在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
地頭の良いお子様とは?
持って生まれた能力というものは、少なからず誰しも何かしらあられるとは思いますが、地頭の良いと思われるお子様とはどの様な方を皆様は思われていらっしゃるのでしょうか?
因みに、小六の息子の塾での地頭の良いと噂されるお子さまは、ご両親がお医者様。塾では誰とも話されないとか。しかし全国では常にトップに入られています。 後、夫婦共に弁護士の方のお子様は暗記がずば抜けていらっしゃるそうです。
息子の塾の一番上のクラスのお子様達のご両親の職業は七割が医者だそうです。やはり、地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか。
皆様はどう思われますか?
昨日の夜ですが、「フラッシュ暗算」の番組を見た人はいますか? TVに出てた子供達は、すごい頭脳です。
8歳の子供ですが、3桁の数字が1秒毎に表示され20個の合計を計算しながら、同時にインタビューに答えていました。計算は右脳でインタビューは左脳で処理するそうです。
全国大会で3連覇した女性は、この計算(3桁20個の足し算)を2.5秒で計算していました。1つの3桁の数値の表示時間は僅か0.125秒です。普通の人には読むことさえ困難でしょう。
この競技は沖縄が強いというもの面白かったです。
会社でそろばんをやってた人がいますが、今でも3桁20個を20秒ならなんとかなるとのことです。トレーニング(努力)の結果だと思います。中学受験にもそろばんは有効だと思います。愚息も学習塾には通ってませんでしたが、そろばんはやってました。
いくらこのスレをわけわかんなくしようとしても、俺が戻してやらあな。
>努力ができるという「才能」があるのかもしれませんよ。
もう一度言うと、努力という行動姿勢の問題と、地頭の良さというハード面の問題とを混同するから
訳がわかんなくなって、努力は無限だ、とかいう極端な考え方になり、
成果が出ないのは努力が足りないからだ、という結論になり子供を責めることとなる。
企業の人事考課などでも、その二つは別々に評価される。
地頭というのは積んでるエンジンの出力と考えてもらえばいい。
いくら努力しても、積んでるエンジンによって努力の成果には差ができる。
視点さんが出てこないけど、俺思うんだ。
視点さんは、子育てを、「獲物を取る訓練」と考えてるのかな、って。肉食動物の子育てだな。
だから中学受験という獲物にならない獲物に気を取られるな、
チャンピオンやノーベル賞というでっかい獲物を狙え、
獲物さえ取りゃあそれまでのことはチャラだ、って思ってるのかな。
でもそれは裏を返せば、鵜飼の鵜や、猟犬の育て方でしかない。
そのアガリを親がせしめるならいい方法だろう。俺は視点さんの考えにそういうものをプンプン感じる。
たぶんダメな猟犬は捨てられるんだろうな。
俺は植物が伸びるように子供も伸びると考えてる。
子供の持ってる地頭に沿って、子供の思うとおり伸びていくことを邪魔しないことじゃないかな。
ヒマワリのように大きく伸びて花咲く子もいれば、そうでない子もいる。
引っ張ったり剪定したりして、親の思うとおりの形にしようとすると枯れちゃう。
枯れない子は、ものすごく伸びる力のある子だけだ。
地頭論、というのは、できる子供のためにあるんじゃなくて、
出来ない子供を親から保護するためにあるんだぜ。
>同じカリキュラムで同じ先生から習っても理解の度合いに違いが出るのは先天的な才能の違いですか?
俺の実感ではそれしかないと思うぞ。それこそが地頭の証拠だ。
賢い奴は授業だけで十分理解しちゃうんだ。だけどそうじゃない子は、いくら動機を持っててもさっぱりわからない。
俺は動機の大事さを否定するわけじゃないが、動機が影響を与えるのはせいぜいパッションどまりだ。
簡単な暗記(たとえばポケモンの名前)はともかく、ちょっと込み入った勉強内容の理解度に関しては、
動機の寄与度はかなり小さいと思うぞ。
さっきまで読んでた本に今までの話に出たような内容が
書いてありました。
「教育の究極目的は、学校における学芸の完成にはなくて、
生活に対する適応にあり、盲目的な服従や命ぜられたことを
勤勉に行う習慣を獲得することではなくて
自立的な行為に対する準備であるということを
我々は心に銘じて忘れないようにせねばならない。」
以上、「ペスタロッチ全集」より
視点さん帰ってきてください。
子ども好きの おばさんのために。
心ない方は ここには 野次をとばすのがせいぜいですが
視点さんのレスは 心があります。 迷うから 矛盾が出るんです。
正解なんて あるわけないレスですよ。
子どもが 育った過程が大事なんですよ。
経験したひとつひとつが大事なんです。
地頭なんて よかろうが悪かろうが あるんだかないんだか どーでもいいんですー。
自分が、国語はやらなくても大丈夫だったので、
国語が勉強しないと点がとれない科目だと知ったのは
子供の中学受験を通してです。それまで本気で、国語は勉強しなくてよい科目と
信じてました。大学受験のときも、国語は全くやらなくても早慶クラスくらいはクリア。
数学ダメなので、国立は受けられませんでした。
5年の夏、親に似ず国語がダメな子供に、つきっきりで毎日読解問題やらせ、解説しました。
2学期には、いきなり塾内順位はヒトケタに。
やれやれ、これでやり方はわかったろう・・・と安心したら、
しばらくしてまた転落。
こりゃだめだ、何で落ちちゃうんだろう。
・・・と、親の私はひと夏でギブアップ。なんでこんなに頭悪いんだろ、と
実は今でも思ってます(笑)。
現国なんて、何もしないでどうにかなる、一番楽な科目だったはず。
これがなぜわからないの~?と、もうわけがわかりませんでした。
ところが、この子が数学と理科は結構そんなにやらなくても点がとれる。
暗記も、理科はそんなに努力しなくても速い、社会は遅い。
興味の有無も多少はあるかもしれませんが、もう私には理解不能。
結局、算・理・社は四谷でいつも最低63はとれるのに
国語は第一回なんと偏差値49(泣)、次回も50。
現在60程度の学校に行ってます。
うちの子は、地頭はハッキリ悪い。中学受験で思い知りました。
地頭の良しあしは、塾講師様ならずとも
自分の子供受験させてみればよ~くわかります。
東大や医学部に行ってほしい、なんて思いません。
でも、ああ東工大に受からないかな・・・と親の欲は
やはり限りないのですよね。自粛せねば(笑)。




































