女子美の中高大連携授業
地頭の良いお子様とは?
持って生まれた能力というものは、少なからず誰しも何かしらあられるとは思いますが、地頭の良いと思われるお子様とはどの様な方を皆様は思われていらっしゃるのでしょうか?
因みに、小六の息子の塾での地頭の良いと噂されるお子さまは、ご両親がお医者様。塾では誰とも話されないとか。しかし全国では常にトップに入られています。 後、夫婦共に弁護士の方のお子様は暗記がずば抜けていらっしゃるそうです。
息子の塾の一番上のクラスのお子様達のご両親の職業は七割が医者だそうです。やはり、地頭とは親の能力が関係しているのでしょうか。
皆様はどう思われますか?
地頭という言葉が何時出来たか分かりませんが、
昔も、「頭がいいね」とか言ったり言われたりしたのではないでしょうか。
「頭がいいね」と言われた経験があれば、その時その環境で地頭が良い方だったのでしょう。
自覚的に本人が「壁」を実感するまでは、「頭がいいね」と軽く褒めるのがいいのではないでしょうか。
うれしく感じて前向きに勉強した気がします。
父親に、勉強で分からないことを聞いたことがありますが、「そんなことも分からないのか。本に書いてある。」と一喝されたことがあります。しばらく、いじけてその分野の勉強をサボったことがありますが、母親から、「勉強しなくて損するのは自分だよ。」と言われて改心しました。
自分の子供を突き放すのは、勇気がいりますが、うまく操縦するのは親の知恵ですね。
私自身は、多分、小学生の頃は相対的に地頭が良かった方なのでしょう。算数出来ない友達に教えてあげたこともありましたが、「何となく分かってしまうこと」を教えることはとても難しかったことを覚えています。「おまえは勉強できていいな。」と言われて困ってしまいました。別に努力したわけでもなかったですから。友達は運動神経良かったので、私にはそれが羨ましかったですが、これも生まれつきの要素強いですよね。走るの練習しても速くならないし、何回練習しても逆上がり出来なかった。
いずれにしても、幼少の頃の全能感がだんだん減っていって、自分の出来る範囲と折り合いを付けて、努力する方向と量もだんだん調整するのではないでしょうか。ある程度地頭が良かったがうえに、その限界を知るのは辛いということもあったと思います。中学受験が盛んになって、小学生であるのに、強制的に自分の立ち位置を見せられてしまう、というのは少々かわいそうな気がします。
コンセンサス さん
>四十代にもなると、人生の先が見えてきて、自分の今までできなかったことや、
>かなわなかった夢を子供を通して実現させようとする場合があるそうです。
そういう部分はあるかもねー。気をつけないと(笑)
でも「自分の夢を子供を通して実現させる」のではなく、「子供の夢を通して、自分も楽しませてもらってる」ことを実感するけどなー。それが親の特権だよ。
子供が、楽しんでる姿は、親も楽しいからなー。
つぶやきさん
>でも どのかたも ちち?と思われる方のスレは なんだろう?新鮮と言うか
>楽しくって(*^_^*)失礼ですが よい意味で 笑ってしまうんです。
>なんか 一生懸命で。朗らかで。楽しみがひとつ増えた
>というか。やっぱり失礼でしたか?ごめんなさい。
私が ちち かどうかは、予想通りではないでしょかねー。(笑)
私は、ここで、遊んでるんだけですからね。でもある意味、『これは言わねば』とも思ったりします。(笑)ただのおせっかいか?(笑)
ソーダさん
>ここは気楽にざっくばらんとまったりと参加するほうがよいかと思います。
>たまにバトルも怒り吐き捨てレスもありますが、
>それもなかなかおもしろいのです
怒り吐き捨てレスって私?(笑)ははは、おもしろなら いいかー。
>とにかく勝てばいいんだな。
>不正もばれなきゃいいんだな。
反則の位置づけが違うんじゃないかな。
サッカーでもしょっちゅう反則あるでしょ?
