女子美の中高大連携授業
小学校1年生から塾に通った子と3年生から通った子の合格率の差
小学校1年生から四谷大塚やサピックスに通った子は3年生や4年生から塾に通った子に比べて勉強はできるのでしょうか?
さらに都内トップ校の合格率はどちらの子供のほうが上なのでしょうか?
塾に聞いてももちろん営業トークで1年生から通った方の方が合格率がいいと言いますが、本当のところはどうなのでしょうか?
ご存じの方いらっしゃいましたらご教示ください。
資質の開花 さんに怒られているような気がするのは、クリスマスで少々飲みすぎでいるせいでしょうか?
> 学習の習慣を、家庭で身に付けさせるか、外部機関に頼むかはその家庭それぞれの考えだと思いますよ。
> だいいち、あなたも高学年になったら塾頼みになるじゃないですか?
> そもそも、低学年の塾はダメで高学年の塾はOKとする考えがよくわかりませんけど。
> 低学年と高学年の境は?4年はダメで5年はOK?4年と5年の違いは?
> もう少々理論的にご発言なさってください。
低学年の塾がダメだなんて、1度も言ったつもりはないのですが…。
-------------------------------------------------------
結果的にどうしたいの? さん
-------------------------------------------------------
> 教えてもらう喜びしか知らないで育ってきた子供はいずれ必ず行き詰まります。
激しく同意です。
社会に出てから使い物にならないのが、教えられないと動けない人ですもんね。
親の育て方でも動けない人間になりますから、
親も何でもかんでも教え込まないことが大切なのかもしれませんね。
> ・・・こんなことが子供の楽しみだと思っていること自体、非常に
> 貧しい子供時代ですよ。
> 親自身に豊かな子供時代がなかったことが、このやりとりの噛みあわない
> 一番の原因かもしれませんね。
低学年通塾父親2さんは、庶民ではないのかも。
私たち親世代を小さい頃から塾に通わせることができた家って、そうはなかったと思います。
親が官僚ですとか、大きな商売をされているですとか、教育者ですとか、
そういうある種の人々は、小さな子供のうちから寺子屋のような塾で学ぶことが昔からあったようです。
塾でなくても、家庭教師をつけるですとか…。
>確かに、最終的に、大学の時点で早慶止まりでいいってのなら別に低学年から勉強させる必要などないかもしれませんね。
こんな発言もおそらくエリート意識からでしょう。
ご実家では他の選択肢を与えられなかったのでしょうね。
でもこういうことを公に発言するのは、品位に欠けると思います。
(上流階級同士だったら大丈夫なのかな、庶民なので分かりませんが)
(以下引用)
(前略)
7歳と5歳の子どもがいますが、「お受験」なんてとんでもない。近所の公立に通わせます。最近は就職活動で大学名を問わない企業も多いし、ブランド志向は無意味です。子どもを塾や習い事に熱心に通わせる親もいますが、子どもが自分から何かを好きになる機会を逸してしまう。それこそ無駄な投資だと思いますね(「マイバランス」石田衣良)。(引用終わり)
私自身は上記が基本だと思います。
もちろん、我が家だって長男は小さい頃から公文をさせ、また中学受験させました。そうした経験を通して色々反省することも多く、それを踏まえてそろそろ次男の中学受験をどうするかを判断する時期に来ている。ウチは一応4年生1年間塾に通わせて、1年たったところで本人が嫌がったり、適性がないと親が感じたら5年になるところで止めるつもりです。
親としてはさ、色々な塾に通わせることで子どもの可能性を探る機会を与えていると思っているのだけれど、実は石田さんがおっしゃっているように「子どもが自分から何かを好きになる機会を逸している」のかもしれません。私はかつて(長男を色々なところに通わせているときに)、子育てとはトランプの神経衰弱のようなものだと思ったことがあります。裏返っていないそれぞれのカードは「子どもの才能」。親の役目は、それを1枚1枚めくっていってやることではないかと思っていた時期がある。でも、本当に子どもに何らかの才能があったら、適当な時期に、自分からめくれてくるのかもしれない。ところが自分が子どもにしていることは、それを親が無理にめくり取っていることではないのか。そのように自分の行為を常に反省しつづけること。長男の中学受験から学んだ最も大きな教訓はそれでした。
