女子美の中高大連携授業
地頭の良いお子様とは?
持って生まれた能力というものは、少なからず誰しも何かしらあられるとは思いますが、地頭の良いと思われるお子様とはどの様な方を皆様は思われていらっしゃるのでしょうか?
因みに、小六の息子の塾での地頭の良いと噂されるお子さまは、ご両親がお医者様。塾では誰とも話されないとか。しかし全国では常にトップに入られています。 後、夫婦共に弁護士の方のお子様は暗記がずば抜けていらっしゃるそうです。
息子の塾の一番上のクラスのお子様達のご両親の職業は七割が医者だそうです。やはり、地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか。
皆様はどう思われますか?
元塾講さんへ
>だからムチあてても、あんまり効果上がらず、むしろペース乱れるな。
以前掲示板で「受験というレースの第4コーナー(スパート時期)は何時であったか」の質問があり、小5の12月と書いたのですが、あまり賛同を得られなかったんですよ。
我が家の感覚で振り返ると、小5の12月に塾から「習い事は全てやめて年明けから受験に専念してください。」と言われ、素直に家族全員受験を中心にした体制に入りました。だから、6年に入ってからの夏期講習や組み分けテスト、合不合判定テスト、過去問などはそれぞれが鞭(刺激)であったと考えています。鞭が入る度にショックを受け軌道修正が入るからよれる(ペースが乱れる)んです。それで体制を立て直し、またゴールへ向けて突き進む。
これが普通なのかと考えていたのですが、考えはまちまちで、6年生の年明けてからなんていう意見も見た気がします。だから、実際は中学受験という一つのレースではなく、無数のレースが別々に行われていて、たまたま受験校が同じで接点が出るだけなんだと思います。
あと馬に例えるのはどうかとのお話も分かりますが、馬も子供も自分では走りませんから、ぴったりだと思っています。調教師が塾で、親が騎手兼厩務員という感じでしょうか。
「仕事を深堀していく能力のこと」
リヴァンプ澤田氏
「問題解決に必要となる考え方のベースとなる能力」
ザカティーコンサルティング細谷氏
「知識がなくても自分の頭で回答にいたる筋道を考えていける人」
大前研一氏
「素手で考える力。知識も方法論もあらゆる引きを持たずにゼロベースで考える力のこと」
高橋俊介氏
※「週刊東洋経済」の各記事より筆者要約
> 試験終了後から毎年まさかの不合格を嘆くスレが立ちますよね。あれはもう少し出来たかもと思うから皆さん嘆くのでしょう。
まさかの不合格というのは、学力的にはいつも十分余裕だったから「まさか」なんでしょ?
だから、原因は精神的なものなんじゃないかと思いますが。
「いくら学力的に余裕でも安心できないワッ!!」なんて追い立てたら、子どもはますます緊張するんじゃない?
まずはリラックスさせてあげなきゃ。
子どもは健気だから、親がリラックスしている姿を見るのが一番効果があったりしてね。
> 調教師が塾で、親が騎手兼厩務員という感じでしょうか。
真面目に馬がピッタリとか言うから、中学受験はおかしいと言われるんでしょうねぇ。
この見解が普通にそうそうと受け入れられるならば、確かにおかしいとしか言えませんわ。
まあ、お子さんはご自分の作品のようですから、いかにもって感じなんですけどね。
>馬も子供も自分では走りませんから
これは、、私としては大変違和感を感じてしまいます。。
子育ての最も大きな目標は、子供に高学歴を与えることではなく、
社会で1個人として幸せに生きていけるように育て
自立させることではないかと思うのですが。
地頭って何?さんは最初のレスで大変、謙虚で温かい方かな?
と思っていましたが、、なんか印象が変わってきました。。
>あと馬に例えるのはどうかとのお話も分かりますが、馬も子供も自分では走りませんから、
>ぴったりだと思っています。調教師が塾で、親が騎手兼厩務員という感じでしょうか。
はは、中学受験を競馬に例える人は結構いますねー。例えやすいんだろうなー
自分で走るかどうかは、個性だなー。たづな引きながら抑え気味するのか、ムチ使わないといけない子とか。寝る子もいるし(笑)
>以前掲示板で「受験というレースの第4コーナー(スパート時期)は何時であったか」
>の質問があり、小5の12月と書いたのですが、あまり賛同を得られなかったんですよ。
1年前なら、それこを、これから受験本番という感じになる時期でしょ。そういう意味ではスタートしたばかりじゃない?スタートすぐ、ムチ打つの?って皆さん感じたんじゃない?
