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私立中学の価値ーゼロ 

【2444410】
スレッド作成者: 適性 (ID:RfnxxivKKcs)
2012年 02月 25日 16:18

内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です

条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。

【2450697】 投稿者: 離陸   (ID:M5eKV8HHXQM)
投稿日時:2012年 02月 29日 23:31

地域、時代さん、
量的さん、


私も仕事を通じて、組織にリーダーは必要だが、チームとしての活動においてはチーム構成員も役どころに応じた積極的な役割を高いレベルで実行することで全体的な底上げになることを見てきました。それを、イニシアティブを発揮するといいます。私は、若者は、教養、知識、人格形成に加える+αの行動特性として、実社会での様々な環境でこのイニシアティブを発揮する能力を会得することも大切だと思っています。

本スレのテーマとしては、それをどう会得するかを考えることが肝の部分です。(=ISSUEということで宜しいでしょうか?)

ブレーンストーミング的に少し考えてみました。次のような機会が有効なのかなと思いました


● 一人旅、留学、配置転換、または学生の部活や社会奉仕活動が成長の機会として考えられてきたように、新しい環境への挑戦

● 自分の得意な分野で夢や目的を持って切磋琢磨して、才能を開花させる

● 様々な経験の中で課題や問題点に真摯に向かい合い深く考え抜き、それらを一つ一つ乗り越える経験を積む


イニシアティブは、経験と意識によって培うことの出来る後天的能力で、日常の平凡な機会の中でも「意識」をすることで鍛えることが出来る、と考えます。
何を「意識」するか? それは、「挑戦の気持ち」「夢、目的に向かって課題や問題点を見出し、自分で考え抜き前に進む意識」(=自分でストーリを思い描いて、そのとおり歩む行動)でしょうか。、
対象を分解して考えて重要度の高い課題を見つけ、目的に近づくストーリを思い描く思考と、真剣に考えて課題を克服するステップの積み重ねの行動(=着眼大局 着手小局)が、少しずつ、かような能力を育むのでしょう。


イニシアティブ(initiative):

自発力、独創力
率先、先制
主導権、先導力
発案権


<地域、時代さん投稿から>
また、リーダーもリーダーのキャラがあり。
サブリーダーにもサブリーダーのキャラがある。
これが上手に組み合わさった時、その集団は調和する。
そのように考えております。


<量的さん投稿から>
地域時代さんの、このリーダー湿布に関わる表現はわたしのものとは違いますが、(cf.【2449436】)
この辺の空気感、構成員とリーダーの目線の近さと、だからといって役割認識は違うという感覚、この当たりが大事なのではないかと思い始めています。

【2450743】 投稿者: 通りすがりの企業人   (ID:MdNwBPBbPoE)
投稿日時:2012年 03月 01日 00:05

ピースさま はじめまして。
公立一貫さま お呼びいただきましてありがとうございます。

私は小柄ですし、10度は触れるけれど使い物になりません。
もし、10度楽に届いたら、間違いなく音大に進んでいたと思います。

そうしたら、世界中の都市を渡り歩き、ホテルからホテル、ホールからホール、という生活を送っていた可能性も0.1%くらいありますが、上野公園でブルーシートや段ボールにくるまりながら、藝大の先生に向かって、あの下手糞が、とか毒ついていた可能性のほうがはるかに大きいので、まあ、よかったのかも知れません。

ただ、ラフマニノフですと、2番コンチェルトの冒頭をバラさずに鳴らされると、それだけで、ヤラレタという気になります。
でも、シューマンでも、リストでも、ありとあらゆるゴマカシのテクニックを駆使して、どんどん弾いています。

我が師は、いたく同情してくれて、私も手が小さくてずっと苦労しているから、といつも言ってくれます。しかし、師は、10度を上からつかみ、そのまま高速の10度の音階を軽々弾けます(たぶん手を開くと26~7センチ)。それで、小さい、というのが、男性ピアニストのグローバルスタンダードなんですよね。

今週末からアメリカ、帰ってきてすぐに、前にちょっとお話しした、ドビュッシーの映像2集を中心に据えたプログラムを弾きます。もう、どうにでもなれ、という心境です。

愚痴っぽくなってすみませんです。

【2450766】 投稿者: 離陸   (ID:M5eKV8HHXQM)
投稿日時:2012年 03月 01日 00:24

連続投稿、失礼します。

上記【2450697】での、イニシアティブをどう会得するかについての考えは、未だしっくりきません。
ご意見と肉付けをお願いいたします。

お風呂上がりに気付いたのは、

● その対象にとことん打ち込む。没頭する。

ことも必要ということです。
学生は、そんな時間をたくさん取れます。視点さんが言うように、学校の勉強に加えて塾に多くの時間を費やすのは、重複という点で無駄の部分が多い。上手く時間を使い、機会を外に求めて、そこで自分を鍛えることには、意義があります。

先日、投稿したマグリットの「光の帝国」の印象ですが、爽かな昼の青空と、人工の照明の光によって浮かぶ夜の風景が重なる、現実ではあり得ない、現実と非現実の二重写しが魅力との評でしたが、私は、それは夜から昼とへの遷移状態に見れる一時的な風景=現実の移ろいの中の美と解釈しました。この絵の少し後ろの時間には夜の情景が、少し先の時間には昼の情景がある。この絵は夜から昼への遷移状態を捉えたものである。そこには、そう、(先にあげた機会に没頭して打ち込む中で感じる)人の意識の変化(遷移)をも表しているようにも感じました。


