在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
50才でリストラ時代の中学受験
先日ニュース特集で住宅ローンを払えなくなった人が急増しているという番組があった。
その中で東大卒、外資系金融機関のエリートサラリーマンの事例が取り上げられていた。リーマンショック後リストラにあい再就職後の年収では月15万円のローンが払えずにいるという。
ソニー、パナソニック、半導体企業なんて花形だったけれどこちらでも大リストラ。今や有名企業に入ろうと定年まで勤め続けられる時代ではない。勤め人である以上(役所のぞく)身分保障があるわけではない。
ところで50ちょっと前でリストラされるとどうなるか? まず再就職が難しい。それだけでなく子供が丁度大学生やら高校生の年頃にあたっている。国立大学の授業料年間83万円? 私立文系100万円、私立理系150万円。
妻はパートに出て必死に働いて月20万円。自分は再就職を見つけても年収1000万円にはとうていならない。ハローワークでやっとみつけた駐車場管理の仕事で年収300万円なんてなったら子供は大変だ。
中学受験はサラリーマンではリスクが大きい時代になってきた。不動産や駐車場、自営業で定年がない仕事。あるいは祖父母が資産家でいくらでも援助の期待が出来る家庭でないと・・・・・・・・・・かなり厳しい。
日本経済が好転の見込みがない現在、はるか先の子供が大学生になった時まで視野に入れて中学受験を考えたほうがいい。
ということで・・・・・公立中から頑張って地域のトップ高に入ればそれで十分という・・・・・・中学受験不要論をますます確認した次第。
時代は完全に公立回帰(公立中高一貫を含む)になってきた。
結局これまでの中受層の中でもお金のないご家庭の子が諦めの境地で公立へ行くのですね。
涙ながらの優秀層が増えるだけで公立の組織自体はなんの改革もなく…(棚からぼた餅的な感が…)
本当は御三家クラスの実力がありながら公立がいいから、と前向きなカタチで公立進学を選択できるくらい
いい環境になればいいのですが。あり得ない。
こちらのスレで公立擁護の保護者に関してはよくわかりました。
もう少し柔軟性がほしいです。
子供は私学ですが公立のメリット(お金がかからない等、)に関しては認めています。
ただうちの場合はデメリットがそれを上回るだけなのです。
思った通りにならないとホームで愚痴・・これじゃあ「仲良しクラブ」と揶揄されても、仕方ないかと。
>皆さんの書き込みを見ると・・・・・・・・この親が育てる子供なのだから先生からよく思われないのは当然だと思います。
自分勝手で規則は守らない。先生がクラスに説明する前に「そんなこと知ってるよ」とか「そんなの簡単」とか発言する。
集団でやる行事に水をかける。できない生徒を馬鹿にする。
自分の子供の言うことが絶対正しくて「公立の先生は公務員でいい加減」と親がはなっから思い込んでいるのだから子供が増長するのは当たり前。
どうしたらこのように読めるのか、不思議なのですが・・
罵倒はよくないと思いますが、ここで意見を述べられている方のお子さんが
『「そんなこと知ってるよ」とか「そんなの簡単」とか発言する。集団でやる行事に水をかける。できない生徒を馬鹿にする。』だと、どうして考えるのですか?
中受する子はそうに決まっている、と勝手にレッテル貼ってるだけですよね。
中受けしない子は、そのような言動はないのですか?「中受け」ではライン引けないでしょ?ちゃんと切り分けて考えないと。
『自分の子供の言うことが絶対正しくて「公立の先生は公務員でいい加減」と親がはなっから思い込んでいる』どうして「はなっから」だと思うのですか?
始めはそのように思っていなかったのに、経験したからそう考えるようになったのではありませんか?
前提が「中受するのはおかしい」だから、上記のように中立な目で見ることができないのだと思いますよ。
先にも書きましたが、担任によって考えが違うだけなんですよ。
先生によっても対応が違う、つまり「中学受験は異常でおかしい」なんて絶対的なことではない。
飲酒や喫煙の禁止といった「法」とは、全然性格が異なるものなのですよ。
同じに考えて議論していることに違和感があります。
>「お前たちとは格が違う」と駅員に暴力をふるった東大生がいたそうだが…こんな親に育てられたら・・・・・こういう勘違い男もできるだろう。
たった一つの事例で、高学歴全体の傾向を語るのはどうしてですか?
まるで日本における社会不適合者の比率が、私立中学出身者の方が公立中学出身者より高いかのようなご意見ですが、本当でしょうか?
