女子美の中高大連携授業
子育て、受験、大学、教育その他の井戸端会議
私学の価値の両スレッドが機能不全に陥っていますので・・・・・のんびり何かを語る井戸端会議の場所を作りました。
体罰問題は「私学の価値ゼロ」で煮詰まったやり取りをしていますのでそちらでお願いします。
たらようさん、公立一貫さんに・・・・最近の鴨たちの様子について
冬鳥は全部そろいました。強風でさざ波が立つ中で元気に追いかけっこしています。川沿いにシラサギとアオサギの来る場所があるのですが・・・・・・周りに鴨も沢山来ますので餌の多い場所なんでしょう。
先日シラサギが小魚を捕まえる瞬間を見ました。早業で剣豪の一閃と言う感じです。
水面すれすれにシラサギのつがい?が飛んでいくのは実に優雅で見とれてしまいます。
そうそう、話題の映画「レ・ミゼラブル」見ました。外国文学は縁遠いので概略しか知りませんでしたが・・・・・泣かせる場面、感動の場面が沢山ありました。
娘(実は預かった子)の恋人が革命戦争の決戦前夜に・・・・・眠っている姿を見ながらジャン・バルジャンが歌うところなど娘を持つ父親ならぐっとくるところです。
そうか?・・・・・公立一貫さん同志社で合唱やってましたよね。釈迦に説法でした。歌も素晴らしいです。もっとも音楽万年2~3の私の耳ですが。ラッセル・クロウがあれだけ歌えるとは知りませんでした。
もしご覧になっていたら感想などお聞かせ下さい。
動機さん
企業技術屋の立場から。
最初にお詫びしておきますが、一流とか二流とかエリートとかいう言葉を使いますが、話を単純化するためで、このレス限定ですのでご了承ください。本当は好きなことばじゃない。
私の会社は、それなりの規模ですが、誰もが何百億の案件に関わっているわけではありません。むしろ、数億のロングテールが無視できないボリュームです。
20年前と著しく変わったこと。エリートでない技術屋が、アライアンスとか、オフショアとか、言い方はなんでもいいですが、中国とかインドとかの人と直接やり合うようになりました。
営業が一人片手間に手伝い、課長クラスと若手のペアで、数億の開発委託をやる。大抵の案件はうまくいかないので、毎日国際電話で怒鳴り、毎週、六時間の電話会議をやることになります。技術と度胸があれば、TOEIC700でも、できます。必ずしも一流大学出が強いわけではありません。
逆に、こういう場面で前に出られないと、生き残れない時代が来ようとしています。
これがTOEIC400だと、非常に難しくなります。
900あると楽です。
一方、日本語対応など一部を除き、国内の研究開発などやめてしまえ、インドで1000人雇えば安く上がるだろう、という暴論は、機関投資家にも社内にもあります。なんとか経費を捻出して英語教育もやり、数値で暴論を押さえ込む努力はしています。
しかし、昔のような余裕はなくなりました。
企業を代表して学会を引っ張るエリートとはまた違う苦労かも知れませんが、理系大学から企業にはいる人の半分くらいは、最低限の英語力、TOEIC700、TOEFL70くらいは身に付けて入社して欲しいです。
私自身のことを言うと、TOEIC400点台以下の人を社内教育で育成するのはあきらめました。巨額の経費を社内教育に注ぎ込んだ結論です。
英語で喧嘩ができて電話会議で勝利を収められればよいのだよ。金を儲けるためには。
単純なことだ。
日本全国民がアメリカ基準の英語テストを目指す時代なのだ。
アメリカ基準英会話能力が万物の尺度。
この価値観に逆らう人間は放り出され、日本のアカデミズムは崩壊するのだ。
アハハハハハハハハハハハハハ
英語にかぎらず職業訓練の時期を早めることで経済を活性化することは可能だと思います。
勉強がむいていないのに漫然と教室に座って無為に時間を過ごすよりは、若いうちから汗水流し手に職つけ歴史に名を残せるようなあるいは歴史に名品を残せるような技術を身に付けるほうが、世の中のためかもしれません。
日本のアカデミズム・・・文部科学行政の無作為ですでに世界に周回遅れとなっている分野が多いように感じますが、いかがでしょう。
動機さま
>先生も努力して英語運用能力を上げないと採用試験に通らない(学生が就職で四苦八苦しているように)ぐらいまで教育を志す学生のレベルも上げてもらいたいものです。
深く、同意します。先生の質、が一番大事ですよね。
>学校によって特色あるカリキュラムを弾力的に組めればいいのですが公立は文科省の指導要録?で一律に決められていたと思います。
>この辺の改革も英語力アップには必要でしょう。ただしそうなると削る科目をどれにするかという深刻な時間割争奪戦が始まると思います。
>英語重点校や英語教育特区を作って英語週10時間やる高校も作ってみたらいいのですが・・・・・・・・。
このアイディア、いいですね!「特区構想」ですね。高校の授業だけでなくて、特区全体で、いろいろな英語環境を作る取り組みができれば・・・。
高校での英語力アップのための「時間割争奪戦」を緩和するには、
小学校(3年生くらい)から英語教育を始めて、耳から入る英語教育に変えて、
中学である程度のリスニング・スピーキングができるところまで持っていけていれば、いいのでは、と思っています。
ここは、ロム大阪市民さんのご意見に、近いです。
やはり鍵は、高校でいきなり、で考えるのではなくて、小学校、中学校での学びを変える、ということでしょうか。
>ビジネスする人の英語力養成と理系学者の英語力養成とはレベルが違ってきて・・
ここは、「プロセス(順序)」が違っていい、という意味であれば、そうかもしれません。
国立の入学試験にTOEFL等を取り入れる、という場合に、全学部一律に、取り入れるのか?ということから考えることになるでしょう。
私は国立文系、特に経済・経営、法律系は、必須にしたほうがよいと思うし、ある程度高い点数を求めるほうがよい、と思っています。
大学在学中の留学も視野に入れる、という前提で、そのポテンシャルのある人を選抜する、という意味で。
理系の場合は、取り入れる場合も、企業人さまのご意見のように、加点要素にする、あたりが現実的でしょうか。
その分、理系では、大学での英語教育の役割が大きくなる、と思います。
>今の日本の教育課程でも理系は大丈夫という気がします。
ここは、違う意見ですが、
違う、と思うのは、私はやはり、小中の教育を変えるべきだ、というところから出発しているのですね。
今の英語教育のやり方でいい、とは思えないのです。




































