在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
はじめに皆さま、
この手の議論はしたくないと言っていた私が自ら掟を破ってしまい、
申し訳ありませんでした。
と言いつつ、書きたくなったらまた書いちゃうかもしれませんので
先にもう一度謝っておきます。すんません。
◎判断さん
視点さんは、持論の「表現のえげつなさ」を自覚されていると思います。
適性さんがそれを指摘するからこそ、えげつないままで発信できる。
視点さんの断定表現×適性さんの指摘=価値ある意見
この関数は漫才における
ボケ×ツッコミ=笑い
に近似です。
しばしばツッコミは単独で司会者になれますが、ボケには難しい。
ビートたけし、島田紳助は漫才ではボケですが、司会のときはツッコミになれる。
そういう意味で天才なのだと思います。
視点さんは文才がおありなので、
ビートたけし、島田紳助クラスの両刀使いを見てみたいと私も思います。
◎面白い考え方ですねさん
こちらこそ勝手に解釈してすみません。
ひとつだけ、
>適性さんというカウンターバランスが必要だったのは視点さんであり、さらに微妙な調整をしていたのがさくらさん、老眼さん、ふうさん、弱点さんだったのだと思います
これに関しては、私も、地域、時代さんと同じく、
同意できません。
微妙な調整をしていたのは、量的さんが【2472658】で指摘されているように
この「場」を尊重したいと考える「みんな」だ(った)と思うから。
私が盛んに言う「建設」「キャッチボール」は「場を尊重する」と同義です。
おっしゃるように
>ひとりのために、みんなが犠牲になることはない
のですが、「場」というものは絶妙なバランスで保たれるエコシステムだということも
今回体験させられたところです。
◎量的さん
洗練されたお店をお求めであれば天竺園は満足されないと思いますが、
洗練なら東京のほうが上だと思うので、あえて。
中教審のお話、
私が最近あらためて痛感しているのは
>議論2:教育の考え方と目標に関する説明を入れて、「生徒・学生の動機を高めることに資する」べきこと
特にこれです。
まさに「動機が大事だよね」なんですよね。
これを高めるにはどうすればいいか、
さまざまな方からのご意見が拝読できればありがたい。
私も考えつく限り、書き込みたいと思います。
シルバースプーンさん、
感覚にミートした議論が用意できたとしたら大変嬉しいことです。ありがとうございます。
さて、議論2にサック入りたいと思うのですが、学び”動機”があるためには、・・
その人それぞれの”強く興味を持ったモノ、あるいは目標(将来の「キャラ」イメージでも良い)に道筋がついている、とのをまず叩き台で出してみます。しかも、興味のINPUTもふくめて、二の矢、三の矢を考えた、7手ひと組くらいのもっと深謀遠慮のある、生徒さんへの提示の仕方が必要で、ひとそれぞれの適性や個性に応じて、ちりばめられていて良いと考えています。これをコーティングで行う。
・・そんなダイナミックなアプローチではいかがでしょうか。(イメージを確かにする具体的な例が必要かもしれませんが、まずは手短に。)
>議論2:教育の考え方と目標に関する説明を入れて、「生徒・学生の動機を高めることに資する」べきこと
特にこれです。 まさに「動機が大事だよね」なんですよね。 これを高めるにはどうすればいいか、
さまざまな方からのご意見が拝読できればありがたい。 私も考えつく限り、書き込みたいと思います。
学校教育論(学事出版)を入手し、学校教育の全体像を、Webでの学習指導要領改訂情報も参照して、駆け足でレビューしました。量的さんの要約とご意見を道標にさせて頂き、学習指導要領の改訂や教育法改訂で示された理念を元に、現在の子どもたちの課題への対応の視点からあげられた重要ポイント迄、調査及び現状把握>課題の抽出>検討>学習指針立案>現場での方針 と入念かつ慎重に系統立てて整合性を持って構成されていることを知りました。
このレビューを通じで、まず私の感じたことをあげてみます。
「生きる力」に始まる理念から現場での学習指導要領に至るまでの学校教育供給側の指針そして考えが、私(あるいは私達)にどの程度伝わり浸透しているのか。
私(あるいは私達)は、学校教育法、学習指導要領等の改訂を、(国民として)どう捉えていたか。