風呂上がりの妄想でした。

【2450804】 投稿者: 地域、時代   (ID:mgYwa0hRWeU)
投稿日時:2012年 03月 01日 01:06

皆さん、そのまま、そのままのイメージを固定で、お願いしますよ。
ネットはエエですね~、くっくっくっく。

あの頃は~(は!)。

私のイメージ。↓

視点の親父さんは→勝野洋さん、背の高い前田吟さん
動機様は→沢村一樹さん

【2450808】 投稿者: 地域、時代   (ID:mgYwa0hRWeU)
投稿日時:2012年 03月 01日 01:17

適性様

夕方の適性様の質問に、私、上手く答えられていないような気がしました。

たぶん、適性様は、単純に家の中に家族がいる。
その家族が手を繋いでいる。
みたいなごくごくどこの子供さんでも描くような絵を想像なさったのではないでしょうか?

もうね、、全然違うんですよ。
私、子供が「お母さん、これ。」って我が子が園から持って帰ってきた絵だけを見た時「おお!!さすが我が息子よ~」って思ったんですね。
でも、その後、作品展に行って、落胆。

うちの子が描いたのと、同じように、皆、同じ色合いで同じものを同じように描いているんです。
子供達の絵をそのまま一部屋の壁紙に使っても、違和感ないんじゃない?位の均一性なんですよ。
しかもそれが、ものすごーーく上手に描いてある。

園児が描くには、あまりにも上手過ぎる絵が、クラスごとに同じように描かれているんです。
すごい違和感がありました。

言葉では上手く言えない、、もう、見れば一発だと思います。
他のお母さん達も「なんだか、似たような絵ばかりね」っておっしゃっていました。

【2450813】 投稿者: 量的   (ID:OSUXmG3sukw)
投稿日時:2012年 03月 01日 01:35

学校教育にご興味のアル方に、「学校教育基礎論」(学事出版)をご紹介させていただきます。
教育の問題は、行政の中で議論された経緯があり、その中での言葉の使い方も独特なモノがあります。

この本は、教育行政と教育現場の両方に関わった視点から書かれていて、
国の施策の経緯もうまく整理されています。

-こどもと親の現状と課題 P.26
-学校と教師の現状と課題 P.29
-求められる教育と教育推進上の課題 P.80
-新しい教育指導要領が求めるもの ~生きる力の育成 P.85
-確かな学力、軌範意識、社会生の育成とキャリア教育の充実 P.90
ー教育課題への適切な対応-援助・指導の機能の充実 P.93
-期待される学校と指導mp見直し・改善の視点 P.104
-学校教育の推進上お課題 P.107
(*)

できたら、議論の下敷きにしてしばらく考えてみたいと思っています。
ご興味おありの方はご一読いただいて、さまざまな議論にご参加いただけたらありがたいです。


(*)
他に求められる教師像や、教師を巡る資質・能力の話などもあります。

【2450818】 投稿者: 量的   (ID:OSUXmG3sukw)
投稿日時:2012年 03月 01日 01:48

離陸さん、

リーダーシップをどう表現するかについての雑談なのですが、・・

わたしは、離陸さんが書かれたように、Issueとしての問題をどう捉えるか、そして解決の道筋を自分で
どう捉えるか、そして、その解決に必要な力が自分一人ではなく、様々な部署、あるいは社会の多岐にに亘る場合にどうアプローチして最終的に同地からを結集するか、という戦略プランを立てていくことができれば、「リーダーシップ」ということばを使わなくても、その実質的教育はできて、それこそが、”二十一世紀のリーダシップ教育”なのではないか、そんな気がします。


リーダーシップという言葉使いが、問題を捉える上で、どこか問題の把握を曖昧にしたり、「意識過剰に肩に力が入る」ことを誘発しているようにも思われてなりませんです。


別の言葉で言うと、他者との様々な距離感の中で、その距離感を認識しつつ、他者へのさまざまなアプローチを企画・実施するということ
それは、人種、属性、学歴や学校歴や属性は希薄な、「素の自分の他者との関係性のありよう」を造る力ではないか、とも思います。


・・・話変わって、(雑談の脱線ですみませんが) 最近、高校の現代国語の教科書を十冊くらい買って読みました。「関係論的な」評論がとても増えてきていてとても感銘を受けました。三十年前には無かったことです。これを映してか、センター試験の国語の問題でも、関係論的な話題がとても多いデスね。人間同士の関係性が全体の価値を決めたり、関係性が生み出す結節点が、「個」であるという発想は、旧人類の大人にも、今、下敷きとして求められているように思います。

【2450820】 投稿者: 量的   (ID:OSUXmG3sukw)
投稿日時:2012年 03月 01日 01:57

こどもの絵の話、興味深く拝見しております。美術館で、カンディンスキーとかモンドリアン、とかの美術作品も見ることがありますが、こういうものって、伝統的絵画を見せた後に、バランス良く見せるのは、こころの自由度が増えて、こどもにはとてもよいのではと思うことがあります。

音楽でもそういうことがあって、ベートーベン、ドヴォルザーク、モーツァルトなどの聞きやすいモノからを聞かせたりしていたときに、バルトークやマーラー、ラベルについて、掛けていると、意外にもこどもは、うけいれました。
こどもで、あれこれ実験していたわけですが。(笑) 

マーラーはなぜ大丈夫か聞いたら、音がとてもきらびやかで、不思議で面白いということでした。
(「巨人」など初期の頃聞かせていました。)

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