女子美の中高大連携授業
鎌倉学園中学について
明日、鎌学の説明会に行く予定にしています。
昨年度から、受験者が増えて、偏差値があがっているようです。
文化祭で、息子は優しい先輩と接し、第一希望校となりました。
が、文化祭で、スカート丈の短いお姉さんや、ズボンが半分落ちているお兄さんが
いらしていました。(他校の方だと信じたいのですが)
実際に、通学されていらっしゃるかたのお話、学校生活・先生との距離感、学習指導の
ことなど、お聞きできれば、と思っています。
ズカイ万歳 さんへ:
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> 六年男子母 さんへ:
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> >
> ある合同説明会の折、司会者が逗子開成について、
> >
> 今でも普通、
> 「ズカイ」
> と呼んでいますね。
> でも別に悪い昔の印象ではなく、今の印象です。
> もっともボート事故でさえ今となっては悪い印象はなく、歴史のある学校だという良い印象です。
> 学校関係者が変に意識すると違和感があります。
同感です。
私にはさらに、開成祭で会う「ズカイ」のころの校友会の方々にも、良い印象があります。
ズカイの歴史が出てきたところで、
どなたか、鎌学の現在の校風をつくった歴史について語ってくださいませんか?
あの「ズカイ」が、これほどまでの学校になるとは
死んだおじいちゃんも想像しなかったでしょう。
戦前から「吹き溜まり」といわれていた不良校が
いまや鎌倉高校以上の実績を上げているとは、驚きです。
逗子開成の躍進 さんへ:
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> 逗子開成の歴史 さんへ:
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> >
> 逗子開成は、「進学校としては」新興の学校と考えて差し支えないと思います。
> >
> >
> >
> >102年の歴史があり戦前は海軍士官学校に多数の合格者を
> >
> > >輩出した私学だったのです
> >
> > これは言いすぎです。
> >
> 逗子開成は、明治36年東京の開成の分校としてスタートしましたが
> > 10年足らずで、凋落、
> >
> たとえば明治43年の有名な七里ヶ浜沖でボート遭難事故は、実は不良生徒たちが学校に内緒で
> >
> ボートを漕ぎ出して遭難したものです。(この事件がきっかけで学校は財政難に陥る。)
> >
> >
> また大正初期には学内紛擾度重なり(きっかけは校長田邊新之助氏の辞職、その後数年に亘り学内でさまざまな争議が起こります。これは学校の沿革にも書いてあります)、
> > これが致命的な結果を招き、
> >
> 少なくとも大正中期には、設立当初の面影は見る影もなく
> >
> もはやすっかり尾羽打ち枯らした状態になっていました。
> >
> >
> 海軍士官学校も、合格者の詳細を調べれば分かると思いますが
> > 大正中期以降の合格者はほとんどいません。
> >
> その後昭和に入っても、逗子開成は学生争議(代表的なものは昭和6年の争議)などが相次ぎ、近隣でも決して評判のいい学校とはいえなくなっていました。
> >
> 逗子開成には、戦前も進学校としての歴史はほとんどありません。
> >
> (神奈川で戦前から旧制高校、海軍兵学校などに安定的に合格者を出していたの私学は
> >
> 関東学院と浅野のみです。戦前からの進学校と言える私学は神奈川ではこの2校のみだと思います。)
> >
> >
> > これは学校関係者もよく知っていることで、
> >
> 学校関係者は、口が裂けても逗子開成が戦前からの名門校だったとは言いません。
> >
> もし疑問をお持ちであれば、過去の新聞などを図書館でお調べになれば
> > 詳細が分かるかと思います。
> >
> >
>
>
> 確かに「ズカイ」といえば、今の曽祖父世代ですら
> 眉を顰めるような学校で、戦前もはっきり言って、ろくでもない学校でした。
> 最底辺の公立高校にすら受からない生徒を受け入れていた戦後の歴史は皆さんご存知の通りです。
>
> そんな中、1910年のボート遭難事故で経営難に陥ったことがある逗子開成に
