女子美の中高大連携授業
子育て、受験、大学、教育その他の井戸端会議
私学の価値の両スレッドが機能不全に陥っていますので・・・・・のんびり何かを語る井戸端会議の場所を作りました。
体罰問題は「私学の価値ゼロ」で煮詰まったやり取りをしていますのでそちらでお願いします。
たらようさん、公立一貫さんに・・・・最近の鴨たちの様子について
冬鳥は全部そろいました。強風でさざ波が立つ中で元気に追いかけっこしています。川沿いにシラサギとアオサギの来る場所があるのですが・・・・・・周りに鴨も沢山来ますので餌の多い場所なんでしょう。
先日シラサギが小魚を捕まえる瞬間を見ました。早業で剣豪の一閃と言う感じです。
水面すれすれにシラサギのつがい?が飛んでいくのは実に優雅で見とれてしまいます。
そうそう、話題の映画「レ・ミゼラブル」見ました。外国文学は縁遠いので概略しか知りませんでしたが・・・・・泣かせる場面、感動の場面が沢山ありました。
娘(実は預かった子)の恋人が革命戦争の決戦前夜に・・・・・眠っている姿を見ながらジャン・バルジャンが歌うところなど娘を持つ父親ならぐっとくるところです。
そうか?・・・・・公立一貫さん同志社で合唱やってましたよね。釈迦に説法でした。歌も素晴らしいです。もっとも音楽万年2~3の私の耳ですが。ラッセル・クロウがあれだけ歌えるとは知りませんでした。
もしご覧になっていたら感想などお聞かせ下さい。
日本の最優秀層の学生が、国際社会で活躍するに足る英語力を身に付けていない事は、日本企業の国際的競争力にマイナスに働く。
日本はこれから人口が減少し、国内マーケットが縮小していく。
企業は生き残りをかけて国際化を前倒しで進めている。
あの、内需型企業の典型、といわれるイオンでさえ、2020年には採用人数の半分を外国人にする予定だ。
いくら優秀でも実践的英語力がない人材は、リーダーや管理的立場に立てない時代が来る。日本の優秀な人材は外国人上司の下働きになりかねない。
韓国のトップ大学では、英語でのディスカッション形式での授業が普通に行われている。中高の英語教育を抜本的に変え、大学の外国人教員の比率を増やし、大学で専門的な分野で英語で議論するところまで持っていく必要があるだろう。
今の東大入試対策を前提に考える必要は,さらさらない。
TOEFL が入試に導入されれば、受験英語に力をさく必要がなくなる
だけ。
困るのは受験英語で食っている塾と、TOEICさえ点数が取れていない英語教師。
しかし、英語教育の抜本的な改革は,国民とこれからの子供達の利益だ。
本当だ。
なんか、がっかり。
導入は、すべてのこどもたちの未来を拡げることにつながる可能性大だったのに。
中長期的な視点で、平均的な日本人が、労働者階級に止まらずにすむための、
大事な大事な方策の最初の一歩なのに。
これではまた、鼻が利き、教育費をそこそこ出せる親をもった子だけが、、、。
頑張れ、安部さん!!
初めて本気でそう思った。
ああ、すでに腰砕け、ですか。。。。
まあ、そうでしょうね。
前にも書きましたが、質の転換なんていうものではない、ものすごい学習量の増大を要求されますから。
今、地方の国立大学の工学部で、TOEICの平均点(合格後に受験したもの)は、400点台の前半のようです。
TOEFL iBTに換算すると、30点台、でしょうか。
いくらなんでも、うちの大学のTOEFLの足切りは28点とか、なかなか公表しがたいでしょうね。
一方で、高校の英語教師にもっとも必要な能力は何か、それは柔道か空手の黒帯、という、笑えない冗談もあるのです。高校教師の平均的英語力も悲しい限りですが、先生だけを責めても仕方ないところもあるでしょう。
動機さんの言われるように、日本人の何割に本当に英語が必要か、というのを、考えたほうがいいでしょう。
やはり、ある比率を決めて、その人たちだけは、徹底的に、鍛えるしかないです。
公立のトップ校だけでも、徹底した英語教育を指向すると、ずいぶんと変わるように思います。
お金は、かかります。教師も、Nativeならだれでもいいわけではありません。意外に、日本の英会話学校で、知的会話のできないレベルのNativeが教師になっていたりします。
それで、トップを自認する大学だけ、TOEFLを入試に用いたらいいように思います。
次女が受けた英語教育をご紹介しましたが、おかげで、次女は、なんとか、最低限の英語を使えるレベルになりました。しかし、油断は禁物、TOEFLのITP(昔のPBT)で580かなんかで、非常にショックを受けていました。
