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私立中学の価値ーゼロ 

【2444410】
スレッド作成者: 適性 (ID:RfnxxivKKcs)
2012年 02月 25日 16:18

内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です

条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。

【2889402】 投稿者: スプリング   (ID:R000.LUE5JA)
投稿日時:2013年 03月 07日 23:38

書いているうちに、適性様の投稿が入っていました。
適性様とは、観点がずれるかもしれませんが、重要だと思いましたので・・・


桃季様  はじめまして。

>実際の入試で本当の意味での思考力が必要な問題などほとんどありません。これは灘、筑駒、開成といった難関校の入試問題でもあてはまります。基礎の積み重ねと、これをもとにした演習のスパイラルな繰り返しで、ほとんどの問題には十分対処できます。通りすがり2さんが思考力と呼んでいるものは、演習の結果蓄積された知識や経験を、問題に応じて適切にひき出すことの出来る力のことであって、何もないところから自力で考えていく、真の意味での思考力とは全く異なります。つまりは訓練の賜物なのです。そこを勘違いしてはいけません。


ここは、とても本質的な論点だと思うので、議論がよくかみあうように、言葉を選んでみたらどうか、と思うのですが。

A 入試(試験)で測れる知力=測定可能な知力。一般に「学力」 
 
B  試験では測ることが困難な知力 →多分、桃季様が「真の思考力」と呼んでいるもの
  たとえば、
    ・「何が本質的な問題か」を捉える知力(問題設定をする力)
    ・俯瞰する力(時的な俯瞰、も含めて)
    ・「正解がない問題」の答えを考え出す力
    など


私は、Bの「真の思考力」とAの「学力」とは無関係だとは、思いません。といいますか、
Bの知力は、Aがあることを前提としているように、思います。
この点では、桃季さんと意見が同じではないかもしれません。

ただ、Bの「真の思考力」を育てるには、入試向けの勉強とは別のアプローチが必要、
と思います。
それは小さいときからの、家庭での生育の仕方(家庭での教育のプロセス)であったり、
学校の授業の中で、優れた教師が行う、未知の問いかけにより、思考するプロセスを促す授業だったり、
あるいはよく考えられた学校行事での体験だったりetcetc

であったりするのでは?と思います。

【2889416】 投稿者: スプリング   (ID:R000.LUE5JA)
投稿日時:2013年 03月 07日 23:51

少し、誤解を招くかもしれない、と思いましたので、補足します。
上で「家庭での教育のプロセス」と書いたのは、いわゆる「早期教育」を意味していません(といいますか、多分それとは真逆です)。
子どもの自発的な探求を促す環境、ということが、正確かもしれません。

【2889461】 投稿者: 桃李   (ID:GFmsXAMsr5g)
投稿日時:2013年 03月 08日 00:30

スプリングさん

>私は、Bの「真の思考力」とAの「学力」とは無関係だとは、思いません。といいますか、
Bの知力は、Aがあることを前提としているように、思います。 <
その通りだと思います。さらにAの「学力』にプラスして若干の観察力も必要になるかと思います。
観察力とは、目の前で起こる様々な事象を漫然と見過ごさないという「習性」のようなものであり、その意味でスプリングさんのおっしゃる「小さいときからの、家庭での生育の仕方(家庭での教育のプロセス)」はとても重要な意味を持つと思います。

【2889476】 投稿者: 桃李   (ID:GFmsXAMsr5g)
投稿日時:2013年 03月 08日 01:04

適正さん

>今後、私学助成について判断する場合は、私学関係者は(関係者であることを理由として)全員除外して、それ以外の人で、判断することは適正だと思われますか?
そういう主張があったとすれば、どういうことでしょうか? <
ご質問の意図が分かりかねますが、文字通りであるとすれば適正ではないと思います。

>この意味の思考力を問う試験とは、「どこで」おこなわれているのでしょうか?
それとも、そんな試験は、存在しないということでしょうか? <
難しい質問です。世界中でいろんな試験が行われているのでしょうが、残念ながら私はそのうちのほんの一部しか知りません。狭い世界で生きていますから。

>つまりは訓練の賜物
とは、基本、「時間」と比例するということでしょうか?
子供の能力として、記憶力、机に向かう我慢力が、ほとんど「全て」であり、「思考力」は不要ということでしょうか?<
冴えない頭脳の持ち主でも、努力とやり方次第で灘・筑駒・開成のみならず東大理IIIでさえも合格することが可能です。現行の入試制度では。
これは私のような頭の悪い人間にとってはとても好都合ですが、日本の将来にとってはどうなのでしょうか。よくわかりません。

