかどうかを国際的評価にさらす場合、インパクトファクターの高い学術誌に英語で論文を書く必要性がおのずと生じます。
以上を整理します。理学部(あるいはお子さんの興味のある生物学に関連のある研究をしている学部・学科、あるいは内容的に関連がなくとも生物学研究の広範な技術や海外との強いパイプを所有する学部・学科)で、インパクトファクターの高い英文論文を精力的に発表しているところはどこか、これが基準とはならないでしょうか。
以上の事実と考察が妥当と仮定して、東大は国内でこの基準を満たす大学の1つであるので、お爺さんが言われた「もったいない」は正しいと言える、としました。
何かを知りたいというお嬢さんの純粋な気持ちとはだいぶ異質な内容ではありますが、現実にはこういう側面もあります。子供たちが学びたいことを自由に学べる環境、設備や資金も含めて、がいたるところにあればいいのにな~と思います。
地頭ってなに?さまへ
わたしの周りにも お嬢様のような方が 何人かみえますが
皆さん 結構周りと 葛藤があるようすなのです。
地頭ってなに?さまが そんな外の声の盾になってあげてください。
でも・・・ どこまで追求するのかは 本当に親御様としては 心痛だと思います。
そんな・・・・たくましさも含めての 人生なのかもと最近は思うようになりました。
子供の今に寄り添うことと 将来の道筋は 一致しないこともありますが
子ども自身が選んでいけば それは笑顔の道になるはずだと 思います。
前向きな明るさと 安心感 それしかないのかもしれません。
私の子供達への自戒もこめて そう思います。
東大はすごい。 確かにすごい。
よいところも 老眼さんがおっしゃるとおり 多いのだと思います。
でも 絶対に かなりの確率で あの時 パパが・・・
という展開になりませんか?
志の強い お子様ほどこの気持ちは強くなる一方で
聞き分けるというより あきらめさせるという結果?なるのですか?
地頭ってさんのお父様としての 気持ちが痛くて。娘さんがAO入試めざしてというところにも
痛い。ご心配なのも 痛い。
今日の日本で 男だ女だというのもおかしいですが、ご家族は心配ですよね。
でも やり遂げてしまいそうですね。お嬢様なら。
才能もやる気も十分。うらやましい限り。
たくましくやさしく 育てられたご両親。心中 複雑ですね。
地頭ってなに?さんへ
気にすべきことは、研究環境とどういう研究者がいることではないかな。
その分野で一流の研究者であれば、海外につながりもあるでしょう。
本物の研究者が見るのは「人」だし、Diversityの考えもあるから東大が有利とも限らない。
奇を衒うのはだめだが、我が道を行けばいい。
魅力とは他人との違いなのだから。
情熱があれば、大学にいけなくても道は開ける。
自宅のパソコンから世界の情報にアクセスできる現在、学ぶ気になればいくらでも学べるし、海外の権威にコンタクトをとることもできる。
実は恵まれない環境こそが、人を育てるという面がある。
大切なのは、学びに対する情熱。
安藤忠雄さんは、独学で建築を学び、東大で教えていましたね。
ご本人は高卒だったかな。
いつかの入学式で、親離れできない東大生と子離れできない親に対して、苦言を呈していたのがニュースになっていましたね。
地頭ってなに? さん
>ありがとうございます。やはり私には視点さんのご意見が一番分かり易い。
>人間努力と情熱。これがあってあとは運だと思います。
だから、その路線は否定しないし、頑張っていただければいいけど。
視点さんが例にだす、安藤忠雄さんは、本当に『存在として稀有』なんだよ。そんな、経歴の人は他にいないでしょ?
だれでも知ってる有名な 黒川 紀章 にしても、感性豊かな作風?の 伊東豊雄 だって視点さん嫌ってる?東大に在籍していたし。
他の有名な人も、それなりの普通のルートで建築家になってる。
それを例にだして、お奨めするのは・・・娘さんは『生物界の安藤忠雄?』にするの?
>情熱があれば、大学にいけなくても道は開ける。
情熱があれば、高校やめて、大学にも行かず、独学でもなんとかなるのかな?
社会は、『評価は、他人がする』厳しい世界だよね。知ってるでしょ?
自分がどうのこうの言っても、自己評価より、他人の評価によって、いろんな『立場』が設定される。
営業は、どんなに頑張っても、売れなければ、評価されない。
作家でも、美術家でも、研究者でも、外部評価にまったく、さらされないなら、それは、『趣味』だよ。
私は、子育ては『結果』だなんて思わないけど、社会に出て、子供が、社会的、経済的、精神的に辛い『立場』になってしまう可能性が高いことが明々白々な選択なんか、好き好んで賛成できないな。
社会的評価なんか気にしないかもしれないけど、経済的『立場』は最低限自分でなんとかしないといけないし。
可能性はあるよ、第二の安藤忠雄になるね。日本で『二人目』の快挙だけど。(笑)
確かに、自分の興味ある勉強するのに、パソコンで情報収集できる世の中になったし、自学自習できる環境かもしれない。
でも、その恵まれない環境が、その子を強くする、その子を育てる、なんてのは、親にはできない相談だ。
(『逆境』が人を育てるのは確かだし、当然だと思ってるけど。でも『逆境』は勝手に向こうからやってくるでしょ)
学生は親の庇護の下で自分の好きなことして生きていける期間だから実感できないけど、人生の選択の時には、社会の評価にさらされることを念頭において、アドバイスするのは、親の役目でもあるでしょ。
『決定権は、子供にある』ことが基本だよ。自分の人生じゃなくなるから。
まあ例外的には、人道を外れたり、穴に落ちたりする場合は、強権発動だけどね。
(新興宗教にはまったり、暴力男と結婚したい とかさ、あるらしいよ本当に)
選択肢は、常に複数確保した方がいいんだってさ。
人間、思い通りにいかないから、一番はこれだけど、だめなら、二番目はこれってね。
一番しか目に入らないと、それが駄目な時は、二番目も受け入れられなくなってしまう。( = 人生を受け入れられない。)
ここまで書いて、なんか受験のことと重なるな。第一志望、第二志望って。
それに、中学受験ってのは、子供が明確に、『外部評価』にさらされる多分最初の経験だね。これが、社会のルールってね。評価されないと、まあ、辛いよね。入学できないからね。




