スパートって言ったら、休みなしに限界ギリギリの負荷をかけ続けることでしょ。
本当は、健康に留意しながら、限りある時間内は集中させるしかないし、たまに、リフレッシュも入るんだから、スパートはしたら基本は駄目なんじゃないかなー。
私のイメージは、どっちかって言うと、レースを受験に例えるより、『調教』が受験勉強で、『レース』が試験本番の方が近い感じかな
調教で追い込みすぎても、本番で力でなかったら意味が無い。ってね。
調教なんだから、たまに放牧させたり、美味しい草たべさせたりしながらね。
レースになったら、子供の馬券買うしかしかたないなー(笑)他にすることないし。
実際、試験の時、いれこむ 場合もあるから、心配だよねー。
元塾講さんに、「子供を競馬の馬ぐらいにしか思ってないんだろうな。」って言われてしまう(笑)
わかってます、子供は馬ではないですよね。冗談です。
「競馬」は地頭って何?さんの中学受験のイメージなのでしょうね。
中学受験を批判する方も、「競馬」のイメージで見ているように思います。
実際は、みんながみんな突っ走っているわけではなく、
悩んだり引いたりしながらだと思いますが…。
表面的に、ある一つのイメージで見るだけでは、全体像は見えません。
なぜ中学受験をする(させる)のか、ということを合わせて考える必要があるのでは。
そこが、地頭に関係なく子を追い立ててしまう理由に繋がってくるように思います。
私が、なぜ、中学受験(『試験』)を賛美しないのに、中学受験させたのかというと。
『試験』ってのは、社会のシステムでしかないし、それ自体に意味があることではない。
他に、公平な良い方法がないからしているだけだからね。
(例えば、やる気大事だから、面接重視にする?声の大きい、自己主張の強い人が勝つ可能性高くなるだけでしょ)
だから、素晴らしいとかいうものではないと思っている。
だから、本当は、自分の目標があってその途中に『試験』があるなら、最小の労力で受かった方がいいぐらいだよね、だって現実的には、そればっかりなら自分の時間がなくなるからね。
でも、『試験』に受からないと、前に進めない場合もあるし、最小の労力で落ちたらイヤだから必死になるしかないんだけど。
宅建でも、医師免許でも、運転免許でも、そういうことになる。
だから、『試験』に上手く対応できる子が、世の中をうまくわたりやすいって親が思う。
『試験』に関係ない職業もあるけどね、ただ親は、子供がそっちに行くかわからないしね。
そっちの方がリスクが高い傾向になる。
だいたい、芸術系や、スポーツ系の方が生きていくのは厳しいし、常に観客や監督に『試験』されているようなもんだし。
中学受験の『試験』は、他の人に先行して、社会のシステムに適応度が高いスキルを身に着けるチャンスであることは間違いない。簡単に言うと、社会で有利であるってことだよね。(当たり前かー)
中学受験批判は、その有利さを、「親が金とムチ使って手に入れた勲章だろ」って見てるんだろうね。でもさ、親は、可能なら、出来ることはするからそんなのにかまっちゃいられないけど。
ただ、中学受験させた親はさ、『子供が頑張った価値』を、そんな言い方されるとね・・・
えっ さっきは『試験』は、それ自体に意味がない って書いたじゃん って?