「 学校教育法 第2章第10条(家庭教育): 父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。」 この10条は、保護者としての最低限の義務から、保護者が発展的に家庭教育に係わり子供の調和のとれた発達を促すプラスα 迄幅を持って解釈出来ます。保護者が、子の教育について第一義的責任を有す、ことに対して、私は、保護者として、子供の教育にどう係わってきたか。どう係わっていくのか。
学習指導要領の中で、学校としての取り組みの努力を示すと共に、学校と地域社会や保護者が力を合わせて理念の「生きる力」の獲得を目指すことの大切さも明記しています。保護者は、子供の個性を良く見て、個に応じた才能や能力あるいはやる気を引き出して成長発達に関与出来るのです。一方では、私の周りでこの10年程、子供が大学を卒業したもののうまく社会に適応出来ていないという親の悩みを聞くことがあり、親はしっかりした社会人ですが、子供の教育には余り関与せず放任してきたことが一つの要因か、と感じるケースが何件かありました。また、受験勉強での燃え尽や、最近の中受の早期開始や、高い偏差値を取ることが学習の目的化している弊害の実話をやはり身近で耳にすることも度々あります。上手く子供を教育して立派に育て上げた実例も身近に幾つも見てきました。そういった身近な事例のフィードバックから、私自身は、子供の学習・教育には、未来に向かった道があること、その道には好まざるリスクが地雷のように隠れていることを知り、理念を持って子供が個性を育てることを支援することが親の役目、と考えてきました。
今週は、学校教育と家庭教育(学習)との同調と補間、そして、積極的な行動から、子供が体験の中で感じ、気付き、感動し、心に響くことで、幅広くそして深い思考と学習につなげて「生きる力」を少しずつ修得して行く姿が望ましいと再確認しました。その中でやはりポイントとなるのは、皆さんご指摘の通り、肝心な子供に如何様に動機づけを与えて、やる気を引き出し、生きる力を育むのという正に現場での活動です。理念や学習指導要領改訂の学校現場への落とし込みの具体的方法としては、読書習慣、体験学習やグループでのワークショップ式授業で自分の考えをまとめ討議し発表する訓練を行うとか、いろいろ有効そうな方法が思い付きますし、子供が自ら体験に向き会えるような場を提供することも親に出来る支援の一つでしょう。これから、もう少し資料を読みこんでゆっくりと考えてみます。
皆さん年度末でいろいろ忙しそうですが、私もバタバタとする中、今週、懸案事項に私にとってのベストソリューションで道筋を付けることが出来、ホッとしているところです。
ちょとだけ・・・かかせてもらいます。
排除スレ?けっこうですよ~。
さて・・「なんで」そうなっているのでしょうか?
なんで?
あるスレッドで、
私からみれば、悪意バリバリで「完全」無視の人がいるので・・・雰囲気最悪~になるし・・1人、出ることにした。
私や、一部の人には、それは、「不快」で「不毛」だし。
さて、『新スレッドの、目的はなに?』
たった1つでしょ。
■私と、その人が、同じスレッドに、存在しないようにするため。■
これが、目的で、出たわけです。それは、相手も「認識」しているハズ。
当然、皆さんも、「認識」している。
その目的を、認識してるから、普通は来ない。それに、そっちが本流だからね~。
で、新しいスレッドに、その人が「こない」なら・・・来ないことを、確信してるなら・・・そんな条件必要ですか?
必要ないですよね。無条件でもいいし、そんな条件を撤回してもいい。
でも、もともと、わざわざ、もめた人間のそばに来て「無視」するなんて、こちらからすれば「いやがらせ」行為をした人ですから・・・いやがることを「したい」わけで・・・
(本人は、否定しますよ。そりゃ)
だから・・・あやしいんです。確信なんてない・・安心なんてできない。
こっちに来たら・・『目的』の意味がないですからね~。
でも、いまは、「排除スレに行く人間は、人間性に問題がある」らしいので、
この看板があった方が、来ない確率が「ぐっと」あがるようなので・・当然、そのままにしますけど。
絶対こないなら・・・「条件なんていらない」よ。
だいたい、本流のスレで、楽しくやっているのだから・・・・いいのでは~??