長女は、ぬるい高校の授業のまま大学生になり、大学でも特に努力せず、勤めてからは英語などやる余裕がなく、まあ、あまり外国に出ずにドメスティックでやっていくんだろうな、と考えています。
動機さまが所属する学会の若い人の英語レベルが上がっているとのこと、うらやましい限りです。
私のまわりの工学系は、そうはいきません。20年前より、明らかにひどくなっています。
20年前は、酷い英語なりに、日本代表のような気概で、真剣に準備して学会にのぞみました。最近は、パワーポイントで一見きれいな図表をすぐにつくれるせいか、酷い英語で準備もしていない、学会をなめたような日本人が増えたように思います。私の分野だけであることを望みます。
遺伝さまが、前に、早期教育のことを書いておられました。私のまわりには、成功例と失敗例があり、効果が見えるほどやるのは、なかなかに難しいのか、と思っております。
私の以前の部下に、高校時代に、AFSで、アメリカの田舎町に1年留学していた人が居ました。彼女、アメリカ人と会話していると、XX州XXあたりで育ったでしょう、と聞かれるのです。その田舎町の訛まで身に着け、誰も彼女が日本生まれとは思わない、完璧な英語を話します。若いけれど、ある研究分野の関係者では日本で知らない人はいないであろう、優秀な研究者です。
こういう成功例もあります。
一方で、帰国子女の中には、英語も日本語も中途半端で、帰国してから、精神的に追い詰められる人も少なくありません。統計値を持っていませんが、危ない状況になる人は、帰国子女以外より、有意に多いように思います。
このあたりは、我々には計り知れぬ苦労もあるんだろうと推測しています。
山田順プライベートブログ
3月28日(その2)
■秋田国際教養大学の大躍進は英語とグローバル教育
ところで、最近、秋田国際教養大学が注目されている。
なんと、東大との偏差値の差が僅差になったからだ。代々木ゼミナールによれば、東大(教養学部)の偏差値69に対し、秋田国際教養大は66である。設立わずか8年でこれだから驚異的だ。
この偏差値上昇の理由は、英語によるグローバル教育の徹底という。秋田国際教養大では、すべての科目を英語で教えるうえ、1年間の海外留学も必須となっている。その結果、1期生から就職率はほぼ100%を維持し、志願者が増え続けたため、ついに東大に肉薄するまでになったという。
その東大は、せっかく打ち出した9月入学をなぜか取りやめようとしている。また、教養学部での英語での授業も始まったが、たった2コースだけ。つい先日、推薦入試を導入すると発表したが、それもなんと3年も先の話である。
東大にかぎらず日本の大学は、教員の研究業績を重視し、人材教育を二の次にしてきた。だから、今後、大きなツケを払うことになると思う。つまり、グローバル人材が育たない、日本人なのにユニクロにも入社できないというツケで、改革に乗り遅れたところから、学生を失うだろう。
■英語レベルが低い早稲田大学国際教養学部
早稲田大学国際教養学部はほとんどの授業を英語でやっている。しかし、学生のレベルは、ICU(国際キリスト教大学)や上智より低いというし、英語力は落ちる。学生確保のために急造したただけの学部ということもあるだろうが、インター卒業生や帰国子女に言わせると、その理由は「教員の英語力が低い。中国人留学生にも馬鹿にされている始末」「SATスコアがICUや上智より低いから仕方ない」ということになる。
SATは「米大学進学適性試験」でアメリカの大学に進学する場合、TOFEL以上に重要だ。ICUや上智なら1600点以上は必要とされるが、早稲田国際は1500点以下でも大丈夫という。SATのスコアが低いということは、当然、TOEFLスコアも低いということになる。また、中国からの留学生も、2番手、3番手の学生ばかりで、もっとも優秀な層はアメリカに行ってしまい、日本には来ない。
TOEFL導入の先にあるのは、英語での授業、グローバル教育の徹底である。ところが、現在の日本の大学に、そんなことができる人材は少ない。そうなると、早稲田の国際教養よりレベルが落ちる大学が続出することになる。
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あんまり高度な英語のお話をしても仕方がないですよね。
アジアですら最下位レベルなんですから。
国際教養大学の成功はやればできるってことだと思いますけど・・
それにしても、早稲田国際教養ってそんなにダメなんですか?
「英語出来たらいいな」という願望はほとんどの人が持っているのですがいざ本気でやるとなると大変です。
「サンデルの白熱教室」に出席して果たしてどれくらいの東大その他の学生が分かっていたか?
