在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
鎌倉学園中学について
明日、鎌学の説明会に行く予定にしています。
昨年度から、受験者が増えて、偏差値があがっているようです。
文化祭で、息子は優しい先輩と接し、第一希望校となりました。
が、文化祭で、スカート丈の短いお姉さんや、ズボンが半分落ちているお兄さんが
いらしていました。(他校の方だと信じたいのですが)
実際に、通学されていらっしゃるかたのお話、学校生活・先生との距離感、学習指導の
ことなど、お聞きできれば、と思っています。
愚息が受験した時と随分イメージが変わってるのに驚いています。
三年前に双方のオープンスクールに伺った時のイメージは一言で申せば
質実剛健な鎌倉学園、自由闊達な逗子開成と我が家では感じていたのですが・・・
偏差値、通学距離も申し分なかったので両校受験し幸運にも合格をいただきどちらに
するか家族で話し合いました。
主人と私は鎌学の方が進学実績も勉強する環境も申し分なく、北鎌倉が大好きなので
絶対鎌学と思っていたのですが息子はどうも体験した座禅がイヤだったらしくそれだけの
ことで逗子開成に入学してしまいました。
しかし一番仲の良かった塾友は水が苦手なので鎌学に入学しそれぞれ学園生活を楽しんで
います。
余談ですが当時頂いた鎌学の学校案内に理3合格者が掲載されてまして
投稿文を読みうるうるしたことを思い出しました。
求めるものの違い様
>>ここでは鎌倉学園と逗子開成の比較になっていますが
伝統校と、進学実績を上げてきた新興の進学校の違いであって
普遍的な問題だと思います。
とお書きですが逗子開成は102年の歴史があり戦前は海軍士官学校に多数の合格者を
輩出した私学だったのです。私の中では新興の学校との意識はありません。
栄枯盛衰はいつの時代でもあります。切磋琢磨して今以上に両校とも魅力的な学校に
成長することを期待しております。
逗子開成は、「進学校としては」新興の学校と考えて差し支えないと思います。
>102年の歴史があり戦前は海軍士官学校に多数の合格者を
>輩出した私学だったのです
これは言いすぎです。
逗子開成は、明治36年東京の開成の分校としてスタートしましたが
10年足らずで、凋落、
たとえば明治43年の有名な七里ヶ浜沖でボート遭難事故は、実は不良生徒たちが学校に内緒で
ボートを漕ぎ出して遭難したものです。(この事件がきっかけで学校は財政難に陥る。)
また大正初期には学内紛擾度重なり(きっかけは校長田邊新之助氏の辞職、その後数年に亘り学内でさまざまな争議が起こります。これは学校の沿革にも書いてあります)、
これが致命的な結果を招き、
少なくとも大正中期には、設立当初の面影は見る影もなく
もはやすっかり尾羽打ち枯らした状態になっていました。
海軍士官学校も、合格者の詳細を調べれば分かると思いますが
大正中期以降の合格者はほとんどいません。
その後昭和に入っても、逗子開成は学生争議(代表的なものは昭和6年の争議)などが相次ぎ、近隣でも決して評判のいい学校とはいえなくなっていました。
逗子開成には、戦前も進学校としての歴史はほとんどありません。
(神奈川で戦前から旧制高校、海軍兵学校などに安定的に合格者を出していたの私学は
関東学院と浅野のみです。戦前からの進学校と言える私学は神奈川ではこの2校のみだと思います。)
これは学校関係者もよく知っていることで、
学校関係者は、口が裂けても逗子開成が戦前からの名門校だったとは言いません。
もし疑問をお持ちであれば、過去の新聞などを図書館でお調べになれば
詳細が分かるかと思います。
学校の沿革にお詳しい方がいらっしゃるものですね!
しかしまあ、平成の御世、海軍士官学校うんぬんというのは
もはや、、いかがなものかと。
結論から言えば、逗開も鎌学も進学実績を問われれば
五十歩百歩だと思うのです。
眼前に広がった海原に手放しでクラクラ来てしまうか
建長寺にへばりつく特異な環境にぐぐっと来てしまうか
そんなもんかもしれないです。
ここ数年のことを振り返ってみても、愚息が受験した頃はNの
偏差値が鎌学より逗開の方が高く人気がありました。
その翌年、逗開は大学実績を落とし、今度は鎌学の方が1ポイント
偏差値があがりました。
ここ2,3年は逗開の合格実績の方が上になってきたらしいので、
来年あたりはまた逗開人気が若干上回るんじゃないでしょうか。
紙一重なんです。ホントに。そんなことに一喜一憂していてもねぇ。
どなたかが書いてましたが、鎌学は昔の公立高のような気質と
いうのは言い得て妙と思います。私は典型的な神奈川方式を経験
しています。鎌学には当時の県立高校に似たところは感じます。
要するに自主性がない子はこぼれ落ちてしまう可能性が大きいと
いうことです。
ただ、当時の県立高校と違うのは理数系、理系、文系とコース分け
があり(当時も翠嵐や光陵などはコース分けがあった)、授業の
先取り、進度はかなり速いです。
この感覚がうまくつかめないか、違和感を持ってしまうと
「面倒見がいいと聞いていたのに違うじゃないか」という不満に
なってしまうのかもしれないです。
ふとそう思いました。
> 眼前に広がった海原に手放しでクラクラ来てしまうか
> 建長寺にへばりつく特異な環境にぐぐっと来てしまうか
>
>
> そんなもんかもしれないです。
>
確かに海が好きか、山が好きかで選んでいる人が多いかもしれませんね。
少なくとも我が家はそうかも。
昔のことは知りませんが、両校とも切磋琢磨してより素敵な学校になって欲しいと思っています。
逗子開成の歴史 さんへ:
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(神奈川で戦前から旧制高校、海軍兵学校などに安定的に合格者を出していたの私学は
関東学院と浅野のみです。戦前からの進学校と言える私学は神奈川ではこの2校のみだと思います。)
浅野のHPの学校紹介を読むと、「本校は1920(大正9)年、実業家・浅野總一郎翁によって創立された。当初はアメリカのゲイリー・システムという勤労主義を導入し、学内の一角に設けられた工場による科学技術教育と実用的な語学教育を特色としていた。」ということで、浅野コンツエルン内の工場で働く職工さんを育成する目的で建てられた学校のようです。浅野はともかく、関東学院は「戦前から」というよりは「戦前は」というのが妥当ではないでしょうか。
あまり難しいことを考えずに子供の入りたい学校に行けばいいです。
男子校自体が今は特殊ですから、どこもほとんど変わらないです。
この辺の学校はみんな良い教育しますよ。
不満を言う親は、どこに入れても言うと思います。
向き不向きも外からでは絶対わかりません。ばくちですね。
最近のこのスレのやり取りを読んでいて、鎌倉学園が逗子開成とさまざまな面で比較されていて、先生方も在校生の御父母の方々もそのことを気にかけている様子がよくわかりました。
ここで、視点をがらりと変えて質問してみたいのですが・・・・神奈川御三家の押さえの学校として鎌倉学園と逗子開成の他に、地理的に通学が可能ならば、桐蔭学園の名前は上がらないのでしょうか?桐蔭中等教育ならば、中学受験の偏差値は鎌学、逗子開より下ですが、桐蔭学園の大学合格実績は昔に比べると落ち目だとはいえ、依然としてこの2校よりは上だと思うのですが(小学校から上がってくる方がいるからでしょうか?)・・・・併願校として桐蔭学園を受験された方のお話を聞かせていただければ幸いです。




