ストーカされている人間も、ストーカー規制法で、人の自由に制限つけてはいけないのだろう。
きっと。
ストーカーする人は、きっと、いじめられているんだな。ストーカー規制法で・・
適性様
私からみれば、悪意バリバリで「完全」無視の人がいるので・・・雰囲気最悪~になるし・・1人、出ることにした。
↑
そう、適性様、一人出る事にしたんですよね。
皆さんいらっしゃい~。なんて書いてない。
一人一人が判断してこちらのスレッドに来た、それだけ ですよね。
あの時、適性様がぽっつーんって一人ぽっちになる可能性だってあったわけですよね。
適性様、私が昨日自分自身と適性様に問いかけた事は、返事はいらないですよ。
適性様はきちんと読んで、色々考えて下さってる事、私は理解出来ておりますので。
量的さん、
私も一連の資料をレビューし、正に下記の論点が、本スレで意見を出し合って磨きあげることで私立と公立の垣根無く学習の価値を共有することの出来る重要なポイントだと思いました。(注:心の中に何の垣根も持っていませんが)
また、論点について案を考えて、議論に参加する中で、フィードバックさせて頂きたいと思います。
<【2472818】: 量的さん(2008中教審答申に関わる学びの本題議論1~3)から抜粋>
ここでは、本題の論点として、教育の「内容野受益者への説明性」「教育目表の個別的具体性」の点で3つ考えて見ます。
議論1:教育の考え方と目標に関する説明性の保護者への強化
既に文部科学省が自ら反省点にあげた、1996年の「生きる力」は、字数に限りがあるせいか少し読者にとってイメージがわきにくく、教育現場の先生方や、保護者にリアルに伝わらなかった部分が、今後、理解される必要があり、様々な機会、例えば、入学の時期などに、保護者に対して説明をされるのが望ましいのではないか。
議論2:教育の考え方と目標に関する説明を入れて、「生徒・学生の動機を高めることに資する」べきこと
生徒に対しては、なぜ、学ぶのか、という中で、これらを伝える部分が存在していないが、それを加えた方がよいのではないか。
(理由:まさに、理由なく勉強に入っていることで、スッ~っと学びに入れない人もいるのではないか。なぜ、学ぶのかという動機についてはとても大事)キャリア教育も”動機付け”の文脈で触れるべきなのではないか。
議論3:生徒の「多様」に応える、優先度の具体イメージの提示
この点は、重要な点なので、少し沢山書いて、議論してみたいと思います。
大阪府は昨日が公立高校普通科の入試日だったんです。
子供がおしめの頃からの幼稚園、小学校と一緒のママ友達とランチに行ってきました。
一足先に決まった所もあったけど、これから合格発表の所もあるけれど、とりあえず全員が一区切り。
「お疲れ様ーーーー!」って、昼だからコーラやジュースで乾杯しました。
「赤ちゃんの頃とは、皆、全然別のタイプになったわよね~。まさか、00君が、ほんと、00ちゃんが~!!」ってしみじみ。
しみじみしつつも爆食。
「この後、また家族でディナーよー♪」というつわものもいて(笑)。
楽しかったです。
雨の中、子どもたちとジブリ美術館へ足を運びました。(初めて)
「ナウシカ」に触れて以来四半世紀、これまで様々な作品を拝見しました。それほど大きなエリアではないのにコンテンツに奥行きがあるので「いくら時間があっても足りない」という印象でした。海外から来訪されている若者も多く、ジブリ作品の奥行き深い世界観を海外の若者の表情から再認識させていただいたように思います。娘は、「この場所から出たくない」と申し作画部屋に居座り、ファンタジーの世界でひとりニヤニヤしておりました。恐らく、ニューロンが盛んに分裂しドーパミンが出まくっていたことでしょう。娘や彼らの表情は、一様にその世界観に入り込み思考しているよう私には映りました。単にコンテンツを眺めている付添の大人達とは明らかに違って、自然に集中している様とでも云いますか・・・私にはとても微笑ましく感じられました。あの場の空気はボランタリー(自発的である様、自由意思)で満ちていたように思います。「もののけ姫」の絵コンテは驚くほど緻密で、ジブリでは、ここまで世界観を共有しなければならないのかと絶句しました。場面描写、セリフ、カット割り、時間に至るまで細かく指示されていました。我が身に置き換えると、ビジネスの現場でここまで緻密にイメージを共有し合ったことって記憶にありません。個人的にはもう少し自由度があっても良いかなって感じつつ、子ども以上に魅せられた思いで帰ってまいりました。「これも一つの教育あり方」と勝手に自負した一日でした。




































