女子美の中高大連携授業
私立高校出身者にノーベル賞受賞者が少ない理由と受験教育の弊害
日本のノーベル賞受賞者の学歴を調べてみると
大学は京都大学東京大学出身の人が多くほぼ全員が国公立大学出身で
高校は公立高校出身の人がほとんどで私立高校出身者は2人だけでした。
その私立高校は灘高校と同志社高校で
野依先生が灘高に通っていた頃はまだ進学校化していなかったそうですし
同志社高校は大学の附属高校で進学校ではない・・・
大学はさておき中高一貫私立出身者にノーベル賞受賞者が少ないのは偶然でしょうか?
自分は中高一貫私立校の受験教育と私立高校中学に入るまでの塾での受験教育に何か問題があると思うんですが皆さんはどう思いますか?
例えば私学や塾の受け身の受験勉強によって
テストの点数や偏差値以外に興味を持たない(学問に対する好奇心がない)人間に育ってしまったり
大学以降の勉強(自分からテーマを見つけて研究するという能動的な学問)ができなくなってしまうというのはよくあることなんでしょうか?
受験秀才=非天才・非秀才です。
でも、自分は天才、秀才だからエライと思いこんでいる受験秀才は多い。
母校自慢の私学関係者はみんなそうでしょう。
受験私学の出身なんてちっとも自慢できることではない。
単なる受験に有利なバイパスコースであって、むしろ恥じるべきです。
受験私学の名門校なんて、名門校の価値はありません。
公立高校出身で、
「京大医学部に行く」
と豪語しながら、結局、6浪してやっと、東京医科歯科大学の保健学科…
あのような人においては、公立も私立もないような…日本の恥さらしであることには間違いないですが…
>受験秀才=非天才・非秀才です。
>でも、自分は天才、秀才だからエライと思いこんでいる受験秀才は多い。
>母校自慢の私学関係者はみんなそうでしょう。
>受験私学の出身なんてちっとも自慢できることではない。
>単なる受験に有利なバイパスコースであって、むしろ恥じるべきです。
>受験私学の名門校なんて、名門校の価値はありません。
まさに本質をとらえた的確な指摘ですね。
おっしゃる通りです。
今朝の日経新聞に
「現状を疑わず、安易に正解を求める」
「受け身姿勢で、どんな問題も正解があると思い込む」
そんな若者は入試が生み出したともいえる。
と指摘されてますね。
「天才」が何を意味するのかわかりませんが、社会に必要なのは、危うくても新たな付加価値を生み出す能力。
つまり、今までなかったものを生み出す能力なのですね。
そういう能力は、子供の時から、自ら答えのない問題に興味を持ち、自分の頭で考えてきた人間からしか生まれない。
小学生の時から塾に依存し与えられた問題を解くことに過剰適応してきた受験秀才からは、天才はもちろん、新しいことは生まれません。
京大の松本学長は、学力試験に加え、高校での活動を含めた総合判定入試を4年後に導入すると表明したそうですが、これは大学側の危機感の表れです。
小学生から塾通い。塾に与えられる答えのある問題を解くことに過剰適応し、自らは何も考えられない受験秀才の府では、どうしようもないということです。
東大模試トップ、理Ⅲに入り、会計士試験と司法試験に合格した彼は、全国の受験秀才の頂点にたつような人なのでしょうが、一言でいえば受験マニア。
私には、彼が新しいことを生み出せるとは思えません。
先輩の和田なんたらさんのように、受験界で生きていかれるのでしょうか。




































