女子美の中高大連携授業
子育て、受験、大学、教育その他の井戸端会議
私学の価値の両スレッドが機能不全に陥っていますので・・・・・のんびり何かを語る井戸端会議の場所を作りました。
体罰問題は「私学の価値ゼロ」で煮詰まったやり取りをしていますのでそちらでお願いします。
たらようさん、公立一貫さんに・・・・最近の鴨たちの様子について
冬鳥は全部そろいました。強風でさざ波が立つ中で元気に追いかけっこしています。川沿いにシラサギとアオサギの来る場所があるのですが・・・・・・周りに鴨も沢山来ますので餌の多い場所なんでしょう。
先日シラサギが小魚を捕まえる瞬間を見ました。早業で剣豪の一閃と言う感じです。
水面すれすれにシラサギのつがい?が飛んでいくのは実に優雅で見とれてしまいます。
そうそう、話題の映画「レ・ミゼラブル」見ました。外国文学は縁遠いので概略しか知りませんでしたが・・・・・泣かせる場面、感動の場面が沢山ありました。
娘(実は預かった子)の恋人が革命戦争の決戦前夜に・・・・・眠っている姿を見ながらジャン・バルジャンが歌うところなど娘を持つ父親ならぐっとくるところです。
そうか?・・・・・公立一貫さん同志社で合唱やってましたよね。釈迦に説法でした。歌も素晴らしいです。もっとも音楽万年2~3の私の耳ですが。ラッセル・クロウがあれだけ歌えるとは知りませんでした。
もしご覧になっていたら感想などお聞かせ下さい。
〉一般論でいえばアメリカ万歳の英語自慢は中身がない。
そんなのは、アメリカに行っても軽く見られるだけ。
日本人としてアイデンティティをしっかりと作った上で、仕事に必要な英語力を身につけるのは必要だが、1にも2にも大事なのはまずは中身。
うん、それはその通り。
ここではどこにも異論は書いてなかったような、、。
つい読んでたら、また訳分からん、じゃないな単純過ぎて下らん論があったので腹が立って仕方ないね。
なんで医学(しかも臨床)がクローズドじゃ困るのさ。国内での臨床医だろ?日本語で説明できるように
してくれればよい。先にも引用したが【2921834】に筋道立てて書いてあるじゃあないの。
で結局は(「医学での英語教育の必要」って)
>結局、日本人がアメリカで医師をやるためには、高校から、あるいは大学の学部からアメリカにわたり、
そこで最優秀の成績を取得し、アメリカでメディカルスクールにはいり、アメリカ人の配偶者を得てグリ
ーンカードを得る、というのが、ほとんど唯一の道になりそうな気がします。
こういうこと?あほらし。
それでいいでしょうが。何の問題も無い。そういうのが夢だというひとは個人レベルで努力しなさいって
こったな。彼等の個人的キャリア上の願望のために、日本の英語教育を帰る必要なんて全然ないね。
医学はまず日本語で教えてくれ。その方が効率もいいだろう。
専門用語くらいは英語でもドイツ語でもラテン語のままでもいいけどね。そんなのは今でもそうだろ?
二番煎じですんませんが、前野良沢に申し訳が立たんでしょうが。笑(でも、真面目にそうだよな。)
>基礎医学は、なんだかんだ言っても、学会でグローバルに勝負ですから。
個人の勝負は個人で勝手にやってくれ。
この時期のトフル導入が何を意味しているのか?
知っている人は書けないし、個人的な推測もなかなか書きづらいもの。
外から日本を眺めたことがある人と、そうでない人とでは、考えも違って当然。
また現在おかれている環境や、志向する未来によっても異なるでしょう。
どちらかだけが正しい。どちらかだけが間違っているということは決してないのだから、
自分と意見が違う人を、侮辱するのは止めましょう、ね!
>【2922258】 投稿者: 通りすがりの企業人(ID:1kOAz6uljA.)投稿日時:13年 04月 06日 16:05
>もう一度、謝罪ほ断固絶対に拒否します。
穏やかじゃないね。
他人をからかっておいてこれだもんなあ。グローバルな企業人を任じていても、てんで駄目だね。笑
以前他のスレッドに他の投稿者名で書き込んだ者ですが。
トーフルくん君
(貴方がキミと呼ぶのはOKなようですから「君」で充分ですよね?)。
貴方の書き込み口調全てが他人に誠意を求められる筋合いの物とは思えませんが、それは問わないこととして、少なくとも最初の書き込みで「あほう」と呼んだ全ての人に対して謝罪するのが先ではありませんか?他人への謝罪を求めるならば。
その他の皆さん
失礼な言い方かもしれませんが、現在の日本の状況に対し危機感が不足していませんか?。少なくとも国際経済面で日本の地盤沈下が明らかになっている、失われた...以前の状況とは異なる状況のなかで、どうして昔は良かったと言って安心していられるのか理解できません。日本人としての教養、見識が必要なことは当たり前の話ですが、問題はそこから先、世界に向かって日本人の優位性を発信できるかの勝負になっているのではありませんか?重ねての失礼な言い方かもしれませんが、従来の英語教育で良いとおっしゃる方の中に、どれだけそれは自分がやる、できる、それだけの英語力はある、と言い切れる方がいらっしゃるのでしょうか。




































