女子美の中高大連携授業
私立高校出身者にノーベル賞受賞者が少ない理由と受験教育の弊害
日本のノーベル賞受賞者の学歴を調べてみると
大学は京都大学東京大学出身の人が多くほぼ全員が国公立大学出身で
高校は公立高校出身の人がほとんどで私立高校出身者は2人だけでした。
その私立高校は灘高校と同志社高校で
野依先生が灘高に通っていた頃はまだ進学校化していなかったそうですし
同志社高校は大学の附属高校で進学校ではない・・・
大学はさておき中高一貫私立出身者にノーベル賞受賞者が少ないのは偶然でしょうか?
自分は中高一貫私立校の受験教育と私立高校中学に入るまでの塾での受験教育に何か問題があると思うんですが皆さんはどう思いますか?
例えば私学や塾の受け身の受験勉強によって
テストの点数や偏差値以外に興味を持たない(学問に対する好奇心がない)人間に育ってしまったり
大学以降の勉強(自分からテーマを見つけて研究するという能動的な学問)ができなくなってしまうというのはよくあることなんでしょうか?
>上田泰己さんは「四行教授」ではないです。
動機さんは「四行教授のステータスが高い」と言われているから、もしかしたら上田さんは、東大内では低く見られているとか・・・・。
だとしたら、おかしな組織ですね。
視点様
>もしかしたら上田さんは、東大内では低く見られているとか・・・・
東大でも、評価は発表論文の内容によると私は思います。
上田さんも将来は東大教授になる可能性が高いでしょう。
動機様は「東大理3合格者からノーベル賞は永久に出ないでしょう」と書かれていますが、
視点様は、上田さんが今後ノーベル賞を取る可能性はないと思われますか?
>視点様は、上田さんが今後ノーベル賞を取る可能性はないと思われますか?
視点さんには判断できないでしょう。
個人的見解では、ここまでの業績で上田さんがノーベル賞を取る事は無いと思います。概日リズム研究を発展させましたが、概念的にはそれほどの飛躍ではないからです。
もちろん、才能豊かな方なのでこれからのお仕事でノーベル賞取ることはありえます。
四行教授批判を受けて、四行教授が特任教授を選考する今の大学人事。
>◯◯の〜〜に関する仕事はノーベル賞に値する
というのは分かるが
>才能豊かな人(でもどうでもよろしいが)なので
◯◯はノーベル賞取ることはありえる。
こういう見方・言い方が病んでいる。
「スタチン」開発した遠藤章先生は高脂血症の特効薬としていずれノーベル賞になるんじゃないかな?
東北大学農学部卒、三共製薬で数々の挫折にもめげずに完遂した。
あとはテキサス大学の柳沢正史さんはどうだろうか? この方は筑波大学。高校は中高一貫の武蔵だからこの人も私立中高一貫から理3とはならない。
やっぱり受験秀才はノーベル賞とは無縁じゃないかな。それこそ受験秀才が勉強する動機は「そこに東大理3があるからだから」という受験のチャンピオンとして認められたいという人が多いのだろう。
パブロフの犬というのがあった。 条件反射という現象だが「目の前に受験問題を投げられると飛びつく受験生」というイメージが私学中高一貫生につきまとうのだけど・・・・・・・・・・・。
東大合格後にまだ駿台模試を受ける生徒を出す学校など学校文化としてどうかしている。普通は周りから「へえ~そんな暇なことやってるの。うちの学校が世間から馬鹿にされるからやめなよ」という雰囲気があってしかるべきだ。
エリート校を自認するならそれにふさわしい言動が生徒や親に求められるだろう。
それが伝統校の品格というものだ。
動機が大事だよね様
>「スタチン」開発した遠藤章先生は高脂血症の特効薬としていずれノーベル賞になるんじゃないかな?
微妙だと思います、遠藤さんは今年79歳ですから。
死後受賞はありません。
>条件反射という現象だが「目の前に受験問題を投げられると飛びつく受験生」というイメージが私学中高一貫生につきまとうのだけど
条件反射では、本質を見逃すこともあります。
別スレでの私のレス(どういうわけか削除されました)で、次のようなことを書きました。
私の甥は旧帝大の医学生です。
この大学では、研究医養成のために推薦入学をやっています。
推薦入学者は入学後から通常の学業とともに研究室に属し、研究をしなくてはいけません。
推薦入学者には私学中高一貫出身でかつ駿台全国模試でトップ5やトップ10に入った子がいます。
こういう子は理3を受ければ、合格したでしょう。
理3に行くより、大学入学と同時に研究の道を選んだわけです。
ちなみに、私の甥は一般入試で合格しました。
ところで、動機が大事だよね様は、上田さんのノーベル賞受賞の可能性はないとお考えですか?
