女子美の中高大連携授業
私立高校出身者にノーベル賞受賞者が少ない理由と受験教育の弊害
日本のノーベル賞受賞者の学歴を調べてみると
大学は京都大学東京大学出身の人が多くほぼ全員が国公立大学出身で
高校は公立高校出身の人がほとんどで私立高校出身者は2人だけでした。
その私立高校は灘高校と同志社高校で
野依先生が灘高に通っていた頃はまだ進学校化していなかったそうですし
同志社高校は大学の附属高校で進学校ではない・・・
大学はさておき中高一貫私立出身者にノーベル賞受賞者が少ないのは偶然でしょうか?
自分は中高一貫私立校の受験教育と私立高校中学に入るまでの塾での受験教育に何か問題があると思うんですが皆さんはどう思いますか?
例えば私学や塾の受け身の受験勉強によって
テストの点数や偏差値以外に興味を持たない(学問に対する好奇心がない)人間に育ってしまったり
大学以降の勉強(自分からテーマを見つけて研究するという能動的な学問)ができなくなってしまうというのはよくあることなんでしょうか?
スポーツだと、土日は遠征、1年に休みが数日しかなくても、インターハイや甲子園に出場できない学生がほとんど。
でも、勉強だと、たいして受験勉強しなくても理Ⅲでも京医でも受かるらしい(笑)。
何のために中学合格と同時に鉄緑に殺到するのか不思議。
行方不明になっていた本が出てきました。
「こんな勉強ばかりしていると意気地のない人格になる。
実社会で鈍くなる」といった内容の投書が、
大正6年の地方紙に掲載されていたとあります。
中学受験の勉強ががたいへんで。
旧制中学入試問題集(武藤康史著 ちくま文庫)
その後、準備が必要ない「メンタルテスト」なるものが
導入されたようなのですが、
やってみたけど生徒のレベルが落ちたということで、早々に元に戻ったとか。
いつの時代も、いろいろな意見があり、試行錯誤しているのですね。
ちなみに明治、大正時代を含めた戦前のテスト、
超ーーー難しいです。国語と社会が。
12歳にして、国家を語れないとお呼びじゃないって感じです。
算数はつるかめ算や旅人算、ひと通りでてるようです。
昔の12歳は、すごかったんだな、、、みたいな。
つるとかめが、あわせて9匹います。
足の本数は、あわせて26本です。
つるとかめは、何匹ずついるでしょう。
単なる連立方程式なんだけど、
「つるかめ算」は、9匹全部がつるだとして、
足の数は、2本×9匹=18本。
かめとつるの足の本数の差は2本だから、
かめは (26-18)/2=4匹、つるは9-4=5匹
こんな風に、
一次関数の直線を追っかけるような
イメージですね。
で・・こんな計算の仕方、
社会人になってやりますか?
やらないですよね。
>12歳にして、国家を語れないとお呼びじゃないって感じです。
これが、いまの教育の致命的なところだと思うのですね。
12歳どころか、大人・・東大、京大レベルの高学歴者であっても、
自分や子供の学歴、趣味ばかりで、国家や社会を語れない人もいます。
受験に出ないものだから、国家、社会の仕組み自体を理解していないのですね。
9歳からという、子供の大事な時期に、
「つるかめ算」とか算数ばかりやってると、悪い影響があると思います。
小学生は、もっと、世のなかのことについて、いろいろなことに関心を
もった方がよろしいのではないか・・
小学校の友達は縁がないけど、塾友達は一生仲間・・
これではなかなか、社会の一員だという自覚は生まれないと思います。
遺伝さん>>12歳にして、国家を語れないとお呼びじゃないって感じです。
無常感さん>これが、いまの教育の致命的なところだと思うのですね。
”いま” というのは、現代の今のことでしょうか。それとも明治大正から含めて今のことでしょうか。
私たちが生まれる以前からの今だとすると、自分の教育環境も含みますよね。
遺伝さんが書かれた 「12歳にして国家を語れないとおよびじゃない」というのは、「明治、大正時代を含めた戦前のテスト」文の流れから、たぶん旧制中学入試で、旧成中学を受ける人は12歳にして国家を語れないとおよびじゃない。という感じだと仰っていると思います。
ということを前提に無常感さんの文を読むと
無常感さん>9歳からという、子供の大事な時期に、
無常感さん>「つるかめ算」とか算数ばかりやってると、悪い影響があると思います。
無常感さん>小学生は、もっと、世のなかのことについて、いろいろなことに関心を
無常感さん>もった方がよろしいのではないか・・
で、”今”の受験勉強は、鶴亀算という算数ばかりやっているから国語や社会をもっと強化すべき とも読めますよね。
でも、そんなことを言いたかったわけじゃないですよね。 たぶん、与えられた勉強だけをしていると
ダメ”なんじゃないか?”という感想を書かれたわけですよね。
まあ、受験勉強していてもしてなくても、社会に関心のある子は関心をもっています。関心のない子は関心をもたない。それが現実でしょう。与えられた勉強だけをやればよいと思っている人なんて、世にいるのか??そういう人は受験勉強をやっている人の中でも極めて少数だと思います。
本を読むことを推奨されている方も多いですが、そういう方自信も、ここの文全体を読むわけではなく、流し読みで自分の都合のよいところだけをひっぱってきて語るから話が混乱しています。
なによりも、知らないことを印象や中途半端な知識だけで語っているからこうなってしまうんではないかと思いますよ。 まあ、これは私も含めてかもしれませんが。




































