女子美の中高大連携授業
私立中学の価値
この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。
2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝
>大手塾模試で偏差値50以下の子供に中学受験なんかいらないでしょう?
新TOEIC構想には賛同してますよ~。
でもこれはちょっと…(笑)
高校受験がパスできる環境で、趣味にクラブに頑張りたい子がいてもいいじゃない。
高校受験回避が主目的な層は、そんなにやらせてない家も多いよ。
偏差値50や40の学校にも、それなりの存在意義があり、
賛同して子供を託す家庭もあるんだからさ…。
いちばんやらされているのは、
たぶん偏差値50後半から60代半ばくらいを
うろうろしている子供のような気がする。
っていうか、自分だったら、そうしそうだ~。
早い話が、私立を選んだ時点で、日本人が必ず通らなければならない関門を通った事になる。
やらずには語れないはずだ。
いずれにしろ、大人になるまでに、いつかは訪れる試練。
その試練を通った者は、偏差値と言う基準が高かろうが低かろうが、
その価値を見いだしていると思う。
それが勉強だろうとスポーツだろうと関係ない。
もし、中学受験をしたならば、その試練を糧にして、次に進もう。
決して、一人の人間の価値に上下など無い。
命は、唯一無二のものだ。
視点さん
下記は視点さんへの質問です。お答え願います。
(私の後に書いた人にはレスするのに飛ばされるとちょっと残念)
>で、本人しかわからない進学理由を、何故貴方は勝手に決め付けて非難しているの?
視点さんが書いた
>私は、能力ではなく動機付けを問題にしているのですね。
>小学生が何年も塾漬けで中学に合格したと思ったら、鉄緑のような塾通い。
>立ち止まって将来のことを考えることもなく、すぐに大学受験へGO!
>頭の中は受験でいっぱいの動機付けが問題。
こんな人がいたら確かに問題だと思う。同感です
でもね、なぜ中学受験者みんながこういう人種だと限定する様な書き方をするのか不思議でならない
その理由は
(1)本当にみんなそういう人種だと視点さんは思っている
(2)こういう書き方をすれば喰いついてくる人が沢山釣れて面白いから
(3)実際の所はわからないけど、どこかでそんな記事を見たからそれを鵜呑みにしている
(4)その他
どれでしょうか?
(4)だったら理由も教えてください。
>そんなひどい事、何で言えるの~っ!!(涙)
>偏差値50や40の学校にも、それなりの存在意義があり、 賛同して子供を託す家庭もあるんだからさ…。
ちょっと誤解を招いたようですね。今のシステムのもとでは、偏差値50以下だろうが、私立を選ぶという選択はやむを得ないと思いますよ。そういう選択をしている人を批判する意図は全くありません。私の主張は、そこまで多くの人が塾に行って私立を目指さなければならない今のシステムはおかしいのではないか、ということです。
シルバースプーンさん
私はこんなふうにとらえています。何の証拠もないたわごとですが聞いてください。「なぜ?どうして?と問うこと」ができるのがヒトだけに許される遺伝。ヒトはみなこれを等しくもって生まれてくる。。「僕には風景が数字に見える」彼などは、この誤差範囲から逸脱している極めてまれなケースでこういう場合にのみヒト-ヒトの間でも遺伝的差を考慮される。そういう場合以外には遺伝的差を考えても建設的なことは何も生まれない。この遺伝を持っていないネズミとの差に比べれば、ヒト-ヒト比較での頻度や深さ・幅の大小差は無視できるくらいに小さいもの。もともと小さな差なのだけれども育つ過程で様々な遺伝以外の要素の影響を受けることによって顕性化する差が生じてくる。しかもこの影響の受け方はとても繊細で、刺激の時期・タイミング・強弱・緩急の至適は個体間で異なり生後数年~18年という幅は何ら不思議なものではない。当然親自身も同様なからくりに依っているので、xかyかもその気になれば本来変化しうるもの(意識するかしないかで相当変わる)。意識下に育った子供が自分の子供にも意識をもって接すれば、一世代に限らずその家は代々として「昨日より今日今日より明日」を享受できる。また個人だけでなくヒトの集団としても「昨日より今日今日より明日」を互いに享受しあうことも必要ではないか。だから、こどもと同様に親が広い意味での学習を継続することにはそれなりの意味がある。




