【2889511】 投稿者: 通りすがり3   (ID:PbXyRNItB1s)
投稿日時:2013年 03月 08日 05:28

>都立高校の先生方(&中学校の校長・副校長)お話をすると出てくるのは、結局家庭なんです、ということ。彼らは、先生の集団の中でもトップ層なので、自分ができることはされた、すなわち、決して、責任逃れをしてきた方々ではない。その方々が、家庭の意識だ、家庭の環境こそキーだと仰っていることがあります。

都立トップ高校に進学させることが出来る家庭は、すでに環境が整っている家庭ばかりなのですが。それなりの家庭がそれなりの準備をして都立トップ高校に進学させているのだから、責任を持って学問をする環境を与えるべき。
本来、公立高校は、家庭が貧しくとも、家庭環境が最悪だったとしても、向学心がある学生を引き伸ばす役割があったはずなのに、やはり責任逃れ(昨今のように、パイの奪い合いのような下品な表現をする人が出てくると余計にそう思う)のような気がします。
結局、合格したら学校の実績、不合格なら家庭の責任、になってしまうのです。

私学助成金ですが、世の中、普通公立高校だけではありません。
芸術系の高校には私学も沢山あります(桐朋女子音楽部、東京音大附属、武蔵野音大附属・・・)。若者の育成の為に税金を投入することに、個人的には異論はありません。

【2889541】 投稿者: 無常感   (ID:qOBrGslsDm2)
投稿日時:2013年 03月 08日 07:18

私も桃季さんも「受験は暗記学習である」・・この前提があるから、こういうことを、わずか9歳から受験に関わることが良いことなのか?・・そういう疑問を感じるわけですね。

受験は暗記学習・・自明のことですが、受験は思考力も養う・・といった勘違いがある人は、9歳からやるのも悪くない!となり、歯止めが効かなくなります。

我々の受験生時代に、受験は暗記学習!・・と割り切って、一時的に1~2年だけ必死になって取り組んでいたときには、受験と思考力は別物という常識をわざわざ説明する必要など無かったし、5月病から早期に脱出できましたが、

9歳から受験に取り組み、そのまま大人になってしまうと、どうなるんだろう?・・という疑問があります。

親御さんが高学歴者で、自らの受験体験で「受験なんて暗記だよ」と家庭教育でフォロー出来ればいいけど、

間違って「受験は思考力を養うんだ」と子供に無理強いをさせて受験に失敗なんかしちゃうと、子供は「私は思考力が無いんだ・・」とトラウマになりませんかね。

親のエゴが良い方に転べばいいですが、マイナスにならないように、受験は暗記学習・・事実に沿って認識した方がいいです。

【2889544】 投稿者: 適性   (ID:riPUj04CSNw)
投稿日時:2013年 03月 08日 07:29

■桃李さん

返事ありがとうございます。

****************
>今後、私学助成について判断する場合は、私学関係者は(関係者であることを理由として)全員除外して、それ以外の人で、判断することは適正だと思われますか?
そういう主張があったとすれば、どういうことでしょうか? <
ご質問の意図が分かりかねますが、文字通りであるとすれば適正ではないと思います。
*****************

>適正ではないと思います。

ありがとうございます。安心しました(笑)

******************
>この意味の思考力を問う試験とは、「どこで」おこなわれているのでしょうか?
それとも、そんな試験は、存在しないということでしょうか? <
難しい質問です。世界中でいろんな試験が行われているのでしょうが、残念ながら私はそのうちのほんの一部しか知りません。狭い世界で生きていますから。
*****************

無から何かを生み出すような思考力を、確認できる試験は、ほとんどないと思います。
中学受験で、それがないことを、強調する意味が、よく理解できません。

****************
>つまりは訓練の賜物
とは、基本、「時間」と比例するということでしょうか?
子供の能力として、記憶力、机に向かう我慢力が、ほとんど「全て」であり、「思考力」は不要ということでしょうか?<
冴えない頭脳の持ち主でも、努力とやり方次第で灘・筑駒・開成のみならず東大理IIIでさえも合格することが可能です。現行の入試制度では。
これは私のような頭の悪い人間にとってはとても好都合ですが、日本の将来にとってはどうなのでしょうか。よくわかりません。
*****************

