女子美の中高大連携授業
筑駒、開成、灘、に合格する子
近所に住むお子さんが上記3校に合格されたと聞きました。
会うといつもにこやかに挨拶してくれ、とても良いお子さんです。
入試の直前まで、自治会のゴミ拾いや掃除も参加していました。
友達と公園で遊んでいる姿も見かけましたし、ガリ勉という印象はありません。
こういうお子さんはやはり持ってうまれたものが違うのでしょうか??
我が子も新5年で受験するのでそのお子さんのお母様にアドバイスを頂きたいとお話しましたが、
「最後なんとか間にあったけど5年のときなんて箸にも棒にもかからない成績だったので、アドバイスできるようなことなんて何もないのよ」とご謙遜されてしまいました。
うちもS塾でαにはいるのですが、このレベルのお子さんのアドバイスは参考にはならないでしょうか?
それともそのお子さんのように、ここからの頑張りでこのレベルにたどり着く可能性があるのでしょうか?
別のお友達に話すと、そのレベルは首都圏にも十数人ぐらいのレベルではないかと聞き、α1ではない我が子には遠い存在なのかな?とも思っています。
子供が御三家レベルに匹敵する中高一貫校に通っておりますが、親にスケジュール管理をされているお子さんの多いこと。
そういうお子さんたちのなかには、将来のビジョンがなく親に言われ塾に通っているだけ。
社会に出た後、どうするのかしら。
週刊現代 抜粋。
「僕は筑駒の中では落ちこぼれで、一浪で早稲田の商学部に入ったんです。そしたら、高校時代の友人たちと早稲田で出会う人間の知性の差に愕然とした。会話のリズムが合わない。
結局、早稲田では一人も友達ができなかったし、早大卒という過去は私の中で抹消しています。宴会なんかで『早大卒の方、立って校歌を合唱しましょう』みたいな展開になっても、立ちませんから」(筑駒OB)
開成生にとって、東大を受けて浪人するのは恥ではない。ただ、受けずに他大に行くのは、たとえそれが京大であろうが一橋大であろうが、すべて恥。勝負から逃げたと判断され、鼻で笑われてしまいます」
家業の化学メーカー、日本セロンパックを継いだ筑駒OB、田中司氏(45歳)は、傍目には人並み以上の成功を手に入れながら、今も筑駒時代の「敗北感」を胸に抱き続けている。
「筑駒での6年間は、私にとって苦い思い出です。小学生の頃は『神童』とは言わないまでも、それなりに優秀なほうだと思っていましたが、筑駒ではいかに自分が凡人であるか思い知らされた。能力だけじゃなく、生まれや育ちも全然違う。劣等感に苛まれ続ける6年間でした」
こんなことを話す田中氏だが、経歴を聞けば一浪ながら東大文学部へ進学している。卒業後は総合商社の丸紅に入社し、どうみても完全なエリート街道を進んでいるように思える。
それでも田中氏は「私は完全に落ちこぼれでした」と断じ、それを理由に「多くを望まなくなった」という。
その理由は、開成よりさらに特殊な筑駒の学歴基準にある。ある筑駒OBによれば、東大文系のなかに、さらに細かいこんなヒエラルキーが存在するのだ。法学部が最高。経済学部はすでにちょっとした落ちこぼれ。文学部なんて東大じゃない—。だから田中氏は自身を「落ちこぼれ」と呼ぶ。
開成OBの市場聡一郎氏(38歳)慶応大学環境情報学部に現役で合格したが、開成では「価値のない学歴」。母にまで、「あなたが開成だと知っている人には、恥ずかしくて大学名言えないわ」とことあるごとに嘆かれたという。
マザコンになるより、
子供に好きなことを好きなようにさせて、早慶とかにいかれた時の方が怖い。
せっかくの母校に嫌悪感を抱き、縦のつながりも横のつながりもない人生を送る
ようなひとがいるとは、寂しい限りです。この、文章が、もって書いてあるかどうかは知りませんが、実際、こういうコンプレックスをもって大人になる人は少なくないですよね。
親に現役のうちに決めておきなさいと言われ、志望を下げて後々まで後悔するって多いですね。
一浪ぐらいすればよかった。。
なぜ妥協したんだろう。。
表立っては言わなくとも、親しい友人や身内に打ち明けるんです。
だから、高学歴の親は無理に志望を下げさせず、再挑戦に寛容なのです。
自分の周りで身を持って経験済みだからでしょうね。
難しいです。。
こんなのがありました。 さんが紹介してくれた学校は、つまらない学校だね。
東大でないとコンプレックスを抱いて生きるような学校からは、神戸大学からノーベル賞を獲得した山中先生や3浪して日大に入って心臓外科の権威として陛下を執刀した天野先生のような人材はでてこないね。
そんな、金太郎飴のように偏差値至上主義の価値観に染まった学生しかいない学校では、到底価値観の多様性は育たないから、いかないのが正解だよ。
たしかに、筑駒で早慶へは慶医のぞくと現役進学5、浪人進学10と少ない。
ただ理工や政経が多いようですが、少数派であることは間違いないですね。
灘は、意外とそうでもないようですが、筑駒、開成では価値観の同一性が強いように感じます。
書かれたことは、東大に行けなかったこと早慶に行ったことが悲劇なのではなく、そのような価値観しか持つことが出来なかったことでしょう。
いろんな人間がいて、いろんな進路があって、いろんな将来がある、その中には挫折もあるし、却ってよかったということもあります。
まだまだ若い世代だから仕方ないかもしれませんが、世の中の広さを知ることは逆にプラスと考えるべきでしょう。




































