女子美の中高大連携授業
生き残る中高一貫私立はどこか?
桐朋が今年東大現役一人だそうだ。駒東も東大が減少して大騒ぎしている。
少子化と公立の復活で今後中堅私立中高一貫校はますます大変になるだろう。
環境を買うのが私立受験の大きな理由と言っていたがやはり第一は進学実績(男子の場合)だっということが明らかになった。伝統だけでは駄目だと言うことだ。進学実績が下がれば凋落校と認定されてしまう。
今後、桐朋に続いて凋落する私立学校はどんどん増える。逆に内申がどうだ、教師の質がどうだ、公務員に子供を任せられないなどと言っていた私立親も日比谷や小石川、横浜翠嵐の実績を見れば考えを改めるかもしれない。
悠然と構えていられるのは昔からの名門校、麻布、武蔵、学習院、暁星、成城、成蹊などで高校入試をやっている開成は今後劇的に(日比谷に流れるので)東大合格者を減らすかも知れない。学芸大附属に続いて開成凋落も視野に入ってきた。あと5年もすれば東大100人を切るのではないか?
連投失礼…レスが後回しになってすみませんm(_ _)m
ロングライダーさん
いえいえ、お気になさらず。
あれだけ流れ速いとそりゃ見落としも出てくるかと。
呑気な父さん さん
>異文化に興味があり抵抗がない
というときの「異文化」の中身としてちょっと考え込んでしまうのは、そもそも論として「義務教育段階での受験」というのは、本質的に「地域コミュニティーにある社会階層からの遮断」を意味しますよね。
「文化の違い」というとき、結局地歴的要因による差異と社会階層による差異とを比べると、本当のところどちらがより決定的な(埋め難い)違いなのか?
異文化との交流というときにイメージするのって、結局「日本のエリート」と「海外のエリート」の交流なので、完全にとは言わずとも、相当範囲で「翻訳」できてしまうような気がします。
異文化との意思疎通という概念について語られる場合に、そこまでくる過程で切り離した「もうひとつの異文化」についてどこまで自覚的たりえているのか?
捨てなきゃいけない理由があるなら捨てるのも有りだけど、捨てたことに対する自覚はもっておくことも大事かなと。
>それが19~20Cに至り英語に取って代わられたのだけど、今日の英語ヘゲモニー>が本当に未来永劫続くのかどうかは疑問の余地はあるように思います。今がそう>ならその「今」に適応することに注力するのが正しいといえばそれまでだけど。
アメリカと戦って勝てる国があれば、他の国に取って代わられるかもしれませんね。可能性があるのはおそらく唯一中国。とすると、漢字文化については日本の将来にとって重要なのかもしれません。
もっとも、漢文やるより第二外国語で中国語を必修にした方が手っ取り早いかもしれませんね。
あといくつかの可能性としては、
1)イスラム文化圏の台頭に平行して、その文化圏における国際言語としてのアラビア語の地位向上
2)当のUSA国内でも英語が絶対的地位を維持し続ける保証はないかもしれない…ヒスパニック人口比の増加に対応して、スペイン語による高等教育を行う機関が登場する可能性も
"The world's most valuable resource is no longer oil, but data"
"Data is giving rise to a new economy" (The Economist,6 May,'17)
グローバル教育を標榜する学校なら、生徒にデータとの付き合い方をきちんと教えておいてほしいですね。 (阿久金之助さんWrote)
国が英語教育に力を入れる要因は、グローバル化による経済活動を中心とする国際的人的交流の拡大、そして上記引用にあるITの著しい進歩と社会での普及によって爆発的拡大し続ける情報やデータ、それらの多くが国際共通語としての英語によってなされる点にあります。
人的交流にせよ情報・データへのアクセスにせよ、国際競争の場では、”スピードと迅速な判断”が必要とされ、英語を使えないと競争で後れを取ることになります。1990年後半から世界のグローバル化の中で日本企業が海外との関係構築で後れを取ったのは、上記の”スピードと迅速な判断”が理由の一つとみなされてきました。
英語も、英語圏では国語なのだから、自国語を学ぶように学ぶのが理にかなって楽というのが、私が子供の英語学習について考えた時の考えでした。うちでは子供たちはPCもスマホ、ゲームも解説書もマニュアルも読まずにそれなりに使いこなし、親が操作上分からない点があるとよく頼っています。使う中で学びスキルアップするというのは、子供にとっては英語もスマホ・PCも、その他の分野でも同様なのかもしれません。
英語学習に、子供が(受験勉強で)負担と感じるような時間と労力を費やすのは、英語圏の学生と比べるとその分はロスに思え、あまり得策ではないと考えます。よって学校での英語の早期学習開始には賛成です。子供達が関心を持って気楽に英語に触れる環境が増えれば子供の成長を後押しするでしょう。出来れば、英語を必要と考える優秀層には高校卒業時に大学で英語講義に対応出来るような英語力を身に着けることを目標にして欲しい。実際、このレベルが、英語教育に力を入れる非英語圏新興国の実態なのです。
今回の憲法改正を機に、英語を母国語にして、社会生活全てを英語にしたらグローバルだね。ビジネスにしても、研究にしても余計な時間を取られずに専念できる。
そうすれば、ネクストグローバルは中国語になるのかな?
渋谷中華学園とか出来ても生徒が集まらなそう。
アメリカ人の友人が、20年程前に、これからの時代、英語を母国語にしていることは大きなアドバンテージだ、と言っていました。自分で言うなという感じですが、現にそうなっています。国力が強いところに人が集まり、その言葉を国際スタンダードにして、さらに人が集まっていく。
日本は技術は一流でも、スタンダード作りに弱い。
英語一人勝ち時代は当分続くでしょう。




