再】理三生として過ごした1年
三日前くらいに同じタイトルの記事を書いたのですが、『結局何を言いたいんだ…』と思いすぐ消しました。というわけで、改めて書き直すことにしました。
僕は理三に純粋な憧れがありました。
受験というのは純粋な頭脳戦です。頼れるものは自分の頭のみで、試験場の頭の動かし方だけで全ての勝敗が決するのです。そして実際数学とかでは、努力、頭の回転速度、思考力なんかがしっかりと繁栄されるフェアなゲームです。
このゲームで勝ちたいっていう気持ちが強かったんです。
理三本なんかにはみんなもっともらしいこと書いていますが、ぶっちゃけるとやっぱり理三が一番だからって理由で入っている人が圧倒的多数だと思います。
実際、理三の友人と接していても思うのですが、やはり彼らは頭が良いです。
僕が一緒にテスト勉強したりする友人は模試でも上位にランクインしていましたが、語学の習得も速いし理系科目も申し分無いと言った感じで、普段は冗談でバカにしあっている仲なのに、こういう時は本当に感心せざるをえません。
理二の人とクラスが一緒なのですが、例えば『数学演習』っていう授業があって、まあふつうに数学の問題を解くだけの授業なんですけど、
僕がサクサク爽快に解いているのですが、一方の理二の人の大半は、他人の答案を写すことしか頭にありません(笑)。
同じ東大生でも全然違うんだよなぁ…って思います。
僕はここに入学する前から疑問に思っていたことがあって、『なぜこんなに頭の良い人間が集まっているにも関わらず、東大医学部はライフサイエンスの研究分野であまり話題にならないのか』 ということです(というか、これは結構多くの人が抱いている疑問なのではないでしょうか)。
何でかは僕にはわかりませんが、やっぱり研究というのは純粋な頭脳戦では無いのでしょう。 例えば入試では辞書を見ることは出来ませんが、研究では何を見ても構いません。 それを考えれば、新研究を隅から隅まで暗記できる能力というのはそれほど意味が無い能力なのかもしれません(別に僕は新研究なんか暗記してないけど)。 こういう所と何か関係があるのかもしれませんね。
実際、先輩とかを見ていても、在学中もテスト前に慌てて勉強して、ごく普通に臨床医になっていく人たちが大半です。 そしてそこそこお金を稼いでそこそこ幸せな日々を送ります。 風邪や捻挫や花粉症のおじいちゃんやおばあちゃんの相手をする日々です。
勿論、そもそも医者という職業自体が、高給で、失業するの可能性も限りなく0に近く、そもそも医者になるということ自体が相当安全で良いルートであることは間違いありません。
しかし、リスクを取って理三に挑戦した過去の自分と比べると、今の自分は何とも小さな存在だなぁと思うのです。
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これどこの出身者が書いたか知らないけれど・・・・・・なるほどねと思わせる文章ですね。さらに続きを読みたい方は某巨大掲示板に行ってみてください。ただし真偽のほどは分からないし・・・・・・・・なりすましかもしれません。
私の知り合いで9浪で京大医学部・・・・現在耳鼻科開業医。
7浪で某国立大学医学部・・・・・・・現在行方不明(グーグル検索で名前上がらず)という二人がいます。東大理3に魅せられて大事な青春時代をほとんど浪人生活に捧げてしまいました。
彼らが現在どう考えているか分かりませんが「そこに理3があるからだ」という目的に囚われるとこういう・・・・・・・悲劇? 喜劇?も産むということです。
上田さんの業績はマスコミぐらいでしか知りません。才能豊かなナイスガイとお見受けしました。久留米付設高校入試で入ってますね。中学受験の塾通いはしていないんじゃないですか・・・・・・・・福岡の公立中で部活かなりやった人では?
視点理論で部活大事というのは当たっています。健全な精神は健全な肉体に宿るというのはその通りです。もっとも私はぼ~っとして空や川の流れ、寄っては返す海など眺める無為な時間や自然に分け入る時が必要だと思いますが。
忙しすぎて自らを顧みる時間がない生活は・・・・・・・長い人生では結局ペイしないと考えています。 急がば回れです。




































