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公立中学の価値

【1935082】
スレッド作成者: 捨てIDで失礼(笑) (ID:d7lEhCSl4KI)
2010年 11月 28日 10:46

最近、公立中学に関する内容のスレが多いので建ててみました。
ゆとり教育を発端とした公立中学の吹き零れリスクの増大。優秀生徒の放置。
相変わらずの日教組主体による習熟度別クラス編成への反対。
成績上位者にとって公立中学での勉強は果たして意味があるのか?
 
例えば、公立王国愛知県の6年生の通塾率は50%程度、中学3年は65%程度。
つまり、大学等進学のほとんどが小学高学年から塾通いなのが現実。
愛知県の例で考えると、公立の教育システムは公立小・中と塾のダブルスクールが5・6年間も続く非効率的なシステム。
 
金銭的に余裕があるのであれば絶対に中高一貫校に進学することが、子どもにとって本当にゆとりのある質の高い教育だと思うんです。
みなさん、どう考えますか?
 
出来ることなら、公立に関する話題はこのスレで隔離して欲しいってのが本音。

【1940549】 投稿者: かそっち   (ID:F.hqSNJ57AM)
投稿日時:2010年 12月 03日 10:26

「公立は自分で考えるところ」さんへ

>子供は発展段階に応じた勉強すれば十分であとは自然に触れて真っ暗になるまで遊ぶ、夕食を取る、
 家族団らんしてお風呂に入って寝る。
>そういう育ち方をしながら自分なりに疑問を持ったり、何かに気付いたり、あれこれ考えていく。

>小学生の生活はまずは遊び、自然に触れる、動物を育てる、祖父母の昔話を聞く、そして重要なのはそれらを通して自分の関心や興味、
> 好き嫌いを少しずつ自覚していくことでしょう。それが後年の職業選択などにつながっていきます。

私はまさに、一見そういうことが可能に思える過疎地で子育てをしました。確かに自然は豊かですが、今は昔と違い、子供の数が少なく、家も離れているので、放課後に友達と自然の中で遊び回るなんてことはできません。しかも田舎とはいえ、国道では車が飛ばしてるし、昨今は熊騒動などもあるので、中学生の自転車通学さえ禁止です。(なので全員スクールバス通学ですよ、過保護でしょ。)

何世代もの大家族で夕餉の団欒を共にするという暖かい家庭環境の方は多いですが、多様な職業の方と出会うチャンスは圧倒的に少ないので、それが「後年の職業選択」につながるようには思えません。

むしろ、周りの保護者たちは、「こんな田舎から高校に進学すると、あまりの人数の多さにビビってしまい、クラスにとけこめず苦労する」ということばかりを心配しています。それは取り越し苦労じゃない?と思いましたが、実際にそういう子供たちが多いそうです。現実問題、都会の生活があわず、田舎に戻ってひきこもりニートになってる30代、40代がけっこういます。(都会にとけこめた人は、当然ながら戻ってきません。)

近くに通える塾もない。携帯が入らない場所も残っているし、高速インターネットも整備されていない…と地域の会合で訴えたら、自治会の重鎮から、「都会にあるものを求めず、豊かな自然環境の中で人間性を育め!」と非難されたことがあります。「公立は自分で考えるところ」さんと、きっと同じ考えの方でしょうね。

私はみんなが受験すべきとか、私立が絶対にいいとか思っていませんよ。でも、その選択肢を選んだ方が幸せになる子、人生が花開く子もいるだろうから、その選択肢を全面的に否定することはないですよね。
それと、その選択肢を与えられない(知らされない)子がいることにも、思いを馳せてほしいです。

【1940551】 投稿者: 総合学習   (ID:TQMiHvc.xoU)
投稿日時:2010年 12月 03日 10:27

横ですが、

> あと「生きる力」って公立中では頻繁にいわれる言葉なのですか?

について。
国立大学の附属小中校で、かなり集中的に研究され、その結果が公立学校にも取り入れられました。
いろいろな要素はありますが、「総合学習」がその核だと思います。

その「総合学習」ですが、それは次のような例としてとらえることができます。

・クラスで何か植物を育てようと決まる(クラスでの話し合い)
・何の種を植えるか考える(発芽時期などを自分たちで調べる=理科)
・種をどこで買うか決めて交渉する(買える店や農家との交渉=コミュニケーション)
・予算の中で必要なものをそろえる(予算と購入金額の計算=算数)
・水やり、肥料等の頻度や当番を決める(植物の特徴とスケジュール管理=全般)
・問題が発生した場合の対処を考える(危機管理)
・一連の学習のまとめ(レポートの作成=国語、社会)
・お世話になった方への連絡、報告(電話や手紙で例えば農家の方にお礼=国語、コミュニケーション)

これを、総合的に行うことで、社会に出てから生きていくために必要な力がつけられる、という考え方です。
ちなみに、上記のことを行う上で、先生はアドバイスはするものの、率先して何をするかを決めるということをせず、生徒が考えるのが基本です。1年かけて、体験しながら「生きる力」をつけさせるように、サポートするのが先生のスタンスです。

