女子美の中高大連携授業
子育て、受験、大学、教育その他の井戸端会議
私学の価値の両スレッドが機能不全に陥っていますので・・・・・のんびり何かを語る井戸端会議の場所を作りました。
体罰問題は「私学の価値ゼロ」で煮詰まったやり取りをしていますのでそちらでお願いします。
たらようさん、公立一貫さんに・・・・最近の鴨たちの様子について
冬鳥は全部そろいました。強風でさざ波が立つ中で元気に追いかけっこしています。川沿いにシラサギとアオサギの来る場所があるのですが・・・・・・周りに鴨も沢山来ますので餌の多い場所なんでしょう。
先日シラサギが小魚を捕まえる瞬間を見ました。早業で剣豪の一閃と言う感じです。
水面すれすれにシラサギのつがい?が飛んでいくのは実に優雅で見とれてしまいます。
そうそう、話題の映画「レ・ミゼラブル」見ました。外国文学は縁遠いので概略しか知りませんでしたが・・・・・泣かせる場面、感動の場面が沢山ありました。
娘(実は預かった子)の恋人が革命戦争の決戦前夜に・・・・・眠っている姿を見ながらジャン・バルジャンが歌うところなど娘を持つ父親ならぐっとくるところです。
そうか?・・・・・公立一貫さん同志社で合唱やってましたよね。釈迦に説法でした。歌も素晴らしいです。もっとも音楽万年2~3の私の耳ですが。ラッセル・クロウがあれだけ歌えるとは知りませんでした。
もしご覧になっていたら感想などお聞かせ下さい。
イワンのばか様
投稿者名を変えました。改めてよろしくお願いします。
良く研究していらっしゃるのですね。私など印象批評でお恥ずかしいです。ただ、イワンのばか様も想像で書かれているところもありますので、私も想像でしかありませんが意見を述べさせていただきます(議論を吹っかけるとかのつもりではないことご理解ください)。
韓国の留学率の高さはおっしゃる通りだと思います。それが韓国のTOEFL平均点を押し上げているというのは、留学帰り組がTOEFLを受けるので高得点者が出るのでは、という意味でしょうか。それはちっと考えにくいと思います。そういう例があるのでしょうか?。留学準備組が多くそれが平均点を上げるというのは違和感ありません。しかも実際留学するわけですから、帰国時にはもっと英語ができるようになっているはず。差は開く方向ではないでしょうか?。日本は、留学率が低いのにTOEFLでは健闘しているとは言えるかも知れませんが、問題なのは努力、姿勢よりは結果としての英語力だと思います。
また、これは全く個人的な話ですが、私の周囲で留学を全く考えていないがTOEFL受けておこうかという人は見たことがありません。TOEFL取れなかったので留学断念というのは目の前にいますが(恥ずかしい)。
香港ですが、出張で回数忘れたくらい行っていますが、確かに返還後マンダリンを勉強した人は多いですが、まだ広東語の次は英語が得意という人が多い印象です。英語ができない人は多くみて2割くらいではないでしょうか。イギリス統治の名残もあり。ですので、経験に基づいていえば、香港人が日本人より英語力が下というのは何かがおかしい、とおもってしまいます。ただ、文法はメチャクチャな人が多いですから、その点はダメでしょうね。
TOEICは日本の受験者が突出して多く、これだけで断じることはできませんが、IELTSはどうでしょうか??
また、ビジネス現場のことを別に書き込みましたが、付き合っている法律事務所、会計事務所に言わせると、ミーティングの際、通訳を用意するかどうか悩むのは日本人と中国人相手だそうで、私の経験も合わせると、やはり手を打つべき状態にあるように思います。
地方の中小企業オーナーと話す機会は多いが
ごく普通の子供たちに、使える日常英会話を叩き込むことが
来たるべきTPP世代への重要な施策だろうと感じる
英会話を必須にし、読み書きで偏差値をたたき出す受験英語はレベル別に選択科目にするぐらい改革が必要
全体的な底上げが為されれば、それ以上は必要に応じて個人で対応できるはず
当座は私立や公立中高一貫などがその役割を担えばよい
ここでは少数派の意見みたいだけど(笑)
こちらにもきちゃった・・・・ お邪魔いたします。
あら、企業人さま、英語についてはもうご発言頂けないの?。かなしいわ。←ひとりごと。
はじめまして。テレビを見ながらテレビの中の人に話しかけているような気持ちですわ。
私、日本語も下手だけれど、英語も上手く喋れないから、お仕事のときにとても困った経験があるの。
だから、英語教育は要る派のはしくれね。
お互い単一言語での付き合いでさえ、自分の考えを正しく伝え、相手とわかりあうことが
難しいということは、エデュの中にも良いサンプルが沢山あると思うわ。(ここもそうなのよね。)
たとえば、必要であれば通訳がいれば良いとして、人を介してどれだけ相手に伝えることができるかというと、
通訳もスーパーな人でなければだろうし、
訳し方のニュアンスが違うと指摘できるだけの英語力が本人にないと的外れな訳をされてもわからないというぱらどっくす。
あら、ぱらどっくすの使い方あってたかしら。心配になってきたわ。
だから、英語もできるにこしたことがないと思うのが じめじめした私の考えなの。
それを測る基準はなにか、その技術を得る手段がどれかというのは、素人の私には想像もつかないからスルーしちゃお。
私ってずるいのね。
バイリンガルであったとしても、主たる言語で思考し、副たる言語で語るということにどうしてもなるのだそうで、
(以前通りすがりに、同時通訳者のお話を聞いた方から伺ったの)
たぶん、英語いらない派の皆様は、この思考部分がきちんとしてないと英語だけができてもダメだよと
おっしゃっているのよね。
しかし、英語教育を語っている方々は、思考部分が出来上がった上でのお話をなさっているようにしか
見えないの。だから、双方の前提がちがっていて、お互いそこが認識出来れば納得なことのようにしか
見えないのは、なぜなのかしら。 私から見るととても単純にみえてくるのは、私が単純だからかもしれないわ。
言語が同じでも、スタンスや前提条件が違うと、ぜんぜん話が合わないのよねえ。
世の中ってホントウにむつかしいわ。
話がまったくそれてしまったわ。最近独り言が多くて。おかまいなくお願いしますわ。
日本語で思考すればいいというレベルの問題ではないのだが。
価値観や魂の問題。
アメリカ万歳の欧米に魂売ったような英語屋はダメってこと。
元をたどれば、偏差値至上主義の思考停止の受験エキスパートでは、まともな価値感も魂も身についていないでしょってこと。
そやからさ。そない軽薄な発想を社会の構成員「全員に」「押し付けないで」くれってこと。笑
何度も言うがな(言うてなかった?)受験英語オンリーで特別困ったことはあらへんよ。
もちろんそれ以上の英語力を望む通りすがりの企業人さんのような人もいるやろうけどさ。
そないものすごうグローバルな仕事をしとる人たちを除けば、英語をふつうに使う専門職でも
所謂受験英語をしっかり勉強しとれば困らへんて。それを証明する例はようけあります。
「読み書きで偏差値をたたき出す受験英語」なんてのは大きな偏見やね。
受験生かて偏差値のために勉強してるんやないしな。まっとうな受験生には失礼な話やね。
これ以上余計なこと書くとまた個人攻撃だの品格なしだの五月蝿いから止めときますけどね。笑




































