アートの才能を伸ばす女子教育
国立大附属は「誰でも入れる学校に」有識者会議
文部科学省で、「国立教員養成大学・学部、大学院、附属学校の改革に関する有識者会議」が開催されています。
国立大附属については、筑駒、学芸大附属、筑波大付属を念頭に、「特定の層しか入れない学校」と批判され、共働き家庭なども含めて、だれもが入れる学校にしなければならないとの提言がありました。
現状の国立大附属は「受験校」であるとして、本来の国立大附属の役割とは異なることから、改革が進みそうです。
進学校としての役割は、私立学校や都立学校が担うことになり、国立大附属は、進学校というイメージは消えていくかもしれませんね。
>国立エリート校は貧困な優秀児を受け入れ可能でしょ。
確か筑駒でも奨学金があったはず(OBの基金だったか何かで)。
お金持ちとかいたとしてもランボルギーニやパテック・フィリップ自慢が価値観の人いないし、優秀児にとって居心地は非常にいいはず。
>実際に現在の筑駒にどのくらい貧困家庭がいるか知らないけど、かりにゼロとしても、貧困層優秀児の受け入れ可能なシステムが存在していることが重要。
合格者の8割はサピ。サピには特待制度もないからね。うちは女の子だから詳しくないが、サピ板によると、サピ+ジーニアスで筑駒特訓を受けるのがスタンダードらしいね。
今の筑駒は、昔とは違って、富裕層がお金をつぎ込んで入る学校になってるんだよ。
黒駒さんの頃は数あるエリート校のうちの一つ、貧困層でも入る人はいただろうが、今は、塾がこぞってターゲットにするスーパーエリート校になってしまっている。この現状をみて、「貧困層でも入れる可能性がある」というのは机上の空論に近いね。筑附や学附程度なら、全く問題がないと思うが、今の筑駒はやり過ぎ。抽選をなくした結果、塾がこぞってターゲットにするので、富裕層のための学校になってしまったんだよ。
法的に、理論的に、貧困層が入る余地がある、というのはここではあんまり意味がない議論だね。法的、理論的なことを言い出せば、筑波大学の研究に役に立っているかどうかが唯一の評価基準になってしまう。黒駒さんは、そうではなく、「実質的に」国民に役に立っている、ということを言いたいのだから、実際に貧困層が入っていないと意味がないよ。
今の筑駒の貧困層は開成より少ないと思うよ。
>法的に、理論的に、貧困層が入る余地がある、というのはここではあんまり意味がない議論だね。
「原理的に」貧困層が入る余地があるか否か、が重要。
余地があれば、貧困層もそこを目指すことが出来る。
さらに、私立受験が可能な家庭でも、一人は大丈夫だけど二人目以降は、というような家庭にとっては役に立つ。
>さらに、私立受験が可能な家庭でも、一人は大丈夫だけど二人目以降は、というような家庭にとっては役に立つ。
そこが本音だろ。
これは「国民のため」じゃなくて、ユーザーたる男子を持つ家庭のためだね。
女子にはそういう選択肢はないので不公平。
国が政策を打つ時には、平等性を検討しなければいけないんじゃないの?
検討がなされた結果なら良いが、何の検討もなく、なし崩し的に抽選を廃止したから批判されてるんだよ。
「原理的に」女子が入る余地はないんだよ。
サピ偏差値70あっても入れない。「原理的に」不平等なことを国がやれば批判されてしかるべきなんだよ。
まあ、うちの娘が男だったら別に筑駒の批判なんかしてないだろうけどね(笑)
>サピ偏差値70あっても入れない。「原理的に」不平等なことを国がやれば批判されてしかるべきなんだよ。
温室育ちさんは、そう考えればいいと思うし、主張すればいいと思うよ。
でも賛同者は少ないと思う。
結局いつもここにたどり着くなあ。
塾無しで筑駒や開成の合格はあり得ない。私立小学校に通ったり、ダブル塾或いは塾プラス家庭教師、バイオリンやピアノ等も習わせたりと優秀層が金をかけてさらにレベルアップしている人達が入学して来る。即ち、塾に通えない貧困層の優秀者なぞ合格者層にはいない。親が高級官僚や理三出身者も多く、子供の教育に関してはありとあらゆる手段を講じてきている子供が多数いる。
