>人の評価はまずは謙虚に受け止めてみたらいい。生意気な態度をとっていないかとか先生の学歴を子供が馬鹿にしているのではないか?・・・・とか。
邪推でしょう。
「いじめはいじめられる方にも責任がある」という考えに通じているように感じます。
どちらも「相手が悪い」が前提ですよね。(公立の先生は・・と言っている方も同じです)
本当にそうなのか、冷静に考えてみましょうよ。
むしろ、先生の顔色を見て「良い子を演じる」ようになったら嫌ですね。
先生にも好き嫌いはあってもいいのですよ。問題はそれを個人の感情で「通知書」「内申書」にしてしまうこと。
これら評価に恣意性はあってはならないですよね。会社での評価もそう。気に入らないからといって
成果があがっていて、その他でも問題ないのに査定をあげなかったら、上司としての資質に欠けてると思いますよ。
学校の先生も、評価は客観的にしていただきたい。
それができていれば、子供の中身も変わらないのに通知書に書いてあることがたった一年で変わることはないでしょう。
で、本題ですが、「公立」「私立」といった学校で区切ること自体、おかしいと思いますよ。
結局、個人の問題ですから。私立優位の地域でも、公立から東大も可能です。
やはり、いちばんいいのは、地元にいい公立があることがいちばんですよね。
進学塾に行く必要がない私立の中高一貫校だと進学塾に行かなくてもいいかもしれないけど、ではその学校の大学進学実績というと公立高校で進学塾に行っていた子の大学進学実績より高いところばかりではない。
そういうことを考えると、私立の中高一貫校としての受験対策を信用してもいいのかというのが、うちの考え方です。
そして、内申点は、勉強や運動、しっかりした子どもにとって、それは内申でも点数をとれるという希望でもあるのです。
それぞれの能力や資質によって、いろいろな理由で私立か公立を選択するのでしょう。
公立の勉強が簡単だとしてもストレスもなくきちんと授業を受けて、進学塾に行けば高度な勉強もクリアする、学校の授業や部活と進学塾を両立できる、そういう子どもや親にとって私立の中高一貫校に行くことを考える余地はないと言っていいでしょうね。
私学にいかせます。
今回ここでのやりとりを見てて、心底恐ろしくなりました。
学校を休ませて塾にいかせたら、それはよくないですけど、
ほかのいろいろなことは全て無視して時にはなりすましまでして
ボッコボコにたたく。
やられる方がわるい。母がきらわれてるからそうされる。試験の日
以外はすべて「出勤」するのがルールなど、
そのチクった子たちの意地悪さやそれについては全くふれない担任の
不自然さについては全然オッケーという気味のわるさ
たぶん、学校やすむことあるでしょう。で、塾いかせることもあると
思う
そしたら私もそうされるのね・・・ずっとみてて、大津のいじめと
かぶるんだけど。 パパがリストラされても、パートにでて
頑張ります。 でも、公立いくことになっても、ここの
一部のひとたちみたいに意地悪な気持ちにはならないと思う。
今思ったのですが
価値観が「動機が大事」だから、好き嫌いがそのまま評価になることに不自然さを感じないのでは?
動機や志は、確かにあった方がよいですよ。
でもそれ以上に、「与えられた職務を責任感を持って全うする」方が
重要だと「私は」考えます。
例えば動機が「金持ちになる」という医者がいるとして・・・
でも医者になったからには全力で人を助ける。それが自分の社会的責任だから。
とても大切なことだと思います。
一般の職場でもありますよね。
希望していなかった部門に配属になったとしても、責任感さえあれば信頼して任せられます。
当然、先生も同じですよね。
動機や志に重きを置いている人、その場合、思った通りにならなかったとき
しっかり対応してもらえるかどうか、心配です。
でも、価値観は人それぞれだから否定はしません。
一度頭の中を真っ白にしてから違った角度から見てみましょうよ。
>そして、内申点は、勉強や運動、しっかりした子どもにとって、それは内申でも点数をとれるという希望で>もあるのです。
だから公立トップ校でも大学進学実績が下火になるのです。
>公立の勉強が簡単だとしてもストレスもなくきちんと授業を受けて、進学塾に行けば高度な勉強もクリアす>る、学校の授業や部活と進学塾を両立できる、そういう子どもや親にとって私立の中高一貫校に行くことを>考える余地はないと言っていいでしょうね。
うちの子供は勉強が好きではないのでラク出来る公立小が好きでしたよ。
授業も楽しく取り組んでいました。100点取れば大喜び。私もどんなテストでも100点はやはり嬉しいです。
(塾は塾で優秀層と切磋琢磨できる環境は貴重な場でありました。)
それでも私立に進学したのは、やはり首都圏での公立の実績は不安に思いました。
なので良識さんの書かれた事がすべてではありません。
うち以外にも公立小でうまくやってこれた子で私立進学を選択したご家庭は普通にあると思いますが。
内申について書かれている方がいますが、
現在の内申には、とれる、とれない以前に大きな問題があると考えています。
まず、高校受験と結びついていること。
内申が、自分を客観的に評価しさらなる成長を助ける指針・基準というだけならまだいいですが、
その得点が高校受験に影響することで、あと何点取るために評価を上げないといけないというように、
自分の純粋な成長とは視点がずれてしまうことがあります。
それによく言われるように、先生の恣意がどうしても入ります。
次に、子どもそれぞれの自由な成長に万能ではないということ。
例えば、偉人や世界で活躍する人で、今の日本の内申は絶対取れないタイプだと思う人もいます。
これからの時代、世界に通用する人材育成が必須だと思いますが、
それにはもっと多様な評価で、多様な人材を見出すべきと考えます。
うちの子は内申が取れるタイプなので、上記のような懸念からあえて公立は選びませんでした
(地元公立が良くなかったこともありますが)。
一方で、内申も含め公立の教育がいいと思って選ぶ方もいると思います。
それぞれに事情や理由があるのですから、他人の進路選択に口を出すことではないと思います。
それよりも前の方書いていたように、日本の中で公立だ、私立だとやりあっているうちに
海外のもっと優秀な人材が日本の重要ポストに収まっていたり、就職先を占めていたりするかもしれません。
もっと広い視野で教育を見る必要があるのでは。




































