在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
中学受験全滅のとき、子どもとどう接するか?
小学5年生の娘の父親です。
30校以上の中学校を訪問・研究してきましたが、なかなか気に入る押さえの学校がみあたりません。
入試が難しくなくても、良い建学の精神・校風・環境等があり、娘も気にいればいいのだが、と探してきたのですが、どうも該当する学校がありません。
このままでは、押さえの学校なしに受験突入してしまい、全滅のケースも想定しておかないといけないと思うようになりました。
その場合、どのような準備をしておけばよいでしょうか?
「中学受験のために勉強してきたのだから学力はすごくついているよ」というのが決まり文句のようにモノの本で紹介されていますが、現実には全滅のとこき、そのような言葉は実際には効果がないと感じています。
私自身、高校受験に失敗しており、その無念は30年以上たっているにもかかわらず、今も頭から離れることがありません。夢で合格発表の掲示板にいくら探しても自分の受験番号がないという夢を、いまだにみるのです。ましてや小学生の娘には、全滅という事実は受け止めきれないと感じています。
しかし、現実にはそういうことが起きうる。そのとき、どう娘と接したらいいのでしょうか?
たまに覗いてみたので・・失敗組オヤジの感想を一言。
ウチはとにかくやれることはやったものの敗退。受験した学校は少ないですが全校チャレンジ校でした。今は公立中学校に通いながら高校受験を目指しています。
第一志望に落ちたのがわかった時、隠れて泣いていた息子を見るのは親としては辛いものでした。しかし、本人ひとしきり泣いた後は、落ち着いて前を向きました。親としては、もう少しうまくやれるようにしてやった方がよかった、かわいそうな受験をさせてしまったと反省、しかし反面、本人は精神的にかなり成長しました。
本人が最後まで頑張れて納得できる受験ができたら大丈夫かと(親として反省は多々あります)。
でも、合格の方がもちろん良いですから、どうかがんばって下さい。
中学受験は周囲にオープンにしない親子を見かけますが、
お試しで通塾されている時期を過ぎてまで内緒な場合・・・
受験に失敗しても傷が多少なりとも浅く感じられるかも知れませんが
その逆に深く表面にでない傷のほうが後々、苦い思いをされるかもしれません。
こちらのスレ主さんはオープンにされているといいな~と思いました。
私の周囲に数人います。
まだ一般的ではない時代だったから余計だったのかもしれませんが。
中学受験の全滅は、子供を深く傷つけますよ。
スレ主さん自身、高校受験失敗がトラウマになっているようですね。
中学受験失敗は、高校受験失敗とは比較にならないほど、
深く子供を、傷つけます。
中学受験失敗で、脇道にそれる例は、数え切れません。
お亡くなりになった、飯島愛さんも、
その後のすさんだ生活に入るきっかけは、中学受験失敗だったようです。
世間的には、名前が通っていなくても、良い教育をしている学校は、
本当にたくさんありますよ。
くれぐれも、親の見得のために、子供に辛い思いをさせないで下さい。
子供を、親のアクセサリーにしないことです。
若い内の失敗は今後の人生の糧になると一般的に言われています。でも、やっと自立心が芽生えだした12歳の子供を、一概に「若い内」に入れてしまっていいのだろうか。大きな挫折しか残らなかった子供達もたくさんいるのじゃないか。金先生の「落ちたっていいじゃん」、著者は忘れましたが「中学受験の失敗学」等の本を読むに至って、そんな気持ちになりました。
息子は中受終了ですが、親としては全滅は絶対回避すべき受験作戦をたてました。幸い結果として第一志望に合格しましたが、全滅した子供とどう接する以前に、やはり全滅は絶対回避すべきだと。
子どもに勉強しろと言う割りには自分はやるべきことをしていない。
私はまさしく、そういうババアでした。
娘が受験勉強中、ずっと、最悪のババアでした。
ババアの娘は、親のサポートを受けることもできず、
一人ぼっちで頑張っていましたが、
第一志望の偏差値になかなか届きませんでした。
ババアは娘をけなしてばかりいました。
6年になって、受験が少しづつ近づいてきたある日、ババアはふと考えました。
「この子はこのままだと第一志望に落ちてしまう。その場合、どうしたらいいのか?」
と。
通わせたい学校なんて見当たらない、と第一志望以外の学校を見下していました。
第一志望に落ちたら、どうしたらいいのだろうと途方に暮れていました。
ところがある日、ババアに変化が起こりました。
娘の頑張っている姿が、とてつもなく神々しいものに見え始めたのです。
ババアの頭上に鉄槌が下りました。
「この子を不幸にしてはいけない!なんとしても不幸にしてはいけない!」
ババアは、無い知恵を必死に絞りました。
ババアが考えついたのは、こんなことでした。
(作戦1)第一志望がダメでも、第二志望がある。
第二がダメでも第三がある。
第三がダメでも第四がある。第四がダメでも第五がある。
どこの学校に行くことになっても、きっと幸せになれる!