子どもなんてしつけさえキチンとしておけば、あとは伸び伸びと自由に育っていくのを見ているのが一番。本来そうあるべき。でもね・・・・と一歩も二歩も引きながら塾やら、お稽古事やら、受験やらに向かわせるのが親として取るべきスタンスではないかなぁ。
もう1つ思ったのは、ある場(たとえば塾や塾通いの途中)にいる子どもたちが笑顔だから、その「場」を子どもが心から楽しんでいるとは限らないということ。子どもは遊びの天才だから、どんな極限状況でも友達同士で「楽しく」遊ぶわけですね(極論すれば、極貧といわれている諸国の街角で遊んでいる子どもを見て、その状況が正しいとは思えないわけです)。長男は受験塾に結構楽しんで通っているように見えましたが、中学に入学して2年くらいたったころかな、「あんな辛いことはなかった」と言っているのを聞き、私は長男のその時の気持ちを当時汲んでやれなかったことを大いに反省したものです。もちろん、心の底から楽しんで塾に行っていた子もいたでしょう。でもウチの子は違った。次男に関しては、多分僕ら親には見せるであろう笑顔の目の奥をきちんと見つめてやりたいと考えております。
長男と次男の年齢が離れていることもあり、かなり昔から教育関係の本やらインターネットの情報やらを読んで考え、また色々実践してきました。かれこれ10年近くになるでしょうか。
教育なんてどれが正解かなんてことは誰にもわからないので、教育に対する考え方や自分の経験を開陳し合うのは大いに結構だと思うのですが、私の印象では、こうした掲示板に熱心に書き込む人ほど自分の意見に固執する傾向がある。自分または自分の子どもの成功体験が唯一正しいと思い込んでしまう。そして、自分と異なる意見や反対意見が出ると、「こういう(自分の例)があるのをあなたはご存知ない。あなたは視野が狭い」というアプローチで他人を一見建設的に批判する。他人の成功体験に対しては「あなたは自分を自慢している」と「分析」する。実は他人の意見に謙虚に耳を傾けていない視野狭窄賞という意味ではどちらも五十歩百歩なのに。
そういう固定的な考え方、自己顕示欲の発露の傾向自体が子育てを誤っちゃうのではないでしょうかね。このトピがあることは前から知っていましたが、昨日ちょっと時間があっていくつか拝読させていただきながら、(当然自戒も含めて)感じた次第です。
もっと肩を抜きましょうよ、お互いに。
小2の母 さんへ:
-------------------------------------------------------
> 私も正直、中学受験は念頭にあります。
> というのも、主人も私も大学以外は公立でしたので、公立でいいんじゃない・・と思っていたのですが、今の地域が全国平均を大きく下回る恐ろしくレベルの低い地域なんです。
> 中学受験する人数も学年で10数名と・・聞きます。
> (周りに受験する子供さんが多い地域の方が羨ましいです)
> 勉強熱心なお母さんも本当に少ないですし、宿題すらまともにしていかない子供たちも少なくないようです。
私も近くの地域かもしれません。(関西ですよね)
うちの校区は、中学受験する人数は学年で10名程度らしいです。
市の学力が全国平均を大きく下回っているのに、うちの校区はその市の平均よりもだいぶ下でした。
近所に公文の教室はありますが、公文に行っているご家庭はまだ教育熱心なほうです。4年生の時点で、公文以外の塾に行っているお子さんは、クラスに4、5人ってところ。
そんな中で、わが息子は4年生途中からの入塾です。私の時代は5年生から塾に行っても十分というイメージがあったので(実際、私の弟はさらに遅れた5年生途中から通塾して有名私立中に行きました。このあたりが、親世代は小さい頃から小規模塾に行くのが普通だったとおっしゃる低学年通塾親父様と大きく認識の違っていたところです)、5年生からでいいと思っていたのですが、他地域の友人に、今は4年生から塾に行くのが普通なのよ、と教えられて、あわてて通塾をはじめた次第です(汗)
それまでの家庭学習では「知の翼」をやっていましたので、勉強の楽しさには親しんでいたと思います。
> なので、勉強をする雰囲気が全くないなかで、いきなり高学年から、頭ごなしに「塾に行って、受験しなさい!!」といったところで、息子も到底理解できないでしょうし、
それは大丈夫でしたよ。逆に、勉強する雰囲気が全くない環境なので、息子自身が危機感を持ったようです。
(この環境では一流大学に行けない、というような危機感ではなくて、学年が進むにつれ、勉強が好きで得意な自分は周囲からだんだん浮き上がってきてしまっている、ということへの危機感です。勉強が好きで得意な子が集まる学校があるんだよと教えてやったら、そういうところに行きたいと申しました。)