1.サンデルの話がほとんど聞き取れない。
2.半分は分かる。
3.90%は聞き取れる。
さて、当日どの程度だったのか? アンケートでも取ってあったのか?さらにサンデルの話を聞いて自分の意見や考えを皆の前で英語で話せる学生はどれくらいいたか?
テレビで見る限りサンデルの話を本当に分かっているのは半数ぐらいしかいなかったようだ。数年後にアメリカ、韓国、中国の学生たち7人ぐらいとのサンデルの討論番組でも日本人で英語を話せたのは帰国子女と思しき女子学生ぐらいだったか。
日本人も英語出来た時代がありました。現代のわれわれより遥かに英語力があった。
ただし英語学習をした人数は一部のエリートのみ。日本の将来を担う者たちしか外国語の勉強などしなかった。
漱石や子規の時代は教科書が英語で教師も英米人が沢山いて数学や物理も英語でやっている。子規は数学は分かっているのだが英語が分からず黒板の前で立ち往生したという。
当時の大学予備門が一学年25人ぐらいだろうか? 札幌農学校が一期生やはり15人ぐらいだったと思う。語学の面接をやって入学者を決めてからも英語が出来ずに中退が何人もでたという。
これくらい徹底して英語をやろうとすると・・・・・やれ「植民地ではない」「日本人はまず国語だ」というお門違いの反発が必ず出てくる。腹をくくって毎年50人の日本人がサンデル白熱教室に参加できるレベルの英語力をつけるようにしてみたらいいと思うのだが。
東大も一年次に「集中英語コース」作って希望者50人ぐらい厳選して徹底的に英語を使える人材作ったらどうだ? 漱石や内村、新渡戸レベルの英語力を出口として品質保証する。留学も義務付ける。必然的にトーフルの点数も取らねばならなくなる。
とっくにやれそうだが? それを阻む勢力が相変わらず英文科などにいるのだろうか?
確か数物天文連携は公用語を英語にしてましたよね? 理系学部の教官が集まってこういうのやってみたらいいのに。カリキュラムの自由度は文部省が握っているんだろうか?
ようやく年度末の締め切りから、解放されました(嬉!)
英語力のお話しですが、私自身「受験英語ではダメ」を身にしみて感じてきたので、今でも自分の課題です。
20ページ位の英文資料は、ほぼ毎日読みますが、スピーキングもリスニングも下手、です。英語耳になれていないのですね。中学高校、いや、小学校の頃から英語の音に慣れていれば、きっとはるかに楽だったのに・・・(泣)。
韓国ですが、複数の韓国企業相手のプロジェクトに後方支援で入ったことがありまして、
1対1の場面では、例のごとく、押せ押せの相手に日本人は受け身になることが多かったのですが、
1対複数のときは、向こう(韓国側)がそれぞれに「俺が俺が」状態で、そのうち自然と日本側が全体を調整してプロジェクトをまとめる役割になっていって、
日本人の「チームにまとめる力」、は、捨てたもんじゃないな、と思ったことがあります。
うん、日本人は今、自信喪失気味だけど、英語力があれば、もっと前に行けるよね、と思ったりしました。
>「英語出来たらいいな」という願望はほとんどの人が持っているのですがいざ本気でやるとなると大変です。
ではどうすればよいのでしょう?
日本人の英語の勉強の質や量を改善するというのもひとつの方法ですが、べつなアプローチもあると思います。
英語の方をもっと簡単にするのです。
英語が国際コミュニケーションの事実上の標準になっているということは、対話相手の言語にかかわらず英語を使えるという利便性がある反面、英語を母国語にしない人びとにとっては、英米人などにくらべて、英語の習得におもい負担がかかるという、アンフェアな面もあります。
そこで、世界の大半をしめる英語を母国語としない人びとが英語を使う必要があるという事実をふまえ、現在の英語を簡素化した English for Global Communicationといったものを国際標準として制定し、ビジネス・学術・文化交流などのコミュニケーションではそれを使用することを国際社会にはたらきかけるのです。
具体的にそのような国際標準英語としては、日本の高校1年生くらいまでに学ぶ英文法と語彙で聞く・話す・読む・書くができれば十分でしょう。日本人のばあいはそれだけをきちんと習得したうえで、自己表現や討論のスキルを身につける訓練をするほうが、たんにネイティブレベルの英語を流暢に話せるようになるために労力をついやすより、国際対話にとってはるかに効果的ではないでしょうか。




































