女子美の中高大連携授業
受験勉強よりも大切なこと
偏差値第一主義、ペーパーテストの点数さえ取れればいいという考えでやってくると社会に上手く適合できない。では彼らは何が足りなかったのか?
1.相手がどう思うかという「思いやり」
2.自分は完璧ではないという謙虚な姿勢
受験勉強ができる=自分は他人より頭がいい=相手を見下してもいい
という考えのまま大人になるのは非常に危険。思い上がった人間は人に嫌悪される。
将棋の藤井君、囲碁の井山裕太をご覧なさい。圧倒的な勝率を収めても謙虚だ。彼らは自分の力などどれほどのことでもないと思っている。藤沢秀行はこういった。「碁の神様を100とするなら私など2~3ぐらいのものだろう」
隣の小学生より受験勉強ができて灘、開成、桜蔭などに入学できても社会で活躍できなければ意味がない。自分より能力の低い者にいらいらするのではなく彼らを引っ張り上げる、モチベーションを上げさせる努力をしなければいけない。
受験勉強の神様など存在しなくても数学や物理、分子生物学などの神様(今の人間にとって未知なもの)はいるかもしれない。受験勉強ができて東大に入ってもそこで満足するのではなく神様相手に精進して欲しい。
道を誤った彼女は、私がいつも言っている「受験勉強ばかりしていると大切なものを取り落とす」を満天下に示してくれた。私の危惧が的中した。
優秀な受験生を持つ親にとって今回の事件は他人事ではない。
家族でよく話し合い、何のために勉強しているのかもう一度確認すべきだろう。
資本主義を否定するのは良いのです。
明確な対案があれば。でもこの方の場合⬇
自虐史観とイデオロギーから引用
(不生産的労働者=二俣川=玲仁)
先手:愛しき人生(ID:Aet5cMBS/Ok)
投稿日時: 17年 03月 23日 16:32
貴方は「生産手段の社会化」といっているが、ではその主体は誰かね?まさか国家をして計画経済でもやろうとしているのかね?
後手:不生産的労働者(ID:/YsjaewQUSQ)
投稿日時: 17年 03月 26日 17:33
この場合の主役はあくまで生産者自身になろう。旧ソ連のような資本家の代わりに上から官僚が任命されて支配するー日帝時代のように天皇が官選知事を任命するーごとき専制体制は排除される。
先手:愛しき人生(ID:SXsM18fBjck)
投稿日時: 17年 04月 10日 06:40
>>この場合の主役はあくまで生産者自身になろう。
その具体的なあり方を聞いているのに、なんだね?これは。
そもそも生産手段を共有するのはよいとして、意匠、特許技術はどう扱うのかね? それすらも共有するなら人類の進歩なんぞ望むべくもない。
投稿日時: 17年 04月 16日 13:26
第三次産業、例えば運送業を例にとる。ハード面で圧倒的に劣勢な中小業者の中には、鮮度保持に窒素冷却をもって大手に対抗しているものもある。むろん、技術特許を得ている。
これが競争原理というもの。
君はこれを個別保護対象として排除しないというが、ならば競争原理も排除しないということだね? 資本主義そのものではないか。
後手:不生産的労働者(ID:/YsjaewQUSQ)
投稿日時: 17年 04月 17日 12:14
個人の生活手段の私有は当然に保障される。ゆえに、知的財産権もその範疇にある。以上、既にお答え済みである。
このレベルですから、誰も相手をしないのです。
一生懸命庇う方も一名いますが、常連さんの共通認識でしょう。
>貴方は「生産手段の社会化」といっているが、ではその主体は誰かね?まさか国家をして計画経済でもやろうとしているのかね?