遅れて入塾したため、最初は塾の成績もふるいませんでしたが、発奮してすぐにみんなに追いつくことができました。
でも、やっぱり4年生の最初から入れてやればよかったなぁとは思います。ですが、それ以前から入れるべきだったとは思っていません。(低学年で入塾した人を非難する意味ではないですよ。我が子に必要だったとは思わない、ということです)
塾のカリキュラムは、新4年生からはじめて全分野を網羅するように組まれていますが、それ以前の学年のカリキュラムは、動機付けや導入という意味合いのものなので、家で「知の翼」をやっているだけでもその目的は達成されていたと思うからです。
それに、通塾のために、文化芸術系の習い事を2つやめることになりました。(時間的なことと、経済的なことも理由です)
楽しんでいたし、達成感も味わってきた習い事ですが、低学年から塾に行っていたら、時間的経済的理由から、この習い事のうちのどちらか一つはできていなかったと思います。
低学年の塾も習い事の一種だと思いますが、私は、それよりも、文化芸術系の習い事をさせて良かったと思っています。でも、これも各ご家庭の判断だと思います。
低学年通塾父親2 さんへ
「のびのび」と「せっかち」このあたりがキーワードのようですね。
聞く耳を持ってらっしゃるということなので、終了組みとしての意見を書かせていただきます。
>塾=のびのびっていう図式が成り立ってはいけないようで
のびのび学習するという意味をどういう風にお考えでしょうか?
「のびのび」は知的能力を高める意味で「楽しい」だけとは違います。
わたしは、子供が興味を持ったことは、子供が納得するまで、深く思考する時間のある余裕のある学習だと思っています。
例えばうちの子の場合、理科物理の電流の問題で、いろいろな回路図を書いて電流の流れる量を調べるものですが、学習を進めるうち、「じゃあ、この場合はどうなるの?」と学習範囲を超えた部分に疑問を持ちました。それは公立中学3年高校1年レベルの内容に踏み込んだもので、それを理解させるには、新たに公式、原理を教えなくてはいけません。
塾で理科の先生に質問すると、「それは受験には必要無いからやらなくていい」という答えが返って来ました。実際高学年になるとどんなに優秀な先生でもそんな時間的余裕はありません。他に質問したい子が山ほどいるのですから、家庭でゆっくり説明している暇もありません。次々と新たな課題が与えられるのですから・・
だからこそ低学年のうちにのびのび学習させてやりたい。もし、お子さんが宿題やプリントで、何の疑問も無く与えられた問いに対してだけ、答える。その答えが○なら良し、という学習スタイルが定着していたら、少しやり方を考えたほうが良いように思います。明らかに高学年で伸びにくい勉強方だからです。もし、うまくいっているなら、高学年ではそれが出来なくなるということを認識してください。
今日は時間が無いので「せっかち」のことはこの次レスします。
高校生の親 さんへ:
> 「のびのび」は知的能力を高める意味で「楽しい」だけとは違います。
> わたしは、子供が興味を持ったことは、子供が納得するまで、深く思考する時間のある余裕のある学習だと
高校生の親さん、何度か書かれていらっしゃいますが、ひとつひとつの投稿に
とても共感しています。私が思っていることをそのまま的確な言葉に表して
くださり、とても説得力があります。
うちのも新4年から塾へと考えていますが、今はひたすらいろいろなことを
考える余裕を持たせたいと思っています。高校生の親さんも電流について例を
あげられていましたが、うちの3年生のも、遊んでいるようで、実ははっと
するようなことを考えているのだなぁと私が思う瞬間があります。1つ1つは
覚えていませんが、例えばヨーヨー(紐の方の)で遊んでいるとき、最初は
何回連続してできるか数を数えながら遊んでいるのですが、そのうちに振り子
のように左右に振ってみる、そのうち紐を短く持って振ってみる、振幅がどう
なるか、そのときの時間がどうなるか、発見したりしている。そのうち、
ヨーヨーをころがしてみる、紐を引っ張るだけでさーっとまきついてくる、
何でそうなるのかなぁと考えている。。。こういう光景を見ていると、単に
塾で与えられたことをやるより、自分の頭で考え、発見し、というずっと高度な
ことをしているように思われるのです。子供って、すごいです。振り子を
教わる前のこの時期、先入観がない分、ひらめきというか、自分で原理を
