在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
さくらさま
もちろん、個人的な考えです。
今の日本と同じだけの水準の生活を全世界で行おうとすると、エネルギーが最低でも今の10倍必要になるそうです。
今のエネルギー使用量で、世界に平等に分配すると日本の生活水準(エネルギー換算ですが)が1/10になってしまいます。
是非、日本は、世界の中でも優秀だから、平等なんかにはならないぞという反論があるとありがたいのですが。
戦後の日本は官主導で、強い産業、強い企業を
戦略的に作ってきたのでは。
国民のハングリー精神と、経済成長が高まり、浮かれたというかな気分で
いけいけドンドンとやってきた。
同じじゃないけど、雰囲気としては、ちょっと前の韓国みたいに。
そこへ水をさしたのが、アメリカ。
官主導はすべきじゃないって、内政干渉されたりしたよね。
貿易不均衡だのなんだのも。。
円のレートなんて、不自然なほど、
いつもいつもアメリカに都合のいいようになっている。
日本人は稼いでも、稼いでも、
あちこちの国の国債だのなんだの買わされたり、
返済不要のお助け金みたいの出しちゃって、
真面目に頑張った国民が、いまいち豊かになっていない。
いまだに敗戦を引きずっているように、私には見える。
少子化の原因は、女性の社会進出の話も当然にあるけど、
人口のボリュームゾーンである、
団塊ジュニア世代がちょうど就職難にあたり、
ニートがゴロゴロ状態で、結婚、出産に消極的ってことも大きいのでは。
ここは至急手を打たないと、出産適齢期(いまは40ちょい過ぎても余裕)、
うかうかしていると過ぎちゃいそう。
日本は国が何かやろうと思うと、毎度おなじみのところから横槍入るから、
それぞれが個人(家庭単位?)でなんとか生きていけるように、
力をつけるしかないということを、経験的に本能的に知っている。
だから教育熱心にもなる。
とはいえ、時代に合わせて、教育の方向性は変えたほうがいい場合も
あるようには思うけど。
話変わって、私立大学の助成金がなくなったら、
結果として、受験勉強はより熾烈になるでしょうね。
そしてエリートと非エリートの格差は、より明確になってくるでしょう。
エリートになれるのは、本当に優秀な子供と、
あとは豊かな家に生まれた子供だけ、になってしまいそう。
いまとは比べものにならないレベルで。
それってどーよ、と私なぞは思ってみたりもするのだけど…。
>無常感様家での、
>> スマホ、私は反対したのですが、辛いはずの家内が急に息子よりで・・ 今日、ショップまで運転させられ、あっという間に、二人で申し込んでいました。
>というのを読み、これが世論なのだろうなと思いました。無常感様でも世論には勝てないということでしょうか。崇高な意見はなかなか受入れられないのですよね。 (面白い考え方ですねさん)
そう・・それが私学助成ですよ(笑)
世論というか・・特定関係者ですね・・世論は問題に気づいていないのです。
公教育、公教育、公教育・・定義のあいまいなこの言葉を、
私学関係者は好んで使いますよね。(公費が欲しいからですね)
これって、本来、公立学校で語る話でしょう・・その議論はどこに?・・
>円のレートなんて、不自然なほど、
いつもいつもアメリカに都合のいいようになっている。
アメリカより上になりたいという日本人の考えは昔からありますが、なかなかできないようですね。
それぐらいの大国だということでしょう。
すでに小さいときにそういうことを聞いたことがあります。
それは、政治家より、官僚や経済界の人たちがわかっていたことのようです。
でも、アメリカでは日本人でも仕事ができる人や国に貢献すると、日本ではないようなよい待遇を受けます。
日本は、国土が小さくて資源もなくて先進国にしては食物自給率が低いので、知的財産によって差別化をしようとしてもそれだけではたいへんなのかもしれませんね。
遅ればせながら、安藤忠雄の「仕事学のすすめ」を購入。
一流大学出身の若い所員について
「自分なりの自由な発想力や好奇心、競争心、物事に対する執着心といったものがどこか希薄です。
私が思うに、その理由は彼らが余白の失われた時代に育ったからでしょう。学校でたとえるなら、放課後という自由な余白の時間に自発的に何をしてきたかで、その人の個性というのか、人間性の根幹の知性や感性といったものが決まってくると思うんですよ。その余白の時間がないまま、学校が終わるとすぐ塾に行って、夜10時まで勉強、帰って寝るだけというのでは、生きる力など育まれるわけがない。
我々が子どもの頃は当たり前に放課後の時間がありました。友達と相撲したり、野球をしたいと思えば人数を集めてきたり、淀川に魚を釣りに行こうと思えば釣り竿はどういうものがいいか、えさは何がいいのかと、自分で時間の過ごし方を決め、それが実りあるものとなるように自分の頭で考える。
知性や感性は、子どもの頃に育まれるのです。子どもたちが自分で選択する間もなく塾へ行くことが、将来、自立して人生を歩んでいける人間をつくるのかというと甚だ疑問です。」
生きる力も知性も感性もない、受験マシーンに育てたければ、小学生から大学受験まで塾に放り込めばいい。
それにしても、最後についている、勝間さんの表面をなぞったうすっぺらな解説はひどいね。
この解説を読むだけで、この人の中身のなさがわかる。
医者や企業での仕事なんて女性がしなくても、男性でもできる。
女性がしなくてもいくらでもかえがきく。
女性がならなくても国力に関係ない。
女性しかできない「子供を産む」という代替性のない役割をそっちのけで、社会進出などという幻想に邁進する姿って、偏差値最高峰という幻想目指して邁進する受験秀才とかぶるところがある。




































