在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
筑駒、開成、灘、に合格する子
近所に住むお子さんが上記3校に合格されたと聞きました。
会うといつもにこやかに挨拶してくれ、とても良いお子さんです。
入試の直前まで、自治会のゴミ拾いや掃除も参加していました。
友達と公園で遊んでいる姿も見かけましたし、ガリ勉という印象はありません。
こういうお子さんはやはり持ってうまれたものが違うのでしょうか??
我が子も新5年で受験するのでそのお子さんのお母様にアドバイスを頂きたいとお話しましたが、
「最後なんとか間にあったけど5年のときなんて箸にも棒にもかからない成績だったので、アドバイスできるようなことなんて何もないのよ」とご謙遜されてしまいました。
うちもS塾でαにはいるのですが、このレベルのお子さんのアドバイスは参考にはならないでしょうか?
それともそのお子さんのように、ここからの頑張りでこのレベルにたどり着く可能性があるのでしょうか?
別のお友達に話すと、そのレベルは首都圏にも十数人ぐらいのレベルではないかと聞き、α1ではない我が子には遠い存在なのかな?とも思っています。
中受の後、春休み中に社会勉強を兼ねてマニア市内に旅行に行きました。
市内の貧困は凄まじいです。家族で固まって、恐る恐る街を散策しましたが、アンモニアの匂いが街中から漂いネズミの死骸がころがっていました。
旅行者とわかるとホームレスも痩せた子供たちも集まってきて、ギブ ミー マネーと手を出してきます。外資系のホテルの脇のゴミの山で生活している人々もいました。
一方、ホテルのレストランでは、食べ残こされた皿が山積みの席が所々に見受けられ、、
何故、同じ人間として生まれ、こんな格差が生じているのか、子供にはショックと不思議でならなかったようです。中学に入り、貧困をテーマにレポートを書いておりましたが、あの子たちに必要なのは、その場しのぎのお金ではなく、計算や読み書き、教育なんだと書いていました。
中受をするご家庭は、ある意味経済的にも恵まれ、日本の中でも限られています。その環境が当たり前だと、うちもそうでしたか勘違いしている子供にとっては勉強が義務感に陥りやすいのかもしれません。
我が家の中受は、ちょっと変わっておりました。
主人が中受大反対。子供か中受したい、行きたい中学があると4年に言い出しました。主人は小学生のうちから塾漬けはよくないと言い、したければ、塾に行かずに自分で勉強しなさいと子供に言い放しました。見かねて私も手伝い、親子で家庭学習をやってきました。ですが6年になり、私も教えるのが困難になり、主人に6年の1年間だけ塾に行かせてほしいと子供とお願いしたら、5年の終わりの模試で、子供が高い偏差値を取れたら行かせてやるとの条件を出され、でも子供も負けずと高得点を取ってきました。1年間は無事に塾に通えましたが、行きたい中学にしか受験させない、滑り止めなしの2校受験となり、なんとか2校とも合格を頂きました。
不利な条件を出されると、子供って本来怖いもの知らずですから、それでもやってやると反骨精神が旺盛なんですよね。
今、思うと主人の作戦だったのかなとも思いますが、
恵まれた条件にいると子供も勉強が義務に感じるもので、不利な条件に置くと、勉強を権利と捉えられるのかもしれません。
今は夫婦の考えが、すっかり入れ代わり、子供がそろそろ塾に行きたいと言うと、主人は賛成、私の方が、自分でスケジュールを立てて、もう少し自分で頑張ったらと言っています。
東大に固執する価値観を全否定している人って、根本的なことを忘れていますね。
皆が固執しなくなったら、東大の偏差値は暴落し日本は終わりです。
まずA判定者しか受験しなくなり、その年度の東大は全入。そして、予備校の偏差値が下がり、翌年のA判定が下がるという負のスパイラル。
みな適当に入れるところを受験し努力も最低限。
挑戦なくして国の発展はありません。
後退あるのみ。




































