女子美の中高大連携授業
東京に共学の進学校を増やして欲しい
息子の成績は、現時点では御三家に入れるレベルにあります。ただし、共学志望です。渋幕がすばらしい学校であることは文化祭をみてよくわかりましたが、通学が
たいへんです。渋渋もいい学校なのですが、校庭が狭いこと、女子が主導権を握っている印象があります。あと考えられるのは筑附でしょうか。御三家同士が合併して共学校を設立することは難しいのでしょうか。共学の進学校の選択肢があまりに少なすぎます。
入試日が3日で国公立同士併願できない中で、諸条件の良い筑駒が一人勝ちになり、筑附、学附が凋落したのでしょう。私の大学受験の頃は学附が開成に次いで東大合格者数2位でした。
諸条件は、①立地(都内西部~神奈川の高級住宅地に近い。筑附は都心なので人口減少傾向)②男子校、③中高一貫(高校受験なし、小学校なし)で、このうち②がどの程度のウェイトなのかはわかりませんが、渋渋の台頭をみると、②よりも③の影響が大きいようにも思えます。
筑附の小学校の男子希望者は筑駒にも入学可能な制度にすることは多分可能(慶應幼稚舎から普通部にも中等部にも行けるのと同じ)です。国立は実験校なので実験してみれば(筑駒ラブの方から怒られそうですが)面白いと思います。
私の知る限りでですみませんが、次の部分には違う感想を持ちました。
>筑駒は農業学校から戦後教育大の附属に組み入れられた後発組。
>筑駒がここまで来たのは立地と男子校だったからだと思います。
筑駒は開校時、附属の中学として戦後に開校しましたが、その母体は
帝国大学農学部附属の教員養成所が前身であり、戦前・戦後を通して
農業学校系ではなく師範学校系の附属でしたよね。
開校して浅いころから、日比谷、西、戸山などへの進学の実績を出し
ていたなどの話もあり、当時から男子優秀層が引きつけられる魅力が
あったのではないでしょうか。
立地や男子校だから、というのもあったとは思いますが、このような
背景もあったのでは?
ちなみに中学・高校一貫体制になったのは、開校後10年程度経てから
でしたでしょうか。
1、昔は共学=国公立、中高一貫校=私学だった(筑駒は唯一の国立中高一貫校)
2、共学の私学、公立の中高一貫校は新しい(共学の中高一貫校は歴史が浅い)
3、過渡期なので共学の中高一貫校が増える可能性はある
歴史を知らない人が多いねえ。
よく、開成や桜蔭を伝統校とか言う人がいるけど、親世代ではむしろ新興校に近かったんだよ。
国公立と中高一貫のいいとこどりの筑駒はやはり強いですが、国の建前上やはり男子校というのは問題にされてもおかしくないと思います。
>都心なので人口減少傾向
都心とは、どこを指しているのでしょうか。
私は人口が増えていると感じます。
教育実践校であるならば、男子だけ、女子だけ、もあっていいと思います。
その結果がどうなのか、ということではないでしょうか。
>親世代ではむしろ新興校に近かった
お茶や高女、旧制高時代もありますよね。
「完全中高一貫」という言葉は、中学受験界独特の言い方のような。
中学を作り、高校受験をやめ、の次は、共学化なのかしら。
今年米寿を迎える父が開成の70期生、
30年前卒業の兄が115期生
中1の息子が145期生です。
開成が新興なんていったら伝統校は藩校からの流れを組む数校になってしまいますね。
桜蔭はお茶女の前者、東京女子高等師範学校の同窓会が設立。伝統ある女子校ですよ。
ちなみに現在でもお茶女の同窓会は桜蔭会です。
同窓会誌はここから送られて来ます。
親の世代は新興って東大合格者の事を仰ってるの?
兄の入学頃が灘との一騎討ちと決着がついた頃。
桜蔭も当時は女子が東大を選ばなかった時代ですが、女子では1位じゃないのかな?




