桃李さんのような方が、冴えない頭脳とは、とても思えませんが。

>努力とやり方次第で灘・筑駒・開成のみならず東大理IIIでさえも合格することが可能です。現行の入試制度では。

誰であっても、努力とやり方次第で、合格可能ということは、悪くないとも言えます。


量的さんのコメントの一部です。
**************
(**)
その部分というのは、深掘りすれば、そういうものとして、受け止めて、将来の肥やしにするくらいだと思います。実際、第4世代、第5世代になっても、現代の日本の都市の知的社会ではかなり、リセットがかかる。地主層の特権などとは違っているので、こどもは最初から学力に多少ウェートの置かれた同世代の競争に再度入ることになります。その意味では大学受験というのは、本来、高校を卒業できさえすれば、名門校でも、通信教育でも、大学検定でも、比較的容易な基準でだれでも同じ試験受けられるし、参考書・問題週の類は、中世の時代などと違って庶民にとっても比較的安いので、公平性があります。実際、日本は、大学入試もできるだけ塾・予備校のアル部分、付け焼き刃な教育だけでは太刀打ちできない問題を出すように工夫されているので、(ここが生命線)考える力がないと解けないようには工夫されてはいます。・・ただ、一部にパターンで解く力を猛烈につけてしまうと、大学には入るけれど、その後に未知の問題に取り組む力が全くない、歯が立たないとか、協調性を持って冷静に議論できない、いうことになって、不毛な議論がすきな学者(の卵)ができてしまいます。
*****************
どのように考えますか?私は、特に、異論はありませんが。
たぶん、桃李さんの思っている「思考」と「考える力」では、レベルが違うのでしょうけど。

そして「桃李さん言うレベルの思考力」の試験が「ない」ということではありませんか?

社会でそのような人材が必要ということはあるのでしょうけど。


さて・・

これは、以前の医学部の入試?に関する桃李さんのコメントです。興味深いものでした。

**************

再度繰り返しますが、私は強いて必要な資質を挙げよ、と言われれば
1)何事であれ、こつこつとやり続けることが出来る。
2)困難だからといってすぐに投げ出さない、あきらめない。
であると書きました。
私はここで、適正という言葉ではなくあえて資質という言葉を使いましたが、これは上記1)2)が、医学部を志す者なら、中学・高校時代を通してこうした資質(あるいは習慣といったほうがよいのかもしれません)を身に着け、養っておかないと、医学部に入っても医師になってもそのあとが大変ですよ、ということをいいたかったのです。
実際どんな頭のよい人でも、どんなにメンタリティーに優れ、ホスピタリティーあふれる人でも、上記1)2)の習慣がない人は、医師になる前、あるいは医師になってからとても苦労することとなります。

医学部の受験生の中に、ごく少数、ゲームのようにその高偏差値を競い合うものがないとは言いません。
しかし、医学部受験生のほとんど(理IIIや京医でも)は努力に努力を重ねて合格を勝ち取っています。
現役がだめなら、一浪、二浪・三浪もあたりまえの世界です。地方の医学部の多くは現役合格率は30%~40%程度でしょう。
浪人しても決してあきらめずに努力を重ねる、こうした過程で上記1)2)の習慣が形作られていくわけで、彼らの答案はいわばその努力をアピールする集大成のようなものです。
医学部の教官は彼らの数学や物理の答案の中にこうした苦労や努力の痕跡を見ているのです。
つまり、学科試験では数学や物理ができるかどうか(はっきりいってこんなことはどうでもよい)を見るのではなく、受験生の苦労と努力、そしてそれによって習慣づけられた上記1)2)の資質の有無を見ているのです。
学科試験の意義はここにあります。

また、共通一次が始まって数十年、医学部もその入学試験に様々な試み試みを導入しました。
特に面接を重視し、二次試験を面接と小論文のみ(学科を課さない)で選抜するという方法は多くの医学部で試みられました。
しかし、残念ながら、こうした試みが成功したとは言い難い。入学後、ハードな医学部の授業にについていけない物が多くなってしまったのです。
こうしたことから、現在はほとんどの医学部で学科試験を課して重視しており、面接・小論文重視の学校でも、小論文の出題が限りなく学科試験に近いものとなっていると思います。
上記1)2)の習慣が身についているかどうかを見るためには、短時間の面接では全く不十分で、むしろ学科試験のほうがよほど適しているのです。
**************

ここには、思考力については、語られていませんし。

思考力を確認できる可能性がある「面接」も成功していないといいます。

医学でも「桃李さん言うレベルの無から何かを生み出す思考力」が必要なのだと思いますが。
どう考えているのでしょうか?

【2889562】 投稿者: 無常感   (ID:qOBrGslsDm2)
投稿日時:2013年 03月 08日 07:46

私学助成金ですが、

このお金はあくまで、国家(地方公共団体)から、学校法人に交付される補助金なんですね。当事者はあくまで、国家と学校法人です。

私学助成金が削減されて、結果的に学費に転嫁するかどうかは、学校法人と私学保護者の問題ですが、私学助成金自体は私学保護者の問題ではありません。

私学助成金の関係当事者は、国家(地方公共団体)の財政投入という観点で、私学助成金は国民、有権者、納税者の問題です。

私学助成金と、私学保護者は直接的には関係ありません。

これが道理のはずですが、

どういうわけだか、一部の私学保護者は、学校法人ととても一体感があるらしく、私学助成金問題に「私学保護者の顔」で強弁します。

私学大好きは、結構ですけど、

私学助成金は、私学保護者の問題ではなくて、国民の問題です。

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