在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
適性様
『問題』について、賛成でも、反対でも、部分的に賛成でも『理由をつけて』「自分の意見を表明する」機会がもっと必要な気がします。
単純な、賛成、反対の表明ではあまり、意味がない。それは、あまり、教育的でないというか・・
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すごく良くわかります。
ここの皆さんのおっしゃる事が非常にわかりやすいのはたぶん、『理由の説明』をしっかりして下さるからだと思うのです。
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why:私にはこうありたいという理念があります
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how:だから、こんな手段をとることによって
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what:こんなモノ・コトをつくります
この順で考え、伝えることが、人を動かすポイントである。
という内容です。
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以前シルバースプーン様に教えて貰ったこの法則で言えば。
『HOW』の部分ですね。
適性様
私のレスにコメント頂いたのは初めてだったでしょうか?...。以後宜しくお願いします。といいつつ、いきなりお言葉返すようで恐縮です。「空気」のことについては私も同じようなものあるだろと思って、西洋人の同僚、知り合い等何人もと話して来たんですが、結論は「ない」なんです。そもそもそういう英語の言葉がないんです。atmosphereだと思ったんですが、日本語が出来る英米人達に言わせると違う。atomosphere、訳すと雰囲気なんですが、暗い雰囲気とか、もうちょっと具体的なイメージなんですね。空気を読むはfeel the atmosphereだろというと、あはは、なるほどねといいつつ、それは全然違う、と。そういう概念があるんだったら必ず言葉になってるよ、と。
未だに完全に納得はしてないんですが、2-30人から「ない」と言われると、少なくともあるとはっきり自覚している日本人とは感じ方が違うんだろうなあ、と言うのがtentativeな結論です。
おそらくこの辺が、「公的」なものについての日本と欧米の感覚の違いに繋がるんじゃないかと思ってます。やっぱり欧米はなんでも言葉に出して主張して初めて「私」を超えた「公的」世界が出来る(人数は少なくても)。その上の計り知れない世界と言うのも考えているが、それは神様の世界。日本は(決してネガティブにだけ捉えるわけではないですが)、「なんとなく」「雰囲気で・空気で」というのが実は大事。ひょっとしたら日本的な感覚ではそういうところに神様がいるような(アニミズム!)捉え方なのかもしれませんね。
高校生親様
今日、高校生親様がお薦めの本が届きましたので、読んでみますね。
明日明後日は仕事でバタバタですので、少し時間がかかるかも知れませんが、読み終わったら感想を書かせて頂きますので、よろしくお願いいたします。
高校生親様
ひょっとしたら日本的な感覚ではそういうところに神様がいるような(アニミズム!)捉え方なのかもしれませんね。
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あはは!!!!
ここで、常連の方達は、「地域、時代は、いつもアニミズムってうるさいけど、こういう事か、、」とわかって下さったかも~(笑)。
そうなんです。
外人達の中にいれば、外国で暮らしていると、無宗教に近い、お葬式だけの時に自分の宗教を自覚するような私のようなタイプは、私って???って自己の宗教感と若干向き合う事になる。
そして、私自身が一番しっくりくるのがアニミズムだったんですよ~。
ネイティブアメリカンの方達の自然観は私にはとてもしっくりきますから。
そして、それに強く惹かれたりもして。
確かに、言葉ではないかもしれませんね。
はっきり相手に言いますもんね。
空気読まずに、みんなに迷惑かける人の事を「He is a buster!」てな感じで。
ただ、私は私達は日本人であり、日本語で「空気を読む」という言葉が存在する事に誇りを持たなければいけない。
私はそのように思っております。
ですので、「教育」というものを考えた時、判断様がご自分の子供さんの事を例に出して下さったように、また適性様がおっしゃって下さったように、私達は「現状、日本に住んでいる。私達の子供は日本人で私達親も日本人である」のですね。
ですので、ここを根っこに高校生親様が教えて下さる事をヒントに、「では、日本人である私達は、どのようにすれば良いのか?」を語る事に、より良い発展のヒントがあるように思うのですね。
ここを量的様おっしゃる所の「丁寧な議論」で詰めていく考えていく事がとても大切な事のように思います。
■高校生親さん
こちらこそ、よろしくお願いします。
>未だに完全に納得はしてないんですが、2-30人から「ない」と言われると、
>少なくともあるとはっきり自覚している日本人とは感じ方が違うんだろう
>なあ、と言うのがtentativeな結論です。
そうなんですか・・・
「感じ方」は、違うでしょうね。自己が強いでしょうし。
でも・・(笑)
>西洋人の同僚、知り合い等何人もと話して来たんですが、結論は「ない」なんです。
>そもそもそういう英語の言葉がないんです。
>そういう概念があるんだったら必ず言葉になってるよ、と。
この話で、思い出すのが・・
外人は「かたこり」がない・・・
が、日本に長くいると・・「かたがこる」らしい(笑)
同じ「症状」はあったのに・・・そうは、思っていなかった。
つまり、言語化されると・・・「顕在化する」という部分もあるのでは?と思うのです。
言語化されないものは、顕在化しないのは、当然とも思うのです。
誰とも共有できないのですし。
それが、文化や、思考とも、結びつくのではないかと。
日本と西洋の「空気」の違いについてですが、
文化や民族的な考え方の違いが影響していると思います。
日本の場合、「察する」という意識、文化がありますが、こちらのニュアンスのほうが
地域、時代さんのおっしゃる「空気を読む」に近いのでは?
人との関係を円滑にする方法の一つという意味で。
日本では大部分の人種、言語が同じという特徴があるからこそ
「察する」が成り立ってきたと思います。
共通の部分が大きいため(共通の部分をなるべく多くしてムラ社会を守るため)、
多くを語らず自分を突出させないこと、人と自分との意見の相違を際立たせないことで、
人と人との間の摩擦を防ごうとしてきたと。
一方、西洋では多民族国家であったり、民族の流動が多いため、
共通点が少ない部分を、相手にはっきりと意思を伝えることで補う文化が発達してきたのではないかと。
ただ、日本にも西洋文化が多々入り込み個人主義的な考え方が大きくなり、
地域社会が崩れてきたため、またグローバル化が進んできたこともあり、
方向としては相手に明確に伝え、コミュニケーションする技術が必要になってきているのかもしれません。
日本人は全般的に語学が苦手ですが、これは「察する」文化が主流だったことが
一因ではないかな、と考えています。




































