女子美の中高大連携授業
私立中学の価値
この不景気の中、希望しない私立中学へ無理して行かせる道理がないと思います。
公立中学という保険もあることだし。
皆さんどう思われますか?
我が家の場合、子供はまだ小4ですが、受験希望は以下の通りで、それ以外の学校なら公立中学へ行かせるつもりです。
新興系、成り上がり系、スパルタ系、予備校風系は基本的にパスです。
希望の私立中学に合格しなかった場合は、公立中学から県立トップ高校を目指します。
2/1 麻布か開成(武蔵もOK)
2/2 なし(栄光、聖光は良い学校だけど遠いので)
2/3 早稲田か暁星(筑駒は学区外なので)
2/4 芝
企業人さん、
お話には音楽の話題が豊富ですね。わたしは、中高教育の文脈(特に家庭教育)で、音楽・食・絵画は外せない三種の神器だと思っています。中高生の音楽では、とくにベートーベンを聞かせるのがよいと思っています。
脱線しますが、今、交響曲全曲シリーズでやっているフランス・ブリュッヘン指揮の新日フィル(NJP)の全曲演奏はとっても良いデスね。
一曲一曲で構成を明確にした演奏ですが、ブリュッヘン/NJPでは、さらに交響曲9曲のストーリーを楽員と共有するところから作業しているため、これほど明晰に構成された全曲演奏もないです。ノンビブラートで音の強弱をつけ、意味のあるところだけビブラートを掛ける、・・・細かい音の前後の長音の意図が明確にされました。
また、意図が明確になり頭の中の霧がはれたからでしょう、音楽のフレーズが生き生きしてとっても音楽的です。これほどプロの音楽家が愉しそうに演奏しているのは久しぶりに見ます。
これは高齢のブリュッヘンと2度とやらない企画でしょうから高校生にも今、ナマで聞いてほしいモノです。今度、わたしも子どもも連れて行きます。日本のオーケストラでこういう演奏ができるとは過激ものですね。
(基本あと2回だけども)
知的=量的さま
私は自他ともに認める音楽ヲタク、もう少し言うと、ピアノヲタクですので。
ブリュッヘンのベートーヴェン、彼の特異な18世紀からの流れをどのように表現するか、興味がありますね。こういう魅力的な企画、存じませんでした。
ブリュッヘンは、1970年前後に初来日していると思いますが、そのときに、私は、何回か聴きに行っています。
当時は、古楽、特にブロックフレーテの若き名手でした。彼の若々しい音色にわくわくしたのをよく覚えています。
当時、私は、古楽に凝っていた時期だったこともあり、鮮明な思い出です。
NJPは、私の中では、小澤さんの影響が非常に強い、という印象があります。とくに弦は、他の指揮者でも、ああ、小澤さんの音だ、と。
傾向の全く違うブリュッヘンが、どういう音を出すかにも、非常に興味があります。
私は、一時はベートーヴェンに狂っていたのですが、狂っていた時期から、苦悩の末の歓喜、とかいう押しつけがましい一面とは異なる面が好きでした。
迷惑なことに、後期の5大ソナタのうち、作品106を除いた4曲はステージで弾いたことがあり、少人数とはいえ、私の退屈なベートーヴェンに、20分も30分もつきあわされた人も居ます。
中高生には、バッハでもベートーヴェンでもキース ジャレットでもいい、いい音楽を聴いてほしいと思います。少なくともAKBより魅力的だと思うんだけれど、妻や子供にさえ同意してもらえない状況です。
>そういう子供達にこそ、読書とかを通じて知的好奇心をはぐくみ、
>学ぶことの楽しさを教えることが大切ですね。
>塾や私学といった半強制的に勉強させられる環境にないわけですから。
本当に能力がある子なら、どんな環境にいようと、
公立のトップ高くらい入れるでしょ。
今は私たちの時代とは違って、その地域のトップクラスの公立高校なら、
どこも進学実績の向上に必死に取り込み、結構至れり尽くせりじゃん。
首都圏を中心にフライング組がいるから、それじゃまだまだ足りないと?
自力で公立トップ高にいけそうな子供には、
小学生時代から、受験勉強とは違った公的支援をすべきってこと?
まあ、確かにそういう意味では大昔のほうが恵まれてたかな。
うちの祖父の家や親戚の家、
本と食べ物に困らなかったので、近隣の貧しい家の、でも優秀な子供が
何人も書生のように半分住みついていたそう。
あたりまえのように東大や旧帝、医学部にバンバン入っていったとか。
全く違う知り合いからも、そんな感じの話をたまに聞く。
でも最近はないんだろうな、そんな話、なかなか。
貧富の差が少なくなったことの代償ですね。
ベネッセ教育格差の現状のデータがありました。
http://benesse.jp/berd/center/open/report/kyoiku_kakusa/2008/kyoiku_kakusa_Chapter1_06.html
* 学力の地域格差をもたらしているのは、まず何よりも子どもたちを取り巻く地域の社会環境の違いであり、周囲の大人たちの教育意識とそれにもとづく働きかけのバリエーションであると言ってよいだろう。
知的様、企業人様
前の方でも書いていたのですが、私も今ピアノを2週間に一度(週一だと、さすがにキツイ)習っているのですが、企業人様が「ベートーベンにはまった」っておっしゃるの、なんとなくわかる気がします。
益川さんも「ベートーベンは非常にいいメロディーを、ちゃんと自分で生み出していて、それをさらに’推敲’しているわけ。」と書いてらっしゃる。
益川さんはおそらくご自分がピアノをお弾きにならないから’推敲’という言葉を使われましたが、ピアノだと、ベートーベンは「楽譜に忠実に弾け」と言われますよね。
これは、私が子供の頃に習っていた先生(現在は音大の先生)も、
今習っている高齢の先生(クラシック界の重鎮のお一人)、2人からも、同じように「自分の解釈を入れるな」と言われてきましたので、おそらく、企業人様もそう思いながらお弾きになっていたかと。
もう、楽譜に一部の隙もない、、計算されつくされている、、と言えば良いのかな?
なので、理系の益川先生にはベートーベンは「磨きがかかっている」となるのかな?
しっくりくるのかな。
と本を読んで思いました。
音楽は、良いですよね。
心が解放されます。
>>そういう子供達にこそ、読書とかを通じて知的好奇心をはぐくみ、
>>学ぶことの楽しさを教えることが大切ですね。
>>塾や私学といった半強制的に勉強させられる環境にないわけですから。
>本当に能力がある子なら、どんな環境にいようと、
>公立のトップ高くらい入れるでしょ。
そんなレベルの話をしてるんじゃないですよ。
じゃい子さんの「けれど、私は、そうでない子供達に目を向けているんですよ。」は公立トップ高目指す話じゃないでしょ。
小学生にいくらでもつぎ込める皆さんには理解できないかもしれないが、世の中、片親だとか、経済的に困窮して子供の教育どころでないとか、いくらでもいるんだから。
話が通じないのは日本語の問題じゃないよね。




