考えていってしまうというか、そういう広い目で見た学習を低学年のうちは
やらせたいと思ってます(もうそろそろ高学年になりますが…)。
また、先日の新4年生の入室テスト、外部生と内部生とが一緒に受けるもので
したが、外部生を含めた全体の平均点と、内部生のクラス分けから見た内部生
のみの平均点とがあまり差がないように思われました。1年生からある塾です
が、その塾の問題に慣れているはずの内部生と、まったく初めての人が多いで
あろう外部生との差があまりなかった、ということは、低学年から通っている
人には申し訳ないですが、低学年から塾に通っていた子供より外部生の方が
優秀かな?という印象を持ちました(あくまで新4年生時点の話で、この先
はわかりませんが…)。
スレタイに関しては、きっと誰にもまだ分かりませんよね。
大手塾が低学年に目を向け始めたのもここ1〜2年の事ですし。
うちの子は新小4〜でしたが、6年生の頃「5年からで良かった」と言いました。
「そうそう勉強ばっかしてらんないよ」と。要するにおなじ事の繰り返しですし。 中学受験は所詮小学校課程からの出題です。 それをどんなに深く掘り下げても、せいぜい3年(ちゃんとやれば2年)で十分だと、
きっと塾関係者は分かってます。
低学年親の要望と塾側のお金儲けが上手くかみ合って、低学年(の親)が加熱しているのでしょう。
なんだか酷く読みづらい文章になってしまって、すみませんでした。
あと、子供が受験するに当たり、親は1つ違う世界を持ったほうが良いと思います。
仕事でも運動でも美容でも勉強でも。
所詮中学受験、子供や塾の手前のめりこむフリをするのは重要ですが(特に最後の半年)、
どこかで醒めていた方が、結局は子供にも良いと思います。
教育問題に関して最近注目を集めている人たちは概して頭脳的な事柄に加えて
身体的な事柄の大切さを唱えていますね。
養老孟司さんしかり斉藤孝さんしかり。
視覚的な刺激だけに頼りがちな昨今、
触覚、聴覚、触覚、嗅覚、といった自分の身体的感覚を駆使することが元来必要な場面が生きていくうえにはたくさんあるのに、
それがない、もしくは正しく表現できない若者が多いと。
自分の事には関心があっても、自分の身体の周りへの影響がうまくつかめない人も増えていると。
昔から文武両道とか言われますが、
「塾通い」というものは要するに「文」のがわだけの物ですよね。
人から教えられてものを覚えるのは昔からある勉強法で、それについて私はあまり批判はありませんが、
(どこかできっかけが与えられて自分の興味が引き出されると言う事もあるでしょうし、
必要な知識がいずれ入るための頭の中を、あらかじめある程度耕しておくという意味では
それが難しい環境だった場合、塾通いも役立つと思います。)
でももうひとつ例を挙げればドイツのシュタイナー教育にも見られるように、
精神的な発達(受験にはなにより大切です)は知力のみならず体からの刺激や発達とバランスされて
はじめて身につくものだと思っています。
その点で、「お勉強」面だけをクローズアップする塾通いを小さいうちからはまらせるようなことは心配な気がします。
理屈では悪くない事に同意できても、
感覚的にどこかひっかかるのです。
感覚的に抵抗がない親御さんは、やはりご自分の時代がすでに今の傾向の走りにあったからなのだと思います。
私などは2年間日曜日だけ塾に通った時代で、
いまも抵抗を感じながらも中途半端に子どもに塾通いをさせている迷いある世代ですので、
迷いのない若い親御さんのほうがバランスまで考えていらっしゃるのかもしれませんが。
「塾」と言う言葉に確かに何か「窮屈さ」を感じるのは、
何も強制的に勉強させられると言う意味ではなく、
それによって確実に何かを失っているという「勘」のようなものがどうしても払拭できないからだとおもいます。
行っている時間がたとえ1時間だとしても、それによる生活の変化は大きいと思いますので、単に物理的に測れないものだと思います。
それを優先しなければいけない時期もあるでしょう。
でもなるべくそれは短くしたい、というのがやっぱり私自身の本音です。
あるとき、野球の名選手で今子どもたちの指導に当たっている方の講演で
「子どもが何かを学ぶ時は、場所と時間と方法を与えれば自分でやっていく」と言う言葉があったのを思い出します。
「塾」の存在もできればその範疇のものであってほしいと思います。
それによって肝心の「時間」が損なわれないようにと。




































