在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立高校出身者にノーベル賞受賞者が少ない理由と受験教育の弊害
日本のノーベル賞受賞者の学歴を調べてみると
大学は京都大学東京大学出身の人が多くほぼ全員が国公立大学出身で
高校は公立高校出身の人がほとんどで私立高校出身者は2人だけでした。
その私立高校は灘高校と同志社高校で
野依先生が灘高に通っていた頃はまだ進学校化していなかったそうですし
同志社高校は大学の附属高校で進学校ではない・・・
大学はさておき中高一貫私立出身者にノーベル賞受賞者が少ないのは偶然でしょうか?
自分は中高一貫私立校の受験教育と私立高校中学に入るまでの塾での受験教育に何か問題があると思うんですが皆さんはどう思いますか?
例えば私学や塾の受け身の受験勉強によって
テストの点数や偏差値以外に興味を持たない(学問に対する好奇心がない)人間に育ってしまったり
大学以降の勉強(自分からテーマを見つけて研究するという能動的な学問)ができなくなってしまうというのはよくあることなんでしょうか?
今なら大阪の優秀な子はほとんど全員灘を目指しますが、当時の大阪のステイタスはむしろ附天や附池田でした。
東大寺や灘を目指す少数派もいましたが、なんでわざわざ男子校みたいな偏った学校選ぶ?みたいな偏見もありましたし、親世代も灘=神戸一中の滑り止めのへぼ学校 のイメージ残ってましたしね。
当時も医学部は難関だったのですが、大阪人にとって附天の中高一貫なら現役で医学部合格の一番近道でした。
1学年とても少ないので京大東大の進学数は大したことないですが、京医、阪医、神医、大市医、京府医、奈良医などの現役進学実績は素晴らしいものでした。
在籍人数とはその学校の中1から高3までの(6年分の合わせた)在籍人数のことです。
まさか一学年200人在籍ではないですよ(笑)
大阪鉄緑で一番在籍の多い学校が灘ですが、中1からの生徒は学年10から15人とごくごく少数派です。
はとんどの生徒が部活に忙しくいかないって。
それに駿台や河合は公立高校生が圧倒的に多いんですけど。。。
当時、奈良の中学受験、高校受験のトップ3といえば、附天、奈良女子大附属、東大寺学園でした。附天と奈良女は教育方針の変更で特別な進学校ではなくなりましたが、関西人さんのおっしゃるとおり、当時はそう簡単には入れる学校ではなかったです。山中教授が小学生時代に塾に通ったかどうかは知りませんし、興味もないですが。
>大阪鉄緑で一番在籍の多い学校が灘ですが、中1からの生徒は学年10から15人とごくごく少数派です。
>はとんどの生徒が部活に忙しくいかないって。
鉄緑と研伸館で615人。
これで全校生徒の50%でしょう。
それに駿台等の他の塾を入れたら・・・・。
>当時、奈良の中学受験、高校受験のトップ3といえば、附天、奈良女子大附属、東大寺学園でした。附天と奈良女は教育方針の変更で特別な進学校ではなくなりましたが、関西人さんのおっしゃるとおり、当時はそう簡単には入れる学校ではなかったです。
別スレで、動機さんが引用されてますけど、やはり山中先生は塾なしで入られていたようですね。
「大発見の思考法」文春新書
同書 54ページ 山中先生談
「塾はたった一月でやめているんです。小学校6年生の4月から通い始めたのですが、ゴールデンウィークなのに「塾に行け」と言われたのがすごく嫌で、すぐやめてしまいました。塾に通ったのは、生涯で唯一、その一か月だけです。」
山中さんが塾や予備校に行かず神戸大学医学部に進学との話が出てますが、
前にも書いたように、中高時代の6年間の試験で間違えたのは1問だけ。
並みの頭脳ではなかったという前提があります。
10年ほど前の東大合格者のデータですが、高3時点で約46%が塾・予備校に行っていないとありますから
山中さんのようなお子さんはいると思います。
私が知っている私立中高一貫生の中にも、塾なし授業のみで理Ⅰ、
z会のみで理Ⅲというお子さんがいます。
二人とも部活にも入って趣味、習い事もやり、と盛んに活動していましたから、
バランスよくできるお子さんはいるのだと思います。
いくら山中先生のスーパーマンのような学生時代の過ごし方が理想と言っても、
実際可能なのは、現代でもスーパーマン的なお子さんなんでしょうね。
>中学高校と塾行ってなさそうですね。
>塾なしで国立だと全然お金かかってないですね。
家庭が裕福かどうかは知りませんが、裕福でなかったとしても大丈夫。
それでいいんじゃないんですか?
裕福でなくても大丈夫なんですから。
塾や私学に行っている人なんかにかまわず、視点さん、がんばってください。




































