女子美の中高大連携授業
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
>相変わらず、極端な視点と、安易な共感に満ちたスレですね。
相変わらず、イヤミな、個人的、感想だなー。
まあ「嫌い」なのだからしょうがないのだろうけど。
近眼さんは、基本は「僕は正しい」というイヤミキャラだしね。
イヤミキャラは、基本的に「共感」は御法度だし、常に、上から目線じゃないとね。
今後のHNは「近眼スネオ」でどう?なんちゃって。
>私立のほうが「結果平等への同調圧力」が弱い。
>多様な個性が受容される土壌があるから、
「多様な個性」
それぞれの人格性質という意味での多様な個性を考える時と,ある対象に強い興味関心を持ち持続力や集中力をもってそれを学ぶそれぞれの個人という意味での多様な個性を考える時では,「土壌」の果たす役割は変わると思います。本来,前者を受け入れる土壌は常に成立していなればならないはずですが,それが担保されていない現実が存在するために,公私選択理由議論の1つのカテゴリーにも発展するのではないかと思います。このカテゴリーは一見枝葉の部分に見えても当事者にとっては深刻なことですし,多様性を認識しそれを踏まえての行動ができる状態で中高を終えるかどうかということは,誰にとりましてもその後の社会生活において極めて重要なことだと思うのですが。
後者の意味で「多様な個性」をとらえるとき,シルバースプーンさんが仰るように,私立中学の価値の1つを見出せると思います。後者を満たすと期待できる学校は前者も満たしていることにも気づきます。それがなぜかというところにいろいろな要素が隠れているような気がします。
>実社会と学生時代とのギャップが大きいことが、その理由ではないかと。
確かに。
実社会が,履歴書で表しきれない底力を求め始めている一方で,
学生は,履歴書(たとえそれが100頁であろうとも)に書ききれる範囲の実績で勝負できるのではないかと考えている,
というギャップだと思います。
>私利私欲
確かに,私利私欲を追求するために世のためを語る悪い風潮があります。
四字熟語として転じる意味はとても悪いことです。
しかし,本来,学ぶことは個人の利にしすることで,学びたいという欲求も人間だからこその自然なこと。修行の時期にこそおおいに,2字熟語としての 私利 私欲を追求して,つまる結果として世のため人様のためという課題に向えば良いのではないかとわたしは思います。
>後者の意味で「多様な個性」をとらえるとき,シルバースプーンさんが仰るよう
>に,私立中学の価値の1つを見出せると思います。後者を満たすと期待できる学
>校は前者も満たしていることにも気づきます。それがなぜかというところにいろ
>いろな要素が隠れているような気がします。
「学歴コンプレックスを分析する視点」というような価値観が育つような学校では前者は満たされていないのでしょう。
1つの価値基準でしかものごとをとらえられない価値観はあながち例外でもないような気がします。
>実社会が,履歴書で表しきれない底力を求め始めている一方で,
>学生は,履歴書(たとえそれが100頁であろうとも)に書ききれる範囲の実績で
>勝負できるのではないかと考えている,というギャップだと思います。
そんな勘違いをさせるところに今の教育制度の問題がありますね。
>しかし,本来,学ぶことは個人の利にしすることで,学びたいという欲求も人間
>だからこその自然なこと。修行の時期にこそおおいに,2字熟語としての 私利
>私欲を追求して,つまる結果として世のため人様のためという課題に向えば良い
>のではないかとわたしは思います。
オバマ大統領は「greed」という言葉を使いましたね。
greedの追及が、世のため人様のためなんて都合のよいことにはならないでしょう。
老眼さん
「結果平等への同調圧力」が強い「この国の実社会」に出たとき、
そうでない私立中高で過ごしてきた子どもたちは戸惑うのではないか、
と思うのです。
前者はより社会主義的であり、後者はより民主主義的なので
イデオロギーも違えば、求められるリーダー像も違う。
私立校は「この国の実社会に求められるリーダー」を育てにくいのではないか、
と私が考える理由がそこにあります。
単純化して例えるなら、
「10の利益を得るためには1の犠牲はやむを得ない」という考えが
「この国の実社会」では通りにくい。
「犠牲をゼロにするために利益が5に減っても仕方がない」という考えのほうが
大勢を占めてしまう。
たとえそれが「私利私欲」のためではなく、
「社会全体の利益」を考えたものであったとしても、そうなってしまう。
(避難住民が80人にいるところに毛布が70枚届いたら、
全員に行き渡らないので全部を返してしまう、というような)
「社会全体の利益」を考えての行動なのに報われない、
という無力感を知ると、進んでリーダーになろうという気が萎える。
そういう経験を親や先輩から聞かされた子はどうするか。
「自分の裁量ひとつで世のためになる仕事」を目指すとしても
不思議ではありません。
私立の進学校に医者を目指す子が多い理由のひとつが
それではないかとも私は考えています。
竹下、宇野、海部、宮沢、細川、村山、橋本、小渕、森、小泉、安倍、福田、麻生、鳩山、菅
と並べてきて見識はあったが非力な宮沢、やる気はあったが空回り気味の橋本、やったことはともかく人気の小泉と何らかの期待を感じさせたのはこの数人であとはどれもこれもリーダーの強い意志を感じなかった。
竹下さんは消費税導入以外は村の青年団の団長レベルで教養などまるで感じない。森は馬力はありそうだがいかんせん見識がない。安倍から鳩山まで毛並みの良さだけで実行力はまるでない。
人材育成の機関が日本には本当にないんですね。外資や〇〇研究所というシンクタンクにいる若手で政治に打って出る人物はいないんだろうか?民主党に期待されたのは自民党的な看板、地盤などを持たなくても優秀な人材が選挙で当選できるということもあったと思うのだが・・・・・・・・・・・・・・。
民主党批判は削除されるので一般的な話しか書けませんが何とかして政界にまともな人物が当選してリーダーとして鍛えられる仕組みを作らないと日本は本当に沈没するでしょうね。
政治家が尊敬されていないのだから2世議員以外はでないのも道理。
軍部独裁ならぬ賢人独裁政治なんてできるのならお任せしてもいい気分になっている。毎日のニュースに憤り呆れていたがそれを通り越して自分さえよければいい気分になってくる。
いい人材に国を動かす地位についてもらうにはどうしたらいいんだろうか?
中曽根や橋下が言っていた首相公選制か? でも日本でそれをやればサンマか前田敦子が当選してしまうかもしれない。
AKB48の内閣なんて今の日本に合っているかもしれないな。彼女たちのほうがよっぽど真面目に総選挙やっている。
>greedの追及が、世のため人様のためなんて都合のよいことにはならないでしょう。
greedであるような欲であれば,視点さん仰るように,きれいごと の話になります。しかし,わたしは,単純に,知りたい・学習したい・できるようになりたい というような人間だからこそ誰でも持っている基本的な欲という意味で書きました。
修行時代(小中高大)は,外を心配する暇があるなら自分自身の欲の追求にとことん時間をかけるのがいいのではないかと。その時期にそれを十分しておかないと,社会に出てから変なところに欲を見出してしまう ようになる のかもしれないなぁ,という感想です。
欲の追求はタイミング,領域や程度によって,時に,世からgreedという評価を受けてしまうこともあるでしょうが,欲の追求を放棄するよりは,より人間の行動としては正しいのではないかとも思います。その場合に自分(個人や属する立場,会社をも含めて)以外への影響をどれだけ考慮して行動できるかということは,無論,問題にされるべきことだと思います。世や人様のため,というのは,その先にあるものではないでしょうか。くどい言い回しでスミマセン。




































