在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
筑駒、開成、灘、に合格する子
近所に住むお子さんが上記3校に合格されたと聞きました。
会うといつもにこやかに挨拶してくれ、とても良いお子さんです。
入試の直前まで、自治会のゴミ拾いや掃除も参加していました。
友達と公園で遊んでいる姿も見かけましたし、ガリ勉という印象はありません。
こういうお子さんはやはり持ってうまれたものが違うのでしょうか??
我が子も新5年で受験するのでそのお子さんのお母様にアドバイスを頂きたいとお話しましたが、
「最後なんとか間にあったけど5年のときなんて箸にも棒にもかからない成績だったので、アドバイスできるようなことなんて何もないのよ」とご謙遜されてしまいました。
うちもS塾でαにはいるのですが、このレベルのお子さんのアドバイスは参考にはならないでしょうか?
それともそのお子さんのように、ここからの頑張りでこのレベルにたどり着く可能性があるのでしょうか?
別のお友達に話すと、そのレベルは首都圏にも十数人ぐらいのレベルではないかと聞き、α1ではない我が子には遠い存在なのかな?とも思っています。
佐藤さんちの話聞いてると、私としては更に理Ⅲの入試については家庭科実技の導入(点数化はしないけど足切りとして)を強く推しておきたいところですね。
一汁一菜のお献立を用意する+ボタン付け・ズボンの裾のほつれを留めるレベルを目処に。(足切りの目処としては、例えばズボンの裾を平縫いで留めちゃってるとか、お米とぐのに洗剤放り込んでしまってるとか)
(ただ、ここまで書いて野口英世を思い起こすと、身体障碍のある場合には何らかの補完手段を考える必要があるかも…)
パズルさん
不思議(視点、あほらし)さんはレスが一定数超えると、どこかからクオカード2000円分ぐらい貰えるんですよ、きっと(笑)。
だからわざと相手にしてくれる人をおちょくるキーワードを書き続けるわけ。
「マザコン、金太郎飴、塾漬け、レール、ドーピング、フライング、お受験私学
筋トレ」パパコンもあったかな?
不思議さん
そろそろ新作を期待してますよ!
「ヴィンテージものの塾漬け12年熟成」とかどう?(笑)
コミュニケーション能力の有無は将来どんな仕事をしていけばいいのか(向き不向き)の大きな判断材料になると思います。受験勉強がそれに繋がるかどうかは分かりませんが、バラードさんがおっしゃるように「これら3校の生徒は受験勉強ができるので当然コミュニケーション能力がある」とはとても思えません。
数学、物理で点数が取れる能力(東大理Ⅲに入れる受験学力)とあらゆる学歴、職歴、生育歴の人が来る患者さんに納得してもらえるムンテラ力は別物でしょう。そして何より病に苦しんでいる人に対する共感力がないと医者は勤まらない。共感力>受験学力(理Ⅲレベルの受験学力は医師になるには不要)です。
子供の頃から偏差値主義で育ち、受験のチャンピオンを証明するために遠征受験などという醜悪な行為をし、行く気もない学校を荒らす。小学校塾からずっと10年間も同じ仲間と育つ。多様性などまるでなく親は金持ちで学校も医学部一辺倒。
受験学力を振りかざし10代にしてすでに他人を蹴落すことに血道を上げる。そんな受験秀才より色々な人生経験を経て本気で医者になりたいと思った若者が医者になれるようにすべきでしょう。(臨床医)。
受験勉強に明け暮れ部活もせず本も読まず、最新のニュースも知らない人が大学に入ったら人間が変わるとはとても思えません。
大学に入るまで自分で選んだ本を読んだことがないという桜蔭出身医師。理Ⅲに合格しているのにまだ駿台模試を受ける灘生。受験指導が本業になってしまった和田秀樹。
こういう人たちは新大学入試で最初から排除したほうがいい。そのほうが日本の医学、医療のためになるでしょう。
AIの登場は、棋士のあり方も変えようとしている。
西尾六段が「棋士がこの先職業として生き残っていくためには、人間同士で指す将棋の魅力を伝え、ファンを増やしていくことです」と言えば、趙名誉名人もこう語る。
「囲碁プログラムが人よりも強くなると、技術だけのレッスンプロという職業はなくなっていく。『あの人に教えてもらいたい』と思わせる、指導者として人間としての魅力が、より求められるでしょう」。人工知能が発展すればするほど、人間は人間らしさが求められるということだ。
人工知能は私たち人間に人間らしさの追求を促す存在なのかもしれない。




