「総合学習」は「ゆとり教育」と抱き合わせで行われたために、かなり悪いイメージを持たれてしまいましたが、上記のような流れを考えた場合、それが徹底して行われれば、確かに「生きる力」の教育になると思います。
植物を育てるという一つの目的の中に、あらゆる教育要素が盛り込まれているのですから。

この学習は、国立附属校では成功し、かなり大きな成果を上げていたのです。
ですから、公立でも行われるようになったのでしょう。

ところで、国立附属の場合、例えば途中で問題が発生すると、1日の授業をつぶしてその討議と解決にあたるようなことがなされました。
その結果としてよく国立で問題になる授業進度の遅れが発生します。しかし、国立ですからそれはできるのです。
しかし、公立では無理でした。
公立では、あくまでも指導要領に従って授業をこなす必要があるため、「総合学習」をしっかり行いたくても、その時間が取りきれなかったのです。
国立のように時間をかけられなかったため、結局「町の古老に話を聞く」とか「特別講師を呼んで英語を教えてもらう」とか、限定的な活動になってしまいました。

また、レベルの問題もありました。
国立附属の子供たちと、公立の子供たちでは、明らかに課題に取り組む力が違っていたのです。
それらのことがあって、国立では成功していた「総合学習」「生きる力」は、公立では骨抜きになってしまいました。

もちろん、「生きる力」は「総合学習」でのみ培われるものではないでしょう。しかし、教育システムとして考えた場合には、「総合学習」が重要であったことは事実です。

果たして、公立学校で「生きる力」が身についたのかどうかはわかりません。
国立も公立のうち、という考え方でよければ、一部の公立学校では成功した、と言えると思いますが…。

【1940553】 投稿者: 社会の役立つ人に育てたい   (ID:Q5KJteIHIKQ)
投稿日時:2010年 12月 03日 10:28

「公立は自分で考えるところ」さんや「家庭力次第」さんのご意見に
とても嬉しくなってしまいました。

どんな環境で成長しようと
将来、何か社会の役に立つ人間に育ってくれればそれでいいと思います。
 (専業主婦だって
  現役で頑張っている旦那様や
  将来を担う大切な子ども達を育てるという
  素晴らしい仕事を担っているうと思っています)

そのために
その家庭でできる範囲で
その家庭で考える最良の選択をしていけばいいのではないでしょうか。

財力や、お子さんの能力に恵まれたご家庭で
きれいな校舎・エアコン完備・セキュリティー万全・高校受験がないから6年間まとまった時間が持てるのでバレエや楽器などがじっくりできるなどなど、
が、お子さまにいいと思われるご家庭は
私立に進学なさればいいし。

財力はあるけど、あの過酷な受験勉強はさせたくないご家庭や
残念ながら、十分な財力のないご家庭などは
公立に進まれればいいのです。


私立に入っても、人間力の強い人は沢山います。
社会に多大な貢献をしている基礎となる経験を、私立や受験勉強で学ばれた方も多いでしょう。
でも、そうでなく。
低所得者や、いろんな意味で弱者への差別意識と優越感を蔓延させている
人としてどうよ・・という人や
受験勉強で、すっかり燃え尽きてしまった人や
人間力が弱くなってしまった人も、いないわけではないでしょう。

公立でも、それは同じ。
公立だから、必ずしも人間力が強くなるわけではないし
みんながみんな、志を持って勉学その他に励んでいるわけではありません。


でも
社会に出た時。
どのような形でもいいから。
社会のためになる仕事ができる人間に育って欲しい。
そのために、でき得る限りの選択をしてあげれば
それでいいのだと思います。

【1940561】 投稿者: 変化   (ID:JX6gJYX4Mkg)
投稿日時:2010年 12月 03日 10:32

>>50年前ならいざ知らず、この世の中、いったい何人の家族が
夕食家族団らんでめしが食えるのでしょうか?
少なくとも親父が7時に夕食を毎日食べられるサラリーマンが
何人いると思っているのか疑問です。

夕食の時間をあえて作ろうとしている親が、私の周りにはたくさんいらっしゃいます。50年前とは状況は変わっていますが、10年前とも状況は変わっています。

【1940677】 投稿者: 凡才   (ID:BVXkFN5nzc2)
投稿日時:2010年 12月 03日 11:39

要は、私立か公立か、どちらが優位かと言う話について、この間、テレビを見ていて

同じ様な討論だなと感じました


なんたら有名大学のなんたらカリスマ教授の哲学論でしたが、


今、あなたと家族2人がいます。あと、衰弱しきった少年が1人います。

あなたは、生きるために家族を助けるために、少年を食べますか。

それとも、全員で餓死しますか。


正直、この質問でどちらかに傾いた時点で、世の中では不適格者になってしまうのではないでしょうか。

決められないこともあると思います。


だから、根本的な考えは、中立であって、自分の考えを、それに加えればよいだけの事だと思います。

ですが、それは他人に強要するものではなく、自分の心の中にとどめて、静かに実行するものだと思います。


あくまで、明確に私的なものと公的なものを分けて考えれば、間違いは少なくなると思います。

【1940874】 投稿者: 公立は自分で考えるところ   (ID:WCzufYZgLPY)
投稿日時:2010年 12月 03日 15:31

かそっちさんへ

>私はまさに、一見そういうことが可能に思える過疎地で子育てをしました。確かに自然は豊かですが、今は昔と違い、子供の数が少なく、家も離れているので、放課後に友達と自然の中で遊び回るなんてことはできません。



