在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
ただ、私はあの番組を見て
当時の政治家や軍幹部が日本国民総玉砕覚悟ですべてを受け入れていたという事実
そして、その状況にうすうす気づきながらも何もできなかった祖父たちの思いに
初めて近づけた気がしたのだ
>当時の旧制高校から旧帝大卒が、政治家や官僚ばかりというわけではない
そうそう。私の祖父、義祖父のうち3人がそのルートだけど、
金時計も含めて、誰も政治家や官僚にはなっていない。
逆に、貧しくて師範学校卒の祖父のほうが……。
軍部の暴走?と旧制中高を結びつけるのは、さすがに乱暴だと思う。
当時、日本がおかれた状況、世界中でガサゴソしていた環境を考えれば、
暴走とは言い切れないのでは。
暴走と断定してしまうのは、
戦後教育の悪しき成果みたいなものではないかと、思ってしまったりして。
>NHKスペシャル「終戦 なぜ早く決められなかったのか」
私も視たかな?
確かにあの番組だけをみると如何にも軍部の判断がより一層の悪い結果を招いてしまったかのように思えてしまいますが、どうなのでしょうね?
私は、なんとなくアメリカの思惑に乗っかってしまったという説の方に説得力を感じてしまいます。
ソ連の参戦によりアジアにおけるアメリカの覇権が脅かされることを嫌ったアメリカ(トルーマン)がアメリカの手によって戦争を終結させようと仕組んだ結果だったのだという論理の方がしっくりきてしまうのですよ。
だから、日本の中にはアメリカの動きを止めることができる人は一人もいなかったということだと思うのです。
そういった意味では、軍部も政治家もだらしなかったのだと思いますが、そもそも勝てるはずのない戦争だったのですから、おのずと結果は見えていたということなのでしょう。
だって、どう考えたって、原爆を二つも投下したアメリカ、日本の随所に空爆を繰り返したアメリカ、その結果、多くの一般市民の命を奪ったアメリカに戦争責任がないはずがないですよね?
そんなアメリカが正義であるはずがないですよね?
日本人は戦争責任を感じなくていいとは言いませんが、いつまでも卑屈に敗戦国気分でいる必要はないと思っています。
なんか、中受とは全然関係ない話ですね。
でも、ここは何でもありみたいだから、ま、いっかですね 笑
言葉足らずなので少し補足する
戦前の日本の教育機関の一翼を担っていた陸軍や海軍の学校には
貧しい家に育ったものが多く学んでいた
貧しい家のものが才能を開花させるにとても有効な場だったであろう
しかしながら、彼らは旧制中高から旧帝大といったルートで学ぶ者たちと
明らかに違いがあったのだ
それは成育歴に由来する「ノブレスオブリージュ」の精神の有無ともいえる
当時の旧制高校から帝大に上がる者たちは、生まれながらにして背負っているものがあり、
それが勉学への熱意の背景になっている
背負うものは人それぞれだとしても、共通するのは「世のため人の為に為すべきことは何か」の精神だ
為すべき対象は、実家が治める村民であったり、家業であったり、目に見える身近なものの場合が多い
対して陸軍士官学校や海軍兵学校では徹底的にある価値観を植えつけられる
「国のため」
為すべき相手は、目に見える具体的な人たちではなく「国」という抽象的なものとなった
もともと生育段階で高尚な教育的視点を持たなかった貧しいものは
軍の価値判断がその段階ですっかりと刷り込まれてしまうだろう
中には資産家であっても使命感を持って士官学校や兵学校に進学する者もいただろうが
その立場の者は、もともと「人世のための自分の役割」という使命感があってのことだろう
問題なのは前者の片手落ちの価値観を刷り込まれた者たちだ
もし、貧しいものが自力で学べる場が軍の学校だけではなく、一般の大学にもあったら・・・
そして、旧帝大を出ても変な思想にかぶれたまま社会でそれなりの立場でいられるなど結構自由度の高い旧帝大生たちが、
もう少し国家的なレベルでものを考えられるように育っていたら・・・
私は、あの当時の旧制高校や帝大が教養豊かであったのは知っているが、それでもすべてを肯定してはいない。
真のリーダーシップをとれる人間を育てる役目を、戦前の旧帝大は本当に担っていたのか?
そこに疑問を感じているのだ
>真のリーダーシップをとれる人間を育てる役目を、戦前の旧帝大は本当に担っていたのか?
なんだかよくわからないけど、「真のリーダーシップ」ってなんなのでしょうね?
では、結果的に日本が勝利した日清・日露戦争を引き起こした軍人や政治家たちは「真のリーダーシップ」をもっていたのでしょうか?
満州事変が発生した時、日本のリーダー達はどうすれば「真のリーダーシップ」を発揮したと言えたのでしょうか?
それに、あなたの考える「真のリーダーシップ」を私を含めた他の人達が同じように感じるとも思えません。
ということで、私には全然わからないのでこの話に関しては私はこの辺で失礼します。
>もし、貧しいものが自力で学べる場が軍の学校だけではなく、一般の大学にもあったら・・・
狭き門なのでしょうけど、一応、似たようなものがあったようですよ。
今の防衛大みたいなシステムが。
wikiによると…
>師範学校は、卒業後教職に就くことを前提に授業料がかからないのみならず生活も保障されたので、優秀でも貧しい家の子弟への救済策の役割も果たしていた。師範学校→高等師範学校→文理科大学というコースをたどれば、学費無料で中等学校→高等学校→帝国大学というルートに匹敵する教育が受けられたため、経済的な理由で進学を断念せざるをえない優秀な人材を多く吸収した。
このルート方をほんの数人ですが知っていましたが(かなり前に他界)、
同世代の旧帝大出と比べると相当にハングリーでしたね。
とりあえず教育委員会の長になろう!!みたいな。
ただ目的はちゃんとあったみたい。
世の中を変えるための、手段としての権力を欲したよう。
旧制中高族のような洗練されたノブレスオブリージュはなくても、
後に続くもののために自分がやらねば!、くらいのものならあったと思いますよ。
成り上がりと揶揄されるかもしれない人であっても。




































