在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
地頭の良いお子様とは?
持って生まれた能力というものは、少なからず誰しも何かしらあられるとは思いますが、地頭の良いと思われるお子様とはどの様な方を皆様は思われていらっしゃるのでしょうか?
因みに、小六の息子の塾での地頭の良いと噂されるお子さまは、ご両親がお医者様。塾では誰とも話されないとか。しかし全国では常にトップに入られています。 後、夫婦共に弁護士の方のお子様は暗記がずば抜けていらっしゃるそうです。
息子の塾の一番上のクラスのお子様達のご両親の職業は七割が医者だそうです。やはり、地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか。
皆様はどう思われますか?
>地頭に合った教育が重要なんだ。
>前提の地頭を否定してしまうと、地頭に合った教育ができない。
地頭というか、理解度なら当然です。本人に合ってないことを押しつけられたら迷惑です。
>夢や偉人伝はパッションだけは持たせるかもしれないけど、
>パッションだけじゃ学力は上がらないよ。
本人がパッションをもって、自主的に頑張ることが、学力向上には有効だと思います。頑張っている子はほめてあげましょう。頑張って結果が出なくても、やったことはほめてあげましょう。努力を続ける人は、きっと幸せになれます。
なるほど、10歳で頭がいいなら18歳でも頭がいい蓋然性は高い。10歳でダメなら18歳まで努力してもそこそこまでしかいかない。それは元のエンジンが違うんだから10歳時点で(生まれたときから?)決まっているんだよという訳ですね。
う~ん、これってどうなんでしょうね?元塾講さんが書いていた子供の成熟度の問題というのも大きいんじゃないですか?元気のいい子供はそもそも机に座ってるだけで苦痛ですよね。じっくり難しい算数を考える姿勢にならないというか気持ちが落ち着いていないから深く考えられない。上っ面を見て「もう分かんないよ~」と途中で投げ出してしまう。
思いっきり体を動かして気持ちが落ち着いてようやく算数に取り掛かれる子供なんてのは10歳でああいう問題を最後までじっくり考え抜くなんて苦手でしょうね。はやく外に飛び出して遊びたくなってしまう。
地頭がいい子供がその後そのまま伸びていけばいいのだが、そうならないで慢心ゆえか途中で脱落したり結局好きなことが見つからずに漂流して凡才以下のフリーターになったりもするのだから世の中は面白いものです。
10歳の子供が中学受験算数ができなくても全く悲観するには及ばない。いくらでもその後成長する余地があるというのが私の考えなのですがここはずっと平行線のようですね。中受でその気にならなくても自分で道を見つけてから伸びていった人は沢山いると思うのですが・・・・・。
>体操部に中学から入ってトレーニングしていた子が好きでそのまま続けて高校でインターハイレベルになるように、中受の特珠算は何が何だか分からなかったのが中学から数学が好きになって18歳の東大入試レベルの数学が得意になったなんて子もいるんじゃありませんか?
体操部の子の例は、もともと運動神経は良かったのに
たまたま小学生の時に体操をやっていなかった、
というだけの話じゃないんでしょうか?
小学生の時、いくらがんばってもどうしても逆上がりができるようにならなかった子が、
体操部に中学から入ってがんばってトレーニングしたからって、
高校でインターハイレベルになることはまずありえないのでは、と思ってしまいます。
やっと ほっと すうーと 入ってくるスレに出会えた気がします。公文にはいかせてないのでそこは共感しかねますが 知的好奇心様の引用も関係なく 小春日和さま自身の 考えが一番わかりやすかったです。>頑張っている子を から>という感じです。読解力のない私にもわかります。地頭のありなしの白熱した議論は、幽霊の足跡を追いかけているような感じばかりしていたので。幽霊はいるかどうかわからないけど いたらこわいが面白い。 だから地頭もあったら便利だけど 本当のところどうでもいい。
>努力を続ける人は、きっと幸せになれます。
これはだいぶ宗教っぽくなってきたけど、俺もそう思う。
でもね、この場合の「幸せ」を「志望校に合格する」「夢はかならずかなう」っていうことにすると、
それは努力による剰余価値を吸い取ろうとするマルチ販売や塾みたいな詐欺的商法だな。
努力を続けて得られるのは、「頑張り続ければ昨日の自分より進むことができる」「自分で自分を変えることができる」という
何の対価も得られないけど、個人的な精神的な、自分の人生を自分でデザインできるという自信だろう。
その自信は自律性や精神的成長につながる。そこなら俺はさんざ誉めてやるよ。
>10歳の子供が中学受験算数ができなくても全く悲観するには及ばない。
悲観する必要はないだろう。静かに、そして暖かく子供を見つめるんだよ。
>いくらでもその後成長する余地があるというのが私の考えなのですが
あんたは可能性の話を言っている。俺は確率の話を言っている。だからかみ合わない。




