ゴール前にボールを持った相手選手がフリーになったら反則してでも止めにいく。
むしろ当然。
相手もそれがわかってるから、足をひっかけられたら反則とってもらえるように痛がってアピールする。
反則とペナルティ(罰金じゃないよ)が決まってるから、そのペナルティを払えばいい。
そもそも自陣営の内々の話が漏れるというのは予定されていない。
たとえていうなら、裁判やってる当事者と弁護士の内々の話が、つつぬけにされたようなもの。
大毅が実際に内藤の玉打ったなら、それに対するペナルティは当然。
でも、自分の陣営で『玉打ってええから』って言うのを問題にするのちょっとね。内藤陣営で「ぶち殺したれ」とか「ど頭勝ち割れ」とか言ってたとしてもおかしくない。
野球でも審判に暴言を言ったら退場だが、試合外で審判の悪口言うのは反則じゃない。
スポーツは健全な精神の下正々堂々と戦うべきで反則はダメという考えは否定しないが、それは実際にやってない人の言葉。試合になれば、アマチュアでも、反則もらってでも勝ちにいく。プロならなおさら。
前にも書いたが、個人的には今回の内藤戦のようにクリーンな力と力のぶつかりあいが好きだけどね。
もちろん試合自体を否定する八百長は問題外。
八百長のペナルティは試合没収と団体からの追放でしょ。
反則ではないが、甲子園での松井秀喜に対する5敬遠も物議をかもしたね。
勝負させるべきだったというのが圧倒的意見なわけだし、私もそう思うが、そこまで勝ちにこだわらざるをえないかった監督には、部外者には理解できない事情があったのかもしれない。
特に高校野球はいろんなレベルで金が動くからね。
母親と父親の役割は違う。
子供(息子)に口うるさいのは母親。
「好きにやらせろよ」というのが私。
基本の価値観を教えるのが親の役割。
親も立派な人間じゃないから、反面教師で学ぶということもあるけどね。
そこさえ身につけさせたら、親の役割はほぼ終了。
子供をコントロールしようとは思わんな。
そんなことはできないし、できたとしたら親より器が小さいということ。
コントロールはできないが、コミュニケーションはある方かな。
亀田の試合も昨日のフィギュアスケートも一緒に見てた。
東大行こうがラーメン屋になろうが本人が決めたらいい。
ただ、自分が選んだ道では、必死に頑張れということだな。
視点様 (昨日答えて貰えなかったので再度の質問です)
先程登場されたので見ていると思いたい
昨日お願いした下記質問は如何でしょう?
あなたが当初おっしゃっていたのは
地頭(才能)はほとんど関係ない
その後の努力が結果につながる
でしたものね。
亀田家話だけでなく、本題に戻りませんか?
>亀田兄弟って長男は確かにボクサーとして優秀だけど次男は並のレベルですよねぇ?
>2人が戦ったら勝敗は明らか。
>これって、父親の指導方法が違うのですか?
>その差が才能ではないのですか?
【1525826】あたりを読んでくれんかな。
「前に「才能×努力=結果」と書いたように、才能の存在は認めてる。
ただ、様々な分野があるのだから、抽象的に才能の有無を議論すること自体無意味だし、「地頭」という言葉は嫌いだから「適性」という言葉を使っている。
何度も、活躍の分野は多様だから、「適性」にあった進路に進めばいいと書いている。 」
と書いてるように、才能は認めてる。
【1526593】 では
「兄弟で同じように育てて差ができる要因については無数に考えられますから、「わかりません」というのが正直なところです。」書いてる。
同じ父親が指導しても、あらゆる条件を同じにするのは不可能。
興毅は亀田3兄弟の切り込み隊長として、絶対に結果をださないといけないわけだから、相当の覚悟があったのでは?
そういう立場の違いも影響してるのではと思うが、部外者だし専門家でもないからなんともいえない。
大毅がこのまま終わるか、チャンピオンになるかはこれからだけどね。
視点様
ありがとうございます。
では初めの頃あなたが言っていた
『才能は関係ない、努力が全て』と言う思想は捨てる。という結論で良いですね。
あなたの意見は2転3転するので、どれが本当の意見なのかわからないんですよ。
>【1525826】あたりを読んでくれんかな。
とか言われても、別なところでは全然違う意見みたいだし。
あと、誰かが書いていましたが、あなたの書いている事はあなたの推測みたいですね?
(上の『相当の覚悟があったのでは? 』も推測だし)
データ、資料に基づく事実は無いのですか?
>「地頭」という言葉は嫌いだから
嫌いだから、「地頭」の存在を認めないという事??
訳がわかりません。




