という暗示を娘にかけること。
(作戦2)第一志望が不合格で落ち込んでいる娘にかける言葉を
あらかじめ決めておくこと。
ババアは、さっそく(作戦1)に着手しました。
その気になってみれば、どの学校にもキラリと光る魅力があることが、
だんだんわかってきました。
図書館が広くてかっこいいとか、生徒達がニコニコしてて楽しそうだ、とか。
下見に行くたびに「この学校いいね!」とハイテンションで娘に話しかけると、
娘は同意しながらも言ったものです。
「ママ。そんなにこの学校をオススメしなくてもいいよ。ちゃんとわかってるから。」
娘は一枚上手だったのでしょうか。
ババアの意図を理解していたのでしょうか。
1月校に加えて、2月1日から5日まで、合計6校の併願が決まってみると、
不思議とババアの気持ちも安らぐのでした。
「もうどの学校に通うことになっても大丈夫だ。」
暗示にかかったのは、ババアのほうでした。
しかし、娘はババアに向かって微笑みながら言いました。
「ありがとう、ママ。これで私、安心して受けられるよ。」
と。
ババアの頬に、思わず涙がこぼれました。
よしっ!このアタシが守ってやるからね!
ババアは心に固く誓ったのです。
第一志望の合格発表の日。
(作戦2)を実行するのは、父親の役目と決めてありました。
「受験は、長い人生の中で、ほんの小さな出来事の一つに過ぎない。
これからの人生には、もっともっといろんな事が起こるんだよ。」
もちろんババアは「よくやったよ。すごかったよ。」と言って、抱きしめてやるつもりでした。
ところが奇跡が起きました。
「あった!あったあった!」
何度も何度も見直しました。
そこには、娘の受験番号が、ちゃんとありました。
・・・もちろん、ババアにはちゃんとわかっていました。
それは断じて奇跡なんかじゃない。
娘の積み重ねてきた努力の、正当な結果であることを。
最悪の状態だったババアが、ほんの少しだけマシなババアになっただけで、
娘は持てる力を最大限に発揮することができたんだ、ということを。
それなのに、なぜか父親はニコリともせず
「残念だった場合のセリフ」を淡々と口にしていました。
「へんなの。パパ、全然喜んでない。」
ババアも不思議に思いましたが、
今思えば、父親が合格発表の場で笑わなかったのは、
残念だった人が同じ場所にいることを知っていたからなのでした。
それは、自分も中学受験で第一志望に失敗したことがあるから、
だったかもしれません。
ババアは、そんな苦しい過去があったことをよく知りませんでした。
でも、それを乗り越えて生きてきた父親の横顔が、
渋く、厚みがある横顔に思えてきたのでした。
(おわり)
>30校以上の中学校を訪問・研究してきましたが、なかなか気に入る押さえの学校がみあたりません。
この気持はよくわかります。
>このままでは、押さえの学校なしに受験突入してしまい、全滅のケースも想定しておかないといけないと思うようになりました。
ひとそれぞれとはいえ、これは危険ではないでしょうか。心の傷として生涯深く刻まれてしまうことになる可能性が大きいと思います。どんなに頭のいい子でも万一ということはあります。そういうときのことを考えて準備しておいた方がいいでしょう。まずは合格をとって、行くか行かないかはそういう状況になってから決めればいいのではないですか?最初から備え無しという考えはやめた方がいいとおもいますよ。




































