在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
必死な中受は無意味?
最近,小学校から必死に中学受験のために勉強して何の意味があるのか?と考えてしまいます。
元々,「小学中学までは地元公立でのんびりと,高校から必死に勉強すればいい。」と考えておりましたが,近所に評判の良い,いわゆる「中堅」の私立中学があるのを知り,大手塾の中では最も「楽」といわれている塾に5年生の途中から入塾させました。
しかし,一旦入塾すると,平日も1時間以上塾で居残り勉強したり,夏休み中も塾が無い日でも,自習室に行き3時間以上勉強しています。息子には「○○中学でいいんだからそんなにがんばらなくていい。」と言っても,「もっと上の中学を目指す。」と言い張り,完全に塾に洗脳?されているようです。
9時には寝るように言ってはいますが,最近は10時近くになる日もあり,不健康なのではと心配です。また,地元の友人からも「付き合いが悪くなった」みたいなことを言われているのも気になります。
そこで皆様に質問です。
例えば,必死に勉強すれば御三家に入れるような能力の子供がいたとします。
その子供が,
①大手塾に入り,小学生3年間を必死に勉強して御三家に入るケース
②塾には6年のみ通い,のんびり勉強していわゆる「中堅」校に入るケース
③中学受験をせず,地元公立に行くケース
の3ケースを想定します。
それぞれのケースで,A:大学受験という中期的視点,B:人生という長期的視点
に立って考えた時,その子供の将来にどのような違いが生じるのでしょうか?
もちろん,ある一定の収入があり,子供が一定の学力がある御家庭であれば,この不況下でも,都内では半数以上中学受験を選択することを考えると,A・B両方の視点から見て,①のケースが統計学的には正しいことになります。
私は,視点Aでは,①=②>③,視点Bでは,①=②=③のような気がしますがいかがでしょうか?
ある人は,ハイレベルな中で切磋琢磨することが重要と言います。またある人は,貧富の差や様々な価値観の家庭があるなかでもまれた人間のほうが,社会にでてから活躍できると言います。
「学ぶ」ことは依然重要ですが,かつてのように高学歴であれば,将来を約束される時代ではなくなりました。
友人と遊ぶ約束もせず,塾に向かう息子を見て,時々不安になります。「これでいいのだろうか?」と。
中学受験自体全く無意味ではないでしょうが,小学校の半分の期間を受験に費やしたり,小学生なのに夏休みに朝から晩まで勉強する意味ってあるのでしょうか?レベルの低い質問ですいません。ご意見お待ちしてます。
>全然冷やかしていただいても、シニカルにご意見頂くのも問題ないと思います。
>本当に嫌味でも何でもなく単純に知りたいだけですw
>やはり「異様な中学受験の世界」に興味があったりするからですか?
冷やかし・・というか、老婆心ですね。
大丈夫ですか?・・と余計な心配をしているだけ、無視してくださっても結構ですよ。
芸事の師匠は、弟子入りを安易に認めず、
弟子と認めてからも、芸の稽古はせず、毎日の雑事をやらせる・・日本の伝統的な教育ですね。
なにがキーポイントかというと、弟子の渇望感ですね。
知りたくて、知りたくて仕方がない・・その渇望感です。
師匠のやることを学ぼうと、必死に見詰めています。
塾漬け、中高一貫私学・・・とても親切ですね(お金を払うから当然ですけどね)
でも、人は育つのでしょうか?・・心配ですね。
小学生と勉強の組み合わせって、どうしてこう偏見を持つ人がいるのかしら。
これが、小学生とサッカーなんかだと、いいんでしょ?
あとは、なんだろう。将棋とかヴァイオリンとか?
朝から晩までサッカー。
練習が終わっても一時間残って自主練。
夏休みも朝から晩までサッカー。
サッカー自体無意味ではないでしょうが、小学生がこんなにやる意味あるんでしょうか?
なんてね。
>中学受験のスレに、今この言葉が出てきているスレは、必要ないのではないでしょうか。
このスレのテーマは、
>必死な中受は無意味?
・・ですよね。
「必要ない」というのは、スレ主さんへの 否定 ですよね。
ですので、スレ主さんに礼儀として、根拠を示す必要があります。
では、今のこの中学受験の状況を辞めさせられる、救世主のような方は
いらっしゃるんでしょうか。
具体的な根拠も解決策も無いまま、無駄ではないかとだけ言っていても、何も解決しない。
何をするにも、努力をしない訳にはいかない。でも、過剰な方法に対して、どのようにどう変えられるのか。
どのような方法でしたら、より良い方向に向くのでしょうか。
誰もその解決策を提示しないのは、不毛な議論だと思います。




