先生に質問するのに、最初から論点がズレています。笑
私は「生産主体の社会化」だと解しています。営利を追求するだけの企業が社会の公器としての責任を感じること。こういうことだと思いますよ。笑
w
いいえ、私もオリジナルをROMしていましたが(ナゼか削除されました)、「生産主体の社会化」と最初に書かれたのは、愛しき人生さんでしたよ。それを「生産手段の社会化」と勘違いしたのは二俣川さんの方です。
頓珍漢な人だなと思いましたから、ハッキリ覚えております。だから愛しき人生さんも、カギ括弧でわざわざ括られたのでしょう。
オリジナルが消えているので、あとは当事者の投稿活動で判断すればよいのです。
私の判断は、レベル低!で変わることは金輪際変わりません。あしからず。
利益を追求する者、受験勉強を通じて学問を追求する者は、最終的には社会の公器となる責任を感じるべきなのです。そこまでには至らなかった者たちから搾取するためであってはならないということです。
わかりますか?わからないでしょうねぇ。笑笑
w
>「生産主体の社会化」と最初に書かれたのは、愛しき人生さんでしたよ。それを「生産手段の社会化」と勘違いしたのは二俣川さんの方です。
>頓珍漢な人だなと思いましたから、ハッキリ覚えております。だから愛しき人生さんも、カギ括弧でわざわざ括られたのでしょう。
そうそう。
読み書きの基本が出来ていないんですよね。
困ったお年寄りです。
>それを「生産手段の社会化」と勘違いしたのは二俣川さんの方です。
どこから眺めているかの違いだけで、意味は同じです。笑
社会全体からみれば企業はモノやサービスを生み出す装置(生産手段)ですから。
企業は自己を装置とは思ってないですよ。自律的な主体だと考えていますからねぇ。笑笑
w
>家族でよく話し合い、何のために勉強しているのかもう一度確認すべきだろう。
動機へ。
私の指導によって答えは出たと思うが、君の知能では理解は無理だ。スレ乱立するまえに、もっと勉強してからにしたまえ。笑
w
> 通りすがり (ID:WEcK8N8HzRs) 氏へ
地方県立高校出身で、東大法学部進学。その後、助手(助教)を務め、現在は某大で教授職にあるA先生と一献傾けることがある。その席での同先生の話が興味深い。なかでも東大同門の先輩教授であるB先生についてである。
A氏は、田舎の清貧な教員のせがれとして生まれ、勉強以外にこれといった趣味を持たなかったそうである。他方、B先生は東京の富裕層に生まれ、麻布中高を経て現在に至る。マスコミへの登場も多く、映画評論も手練れ。その温厚で紳士的な風貌もあり、ファンも多いらしい。
A氏が羨むのは、Bさんらが過ごしてきたその文化環境についてである。がり勉しかなかったと謙遜するAさんに比べ、Bさんは豊かで多彩な少年時代を過ごしてきたそうな。実は、私が東京の大学を勧める理由にこの現実がある。一極集中化が進むわが国では、ヒト・モノ・カネが首都圏に集中する。文化資産も然りである。残念だが、東京ほどエキサイティングな街はこの国にはない。東京で育った子どもたちは恵まれている。
しかしながら、それらの当人に責めのない外的要因の相違が入試制度にまで影響を及ぼすなら困ったことになる。巷間伝わるように世襲支配層が身内・友人等の狭いサークル内で便宜を図りあう現在のわが国の在り方。縁故がはびこる社会の実態。それらは、スミスら古典派、ハイエクら新古典派いずれの経済学とも異なる異様なものだ。資本主義を選択したならば、それらの積極面である「特性」「実力主義」等をぜひ没却しないでもらいたいと願う。
また、それら資本主義の劣化や変質に一定の歯止めをかけてきたものが、この国の従来からあるペーパー・テストを主とする入試であったものと考えられる。むろん、一部に時代に適合しないところもあろう。しかし、そのドラスチックな改革には慎重であるべきだ。こと教育面では、制度や慣習の連続性を重視し、現存する仕組みに手直しを加える形で進めるべきである。
富裕層にある教え子らの利発で明るい顔を思いつつ、地方にいる前途ある見知らぬ子どもたちの顔も同時に目に浮かぶ。




