例えば、開成(※関係ございません)に合格しました。
本当に、寝食を忘れて頑張った子と、かるーく、受かった子では、ちょと意味が違うけど。
その子の投入したエネルギーが結果として出たことには、祝福しなくてはいけない。
その、エネルギー分の価値がその子にあってしかるべきだと思う。
その子の勲章になってもいいと思うよ。そういう価値。
でも・・、
ここは現実として、『試験』に受かったことの価値に酔ってしまい、その属性になったことに胡坐をかいて、『試験』に受からなかった人への優越感をもつことを自分の寄りどころにするとまずいよね。
勘違いだよね、合格は本人にとっては勲章だけど、社会に貢献したから貰えた勲章ではないんだから他人に誇示できる性質ではないってことだよ。
親も、合格は本人と家族の勲章であるだけだと、思った方がいいよね。内々で喜ぶものだよね。
中学受験否定派は、そういうところ敏感だからね(笑)というか、なんでも、『自慢』にされてしまう現実もあるけど。
ながなが書いてしまった。。すみません。
まさかここで競馬の話が聞けるとは。
私も競馬好きなので、「競馬と中学受験の共通点」を1つ。
競走馬は2歳の夏からレースにデビューすることができ、3歳時には、クラシック3冠レースと呼ばれる皐月賞、ダービー、菊花賞があり、多くの馬(特に雄の馬)がこれらの3冠レースの舞台に立つことを夢見てデビューします。
4歳以上は古馬と呼ばれ、天皇賞などの大きなレースがあります。
ここからが本題ですが、まず、3冠を目指せそうな素質が見込まれる馬は、2歳時には絶対無理をさせません。
デビューも2歳の秋か冬くらいが普通で、2歳の年末のG1レース(大きなレース)(ちなみに、2歳のレースで最も賞金が高い)も通常はスキップします。
レースでも目先の勝ちや賞金にはこだわりすぎず、初期のレースでは騎手は敢えてムチを使わなかったりします。
レースが嫌なものだという思いを植え付けず、自らの走りたいという気持ちを育てるためです。
それでも、3冠レースに出るような素質馬は、遊び(仕上げのゆとり)を残したまま、素質の違いで勝ち上がり、3冠レースの出場権を獲得します。
3冠レースの本番のときは、きっちり仕上げて(しかし、将来があるので決して過負荷にはならないようにします)、上位入賞したりします。
(これはまさに、小学校受験をスキップして、低学年までは勉強をやらせ過ぎず、むしろ遊びや体験を重視し、高学年から入塾するも、6年前半までは習い事はやめず、ラスト6ヶ月くらいは本気出して最難関中学に受かってしまうような高地頭のお子さんを思い起こさせます。)
逆に、素質がそこまでではない馬で、最大限に賞金を稼ぐ手法の1つに、早期からのハード調教法があります。
もちろん、この場合は、ムチは欠かせません。
この手法がうまくいくと(うまくいかなければその過程で故障し、即引退です)、2歳時点ですでに、生来の素質の上限近くまで仕上がっていますので、その完成度の高さというアドバンテージを生かして、次々に出走する2歳時のレースでは優勝や上位入賞を重ね、2歳年末のG1レース(大きなレース)などでも、他の素質馬を倒したりします。
その結果、もう少しゆっくりとした普通のペースで完成度を上げていった場合に比べて、より多くの賞金を稼ぐことができます。
しかし、3歳になると、他の素質馬の完成度も上がってきたり、それまでのハードな競走生活に消耗することによって、勝てなくなり、3歳時の3冠レースの出場権を得られないままその後しばらくして引退します。
(これはまさに、親の過度な早期教育で小学校4年くらいまではトップクラスの成績を連発していたお子さんが、5年以降に沈んでいく様子を思い起こさせます。)
競走馬の場合は、早期にハード調教で仕上げれば、賞金がより多くもらえてそれはそれで結果オーライなんでしょうが、受験の場合、小学校4年までトップクラスの成績を連発しても、5年の最初の時点でのクラスが上位になることくらいしか意味ないですからね。
あと、競走馬でも、3歳春のタービーで頂点に立っても、その後、1勝もできない馬もいます。
(これは、中学受験で最難関校に入学したお子さんが、その後、燃え尽きや能力の限界に打ちのめされて、勉強意欲を失ってしまう様子を思い起こさせます。)
また、晩成な馬の中には、3歳春時点では仕上がりが足りずに大きなレースの出場権を得られなくても、3歳夏、秋と伸びてきて、4歳春のレースでは、3歳チャンピオンをすべて倒してしまうような馬もいます。
(これは、中学受験時はそこまででもなかったり、中学受験をスキップした子が、大学受験で最難関校に入学する様子を思い起こさせます。)
受験を見てて思うのは、早期教育やら中学受験が流行っているからといって、子供の適性や成長段階などを顧みずに親がそれをどんどんやらせて、それが合わずに苦しんでる子供の可哀相さかな。
しかもその親には悪意は全くなく、子供のためだと思ってやらせてるから、却って始末が悪い。
過度な早期教育や中学受験の弊害について、きちんとした大規模な調査を1度してみる方が、日本の未来のためにもいいと思うのだけど、受験コンサルタントなんかも塾の悪口を言っているようでいて、塾を敵に回すこともできないようだからあてにならないな。




































