女子美の中高大連携授業
地頭の良いお子様とは?
持って生まれた能力というものは、少なからず誰しも何かしらあられるとは思いますが、地頭の良いと思われるお子様とはどの様な方を皆様は思われていらっしゃるのでしょうか?
因みに、小六の息子の塾での地頭の良いと噂されるお子さまは、ご両親がお医者様。塾では誰とも話されないとか。しかし全国では常にトップに入られています。 後、夫婦共に弁護士の方のお子様は暗記がずば抜けていらっしゃるそうです。
息子の塾の一番上のクラスのお子様達のご両親の職業は七割が医者だそうです。やはり、地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか。
皆様はどう思われますか?
>算数はともかく、数学は一問の配点が大きいから、できるできないで点数が大きく変動して、「差」がつきやすいんじゃない?
自分も学生時代は小学5,6年の塾の講師をしてました。算数は暗記することが少ないので、地頭が悪くても一番成績を上げやすい教科だと思います。当時、算数の教え方だけは上手かったので、塾が終わった後に、算数だけ家庭教師もしてました。成績はばっちり上がりました。
本人の自主的なやる気は大事です。やる気があれば、最適な指導をすれば、かなり伸びるでしょう。地頭って、結果に対する評価という側面があります。地頭のいい子がオール1の成績を取るとは思えないのですが、その人が10年後に結果を出せば、地頭がいいからだと言われるのです。
成績を伸ばして来る子は、勉強の出来る子を見ても、「影で必死に努力しているに違いない。」と考えます。学校でいつも授業中寝ているのに、試験は抜群の生徒がいます。「きっと自宅で寝ないで勉強してるからだ。」と考えます。実際、自分が高3の時は、家で勉強して学校で寝てました。試験の度に成績は上がりましたよ。最適な時間の利用ができるので当然だと思います。「地頭がいいから」と言われても嫌な気はしないですが。
>子供を育てた事のある親であれば、
>人生の可能性を追求する生き方を教えたいと思うのが
>の普通の親の気持だと思う。
そうかなー。
亀田の父親も"人生の可能性を追求する生き方を教えてる"
と思うけど、普通の親の気持じゃないと思う。
ちなみに、私は亀田の父親否定派ではないです。
戦前の家庭(よく知らないけど)で人生の可能性を追求する生き方を教えたいと思ってた親なんて極少数派だったんじゃないの?
それから、"人生の可能性を追求せよ" と言葉では言えるかもしれないけど、それを気持ちを子供に伝えるのは不可能じゃない? だって、親自身が"人生の可能性を追求する生き方"ってどういうことか本当はよくわからないもん。
亀田の父親はわかっていそうな気がするけど。
> それが本当ならこの先苦しいでしょうね。
今しみじみと身の程を知って挫折しているから、まだ可能性はあると思いますよ。
今まで親も少年野球チームや学校の関係者も、
野球が抜群にうまいことだけでチヤホヤしすぎたわけでしょう。
才能のある人は身の程に知らずになりやすいから、周りが諭しておかないと駄目なんじゃない?
要は何事も身の程を知って、その上で地道に取り組めということですね。
ましてやここでは本人のことじゃなくて親の心構えが話題になっているんですよね?
人生の可能性の追求は、死ぬまで自分がしましょう。
その背中を見れば、自然と子どもも追求してくれるかもしれませんよ。
何だか目の前の子どもを見ないで、自分の理想の子どもに作り上げることにご執心のように見えるんですよ。
それが今どきなのかしら?
私自身は、子どもが自立してイキイキと過ごしてくれていたら、それだけでいいと思っていますけど。
このスレは地頭の有無だけではなく、
我が子の現時点での能力、適性、心情も考えず、
ただ有名校目指してガンガン勉強させる親の姿勢を
危惧しているスレなんだと思います。
なぜそこまで我が子の受験が親をかりたてるのか?