お話を伺っているとまさに大江健三郎の故郷のようですね。あの人は愛媛の大瀬でしたか? 最後は松山東から東大に進んでいますね。「芽むしり仔撃ち」や「飼育」を思い出します。


森の神話的世界や家に伝わる伝承をモチーフにずっと書き続けています。そのようなところでも子供同士の社会が崩壊しているのは大問題ですね。子供たちの世界で経験したり学ぶことは沢山あったはずなのに今は地域社会で子供が冒険したりちょっとした探検ができなくなっている。



神隠しにあって村人が総出で探すと大木の祠の中ですべてを忘れて眠っていたり、父親が終戦を認めずに仲間と決起する企みに自分も船に乗って参加しようとしたりなどというイマジネーションはとても小学4年から中学受験準備ばかりさせられた人からは生まれないでしょう。



大江健三郎は松山東で伊丹十三と出会って切磋琢磨して成長し後年その妹と結婚した。町の図書館の本をあらかた読んでしまい一浪後東大仏文へ。学生時代に「奇妙な仕事」を書き周囲を驚かせ同世代の作家志望だった畑正憲を「こんな凄いのがいるのでは俺に作家は無理」と断念させています。


これから「坂の上の雲」が再開しますが秋山兄弟も子規も「やむにやまれぬ向学心」で自分の意思で東京に出てきます。決して親が「勉強しろ」と言ったのではないですよね。今の親は子どもの自発性が伸びてくるのを待っていられないし、子供の将来を自分が決めようとする。


それでは自発性のあるたくましい子供は育たないでしょう。
私の言いたいことはそれだけです。

【1940907】 投稿者: 天才の話を一般化しないで   (ID:COLeCiqcCp2)
投稿日時:2010年 12月 03日 16:04

ノーベル賞受賞者とか文学界の重鎮とか、ある時代に全国で数人いるかどうかという
天才(それも数十年前に中等教育を受けた)が公立中高出身だったことと、
普通の子供が現在の教育環境で中学受験を選ぶかどうかとということと、何の関係が
あるのでしょうね。

どなたかが書き込まれていたように、若手の日本人宇宙飛行士は中高一貫校卒の人が
過半数です(そのうち2人は千葉県の一貫校だったかな?)。これも全国で数人という
特殊能力の持ち主の例ですよね。

少なくとも首都圏では、20~30年前の首都圏で地元公立中→公立トップ高→難関大学
というコースをたどってきた親が、こぞって我が子を私立中に進ませているという
現実があります。公立推進派の方々は無視されていることのようですけれど。

この時期になると、競争相手は少ないほど助かりますから、公立派が増えるのは結構
なことではありますね。

【1940979】 投稿者: どちらも   (ID:dDEAJ0jhnAc)
投稿日時:2010年 12月 03日 17:39

中3の息子ですが、つい最近まで主人の母校である私立大を受ける気になってましたが(キャンパスに連れていったら自由な雰囲気がよかったらしく憧れてました)先日テレビで大学生の就職率の悪さが取り上げられて、難関と言われているその大学でさえ70%以下だった事に衝撃を受けて自分から国立大も視野に入れたいと言い出しました。


今息子が志望している高校は難関私立大には安定して合格者が出てますが、国立大には本人も相当努力が必要だと思います。でも何故か私は心配よりもどこまで出来るか精一杯やってみたらと楽しみな気持ちが先に来るので不安はありません。若い10代なのだから失敗を恐れずベストを尽くせ!と言ってます。ただしベストを尽くす対象は自分で選ばせて強制しない。これが私のポリシーです。


下の娘がどうしても中学受験したいと志願して来た時も小学校で少数派になるし、他の習い事や自由時間が減ってしまうと暫く悩みましたが、5年生になってもその意思が強かったのでスタートは決して早くないですが2月から本格的に始めました。どう見ても勉強量が多く大変なように感じるのですが、本人はまだまだこれから~ってやる気満々なので、彼女の場合はこれでよかったのかなと思います。後は自分の行きたい学校に向けて最後までやり切るだけでしょうね。


皆さんもそれぞれ色々な価値観があるでしょうが、我が子を大切に思い選択される道なのであれば間違いや優劣は学校の価値に存在しないのではと思います。

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