> またもや困難がのしかかります。
> 1980年の八方尾根雪山遭難事故です。
> この事件では危機管理能力の不足を新聞などマスコミ各紙に叩かれました。
> この後、再び逗子開成は志望者激減、経営難に陥り、廃校の危機に曝されます。
> (こう何度も、経営危機の発端になるような大きな事故に見舞われる学校は数少なく、よほど逗子開成は運が悪い学校だと思われます。)
>
> しかし、しかしです。
> そこで立ち上がったのが徳間書店社長の故・徳間康快氏です。
> 彼は自ら理事長兼校長になり、経営に大鉈を振るいます。
> 1980年代に入ると、桐蔭学園など新興私学の経営を参考に、
> 中高一貫教育によるエリート化が図られ、15年ほどの短期間の間に底辺校から
> 横浜南部から湘南・三浦半島にかけた地区において、屈指の進学校に成長しました。
> いまやあの「ズカイ」の姿はどこにもありません。
>
> 映画も手がける徳間氏ご自慢の視聴覚館など、設備も一新。いまや設備の充実度では
> 先輩格の桐蔭学園に勝るとも劣らない素晴らしいものになっています。
> 進学実績でも、昨年は東大・東工大・一橋・旧帝大など難関大学合格実績(合格率)では桐蔭学園に肉薄。
> 生徒は中高一貫でめきめき力を付けてきていますので、来年度は難関大学合格実績(合格率)では、桐蔭学園を凌駕するものと思われます。
> 今、神奈川で一番伸び盛りの学校だと思います。
> 週刊誌などでも、急速に進学実績を伸ばしている東京の世田谷学園についで注目度の高い学校になっています。
>
>
>
>
>
>
>
六年男子母 さんへ:
> ズカイの歴史が出てきたところで、
> どなたか、鎌学の現在の校風をつくった歴史について語ってくださいませんか?
鎌学は今も昔もあまり変わらないので
逗子開成のような面白みはないと思いますが...
唯一今との違いは、高校募集がメインだったことくらいではないでしょうか。
以前は、湘南高校や鎌倉高校、横須賀高校などの自由な学校(公立)の併願校だったので
同じような嗜好性を持った子供たちが集まって今の校風が作られたのではないでしょうか。
しかし鎌学と逗子開成が比較される時代になるとは思ってもみませんでした。
学校も変わればかわるものです。
結論はずいぶん前に出ているようです。
求めるものの違い さんへ:
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> 結局、学校の何を求めるかでしょう。
> 友人、クラブ活動、息抜き、遊び、友情を学校に求めるのなら
> 鎌倉学園は、バランスの取れたいい学校だと思います。
> 最近はこういう一昔前の公立高校のような「普通の学校」が少なくなっている中で
> 鎌倉学園は貴重な存在だと思います。
>
> しかし学校に予備校の機能を求めるとなると話は違ってきます。
>
> ここでは鎌倉学園と逗子開成の比較になっていますが
> 伝統校と、進学実績を上げてきた新興の進学校の違いであって
> 普遍的な問題だと思います。
>
> 鎌倉学園は伝統校、逗子開成は歴史は古いですが、
> 実質的には創立15年目くらいの新興の進学校だと考えたほうがいいと思います。
>
> ここで議論されていることを見て
> 学校に求めるものが違う人たちが、それぞれに議論をしている感じがしました。
> いつまでたっても話はかみ合わないと思います。
ズカイはひどかった さんへ:
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> あの「ズカイ」が、これほどまでの学校になるとは
> 死んだおじいちゃんも想像しなかったでしょう。
少なくとも横浜の人はそんな昔のことは全く知りません。
ズカイ
と言えば、横浜から見れば、男子校では、栄光に次ぐ名門校ですよ。
ズカイ万歳さんへ さんへ:
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> 煽りですか?
> ズカイはたしかに伸び盛りではありますが、保護者から見ても
> 栄光に次ぐ名門とは、おこがましいと思いますが。
それでは、横浜・川崎以外で、栄光の次はどこですか?
ちなみにうちは、男の子はいませんので、あしからず。




































