在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
私立高校出身者にノーベル賞受賞者が少ない理由と受験教育の弊害
日本のノーベル賞受賞者の学歴を調べてみると
大学は京都大学東京大学出身の人が多くほぼ全員が国公立大学出身で
高校は公立高校出身の人がほとんどで私立高校出身者は2人だけでした。
その私立高校は灘高校と同志社高校で
野依先生が灘高に通っていた頃はまだ進学校化していなかったそうですし
同志社高校は大学の附属高校で進学校ではない・・・
大学はさておき中高一貫私立出身者にノーベル賞受賞者が少ないのは偶然でしょうか?
自分は中高一貫私立校の受験教育と私立高校中学に入るまでの塾での受験教育に何か問題があると思うんですが皆さんはどう思いますか?
例えば私学や塾の受け身の受験勉強によって
テストの点数や偏差値以外に興味を持たない(学問に対する好奇心がない)人間に育ってしまったり
大学以降の勉強(自分からテーマを見つけて研究するという能動的な学問)ができなくなってしまうというのはよくあることなんでしょうか?
① 伝統公立最強時代 → カリキュラム最重量級、国際競争力上昇
その反動 → 受験競争過熱、詰め込み教育批判、落ちこぼれ問題、非行、校内暴力・家庭内暴力事件多発
② ①の否定 → 学校群制度、総合選抜制度、ゆとり教育導入、内申重視、推薦入試導入
その反動 → 学力低下、進学実績低下、公立離れ、私立国立中高一貫校台頭
③ ②の結果 → 上位難関大学合格者を私立国立一貫校出身者が寡占、公立学校の空洞化
その弊害 → 中学受験過熱、学力格差・二極化問題、学級崩壊、いじめ問題、国際競争力低下
④ ②③の反省 → 学校群・総合選抜制度撤廃、脱ゆとり、カリキュラム・授業時間増量、公立中高一貫校多数開校
(今ココ)
地域により大きく事情は異なり、ずれ幅も大きいものの、①がだいたい60~80年代、②が70~90年代、③が90~現在までの流れと考えています。
このスレのタイトルは『私立高校出身者にノーベル賞受賞者が少ない理由と受験教育の弊害』ですが、そもそも、受験戦争、偏差値主義と言われた詰め込み教育への批判は古く、「私立高校出身者」を「日本人」に置き換えれば、1970年代からすでに言われてきたことです。
『日本の学校教育は硬直化しており、先生から生徒への一方通行の一斉授業は、効率はよいが、没個性な指示待ち人間を多く生み出し、日本人は欧米の応用、すなわち猿真似は得意だが、オリジナリティに欠け、ために日本人のノーベル賞受賞者も少ないのである。だから、詰め込みをやめ、ゆとり教育を実施し、受験戦争を緩和して、個性を育てる教育にシフトしよう』
というのが当時の主流を占めた教育論でした。
実際には、①の時代に教育を受けた世代の中から、2000年以降ノーベル賞受賞者が次々出てきています。
これから先は、②の時代に公立を回避し、国立私立中高一貫校に流れた優秀層の中からも、ノーベル賞はじめ各賞の受賞者が次々に出てくるでしょう。
どんな時代であっても、ノーベル賞をとるような研究をする人は、指示された勉強を素直にこなすだけのロボットのような人間ではないことだけは確かです。
そして、今の国立私立一貫校の生徒が自分の頭では考えられないロボットばかりかというと、そんなことは決してないのですから。
回る回るよ時代は回る…
いつの世も、人は似たようなことで悩み、似たような批判を繰り返し、流行は片方に寄ったかと思えば、また振り子のように戻っていくもの。
今の脱ゆとり、公立中高一貫校量産は、どんな反動を招き、どこへ向かって収束していくのでしょうか。
>これから先は、②の時代に公立を回避し、国立私立中高一貫校に流れた優秀層の中からも、ノーベル賞はじめ各賞の受賞者が次々に出てくるでしょう。
【2726980】の説明は、受験生の上澄みを集めてきたはずの、理Ⅲや京医卒からノーベル賞が全くでていないことと整合するのだが。
ノーベル賞の山中先生学生時代は「受験最適」とは対極のスーパーマン。
塾にも通わず、受験勉強に専念したのは、高3の夏の大会が終わってから。
>当たり前だけれどな。高3まで部活とか趣味とか。
嘘はいかんよ。
私立進学校は夏の大会に3年エントリーしてないじゃん。
灘も夏の大会で3回戦まで進んだ時は、2年で引退の慣例を破って3年が残ったって書いてたよ。
>ノーベル賞の山中先生学生時代は「受験最適」とは対極のスーパーマン。
塾にも通わず、受験勉強に専念したのは、高3の夏の大会が終わってから。
これはちょっと違うと思います。
以下は山中先生のお母様の話。
ノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥・京都大教授(50)。研究に必要な〈集中力〉は小学校のころから存分に発揮されていたそうだ。少年時代の集中力にまつわる、象徴的なエピソードを母、美奈子さんが明かした。
「親戚が集まると、子どもはみんなマンガ本を広げる。けど息子は一人だけ辞書を読んでましてん。『しんちゃんだけは辞書見てた』と今でも親戚の間では語り草。熱中し始めたら、止まらなくなる感じはありましたね。iPS細胞の研究もそれがよかったのかな。はっはっはぁ」
美奈子さんは、そう言ってガハハと笑う。
山中教授は、大阪教育大付属天王寺中学・高校では柔道部に所属しながら、限られた時間をうまく使って「文武両道」の生活を送った。美奈子さんが言う。
「部活が終わって夜遅くに家に帰ってくる。そして、今度は勉強。私の口癖は『はよう、寝え~』でしたわ。それでも、電気つけたまま夜食も食べずに、よう勉強してましたよ」
もともと賢くて集中力のあるお子さんだったのが、中高時代は部活と両立しながら毎日しっかり勉強し続けていたのです。
前にも書きましたが、中高の試験で間違えたのは1問だけ。
日々の勉強の質が高く、変わらず積み重ねていったから結果を出せたのであって
急に高3になってから勉強し始めたわけではないということです。
先にも書いたように、勉強しない子が圧倒的に多い今の子どもたちに、
「山中先生は高3から受験勉強をした。」という「一部分」だけを伝えることは危険だと思います。
もともとの条件(素質、能力、家庭環境)が違うということ、勉強の質・量をしっかり確保、継続しながら
中高時代を過ごしたことも同時に伝えないと。




