色々な理由があると思いますが、知的好奇心さんの
書かれた″親の手柄″という言葉も一つの
キーワードかなと思います。
昔、朝日新聞に「子供の受験が親の自己実現の手段になってしまっている」
と書かれていました。
自己実現は自分が行う事で果たし、
子供にしがみつかない生き方をしたいものです。
こりゃだめだと達観する親もいます。ネックは中受でできなかった理数系(地頭だそうです。)と中高でさぼった英語の単語とのことでした。
親自身が塾なし高学歴で高い地位の仕事についてタイムチャージで働くので毎日忙しくもう自己実現しているので「勉強は自分でやるもんや。依存するのはあかんで。わからなければしょうがない。大体付け焼刃でええ大学(旧帝以上、私立は不可なんだそうです。)入っても知的職業につけるかわからんし、そんな仕事についてもどうせその後もぱっとせんやろ。その子の能力にあった人生歩めばええ。」ってのがいますね。
「でもそれじゃほっとかれて可哀想。お父さんが教えてあげるとか?」
「いやいやあれほどできんのはあかんのや。自分でできんもんはしょうがないんや。でもわしと暮しとる間はええ暮らしができるからそれでええやん。」まあこのお子さんのレベルは麹町女子御三家中高から日吉三田の大学(文学部入試は辞書持ち込み可)でした。で、仕事も本人が好きなところへどうぞ、コネ?ありませんし、仕事にさし障る冗談やない、とのこと。でもその先は配偶者とも女の子はできれば結婚でええ人とという頭はあるようです。
結局皆さんの言っていることは全て同じところに収束してきましたよね。
「それぞれの人間には得手、不得手が色々な分野にあってそれを踏まえて学習、訓練して(させて)いけばいい。」
「親は子供の能力を見極める事が肝心で無理をすると潰れてしまう」
最終的には「どんなに才能があってもそれを伸ばすか伸ばさないかは本人の意欲、動機、努力次第。」「いい環境を与えようと才能が花開くかどうかは本人次第」なんてところに落ち着きそうです。
さて、ここでは「地頭がいい」ことが素晴らしい事と当たり前のように語られていますが実はそれゆえの苦悩があることも知っておいた方がいいかもしれません。
凡人ならざるものの苦悩とは「更に才能のある者へのどうしようもない劣等感」です。せっかく希望の学科に進んだのに途中退学してしまう理学部生がいます。げっそりやせて不登校になってしまう。聞いてみると周りの優秀者についていけないという深刻な悩みなんですね。世間から見れば十分能力もあるし優秀なのにドロップアウトしてしまう。
頭がいいだけに先が見通せてしまうんでしょうね。いい加減にごまかして正面から壁にぶつからずに下をくぐったり梯子をかけて向こう側に降りちゃえばいいと思うのに・・・・・・・・・。
地頭がよくっても悩みは尽きないし、頭は悪くってもハッピーな人は大勢いる。世の中はうまくできているものです。
>子供をつぶすとは具体的にどのような状態になることでしょうか。
受験で言うと、子供を勉強嫌いにしちゃうということだな。
虐待に近いことをしたりする親もいるけど、それは比率では少数だ(ただスパルタ塾はその少数の親が集まるから怖い)。
だけど中学受験で勉強を強要して子供を勉強嫌いにしてしまう親は本当に多い。
よく中学受験をしたら学習習慣がつくとか、勉強の面白さを知るとかいうけど、
現実は中学受験が終わったら、もう勉強なんて勘弁してよ、という感じになってしまう子供がいる。
>子供を育てた事のある親であれば、人生の可能性を追求する生き方を教えたいと思うのが普通の親の気持だと思う。
いやあ、子供を育ててる俺はそうは思わんね。
可能性も大事だが、確率やリスクも考えた、落ち着いたまっとうな人生を歩んで欲しいが。
無責任に夢であおって、一発逆転目指して、埋まってもない埋蔵金掘り続ける人生を子供にさせたくないね。
子供を育てて、可能性を追い求めるだけじゃあだめだな、ってことなかった?
もしなかったのなら、それはとっても子供が優秀で、子育てが恵まれてたんだと思う。
地頭否定派さんは、俺の予想通り、だんだん自己紹介になってきたな。
まあ俺もヒマにまかせてモノローグ重ねてるから、ヒトサマのことは非難できねーが。
でもだんだんあんたの話がわからなくなってきたよ。
>私は亀田の父親否定派ではないです。
ごめん笑った。それだけで十分マイノリティーだな。マイノリティーの権利は尊重しなくちゃいかんけど。
>「それぞれの人間には得手、不得手が色々な分野にあってそれを踏まえて学習、訓練して(させて)いけばいい。」
>「親は子供の能力を見極める事が肝心で無理をすると潰れてしまう」
ここまではおおむね認める。
>最終的には「どんなに才能があってもそれを伸ばすか伸ばさないかは本人の意欲、動機、努力次第。」
>「いい環境を与えようと才能が花開くかどうかは本人次第」なんてところに落ち着きそうです。
おいおい、それはあんたの結論。俺は動機や環境の寄与度なんて大したことないと思ってるよ。
あの大学に行きたい、なんて動機なくても、賢い子供はみんな人もうらやむ大学に合格してるじゃん。
石の上にも三年、孟母三遷というのは、ウソとは言わんが、過大評価してはいかん話だと思うぜ。




































