女子美の中高大連携授業
受験勉強よりも大切なこと
偏差値第一主義、ペーパーテストの点数さえ取れればいいという考えでやってくると社会に上手く適合できない。では彼らは何が足りなかったのか?
1.相手がどう思うかという「思いやり」
2.自分は完璧ではないという謙虚な姿勢
受験勉強ができる=自分は他人より頭がいい=相手を見下してもいい
という考えのまま大人になるのは非常に危険。思い上がった人間は人に嫌悪される。
将棋の藤井君、囲碁の井山裕太をご覧なさい。圧倒的な勝率を収めても謙虚だ。彼らは自分の力などどれほどのことでもないと思っている。藤沢秀行はこういった。「碁の神様を100とするなら私など2~3ぐらいのものだろう」
隣の小学生より受験勉強ができて灘、開成、桜蔭などに入学できても社会で活躍できなければ意味がない。自分より能力の低い者にいらいらするのではなく彼らを引っ張り上げる、モチベーションを上げさせる努力をしなければいけない。
受験勉強の神様など存在しなくても数学や物理、分子生物学などの神様(今の人間にとって未知なもの)はいるかもしれない。受験勉強ができて東大に入ってもそこで満足するのではなく神様相手に精進して欲しい。
道を誤った彼女は、私がいつも言っている「受験勉強ばかりしていると大切なものを取り落とす」を満天下に示してくれた。私の危惧が的中した。
優秀な受験生を持つ親にとって今回の事件は他人事ではない。
家族でよく話し合い、何のために勉強しているのかもう一度確認すべきだろう。
行徳さん
>それでは・・ AI技術の進展により、「労働」そのものが消滅する時代に、
この「剰余価値」の「搾取」という基本概念はどうなるのか?と質問したところ、
労働が消滅したら、人々はどうやって日々の糧を手に入れるとお考えですか?
>労働が消滅したら、人々はどうやって日々の糧を手に入れるとお考えですか?
まさか、
人々の日々の糧に困るはずだから、労働は無くならないはずだ、
という子供じみた屁理屈はご勘弁くださいよ。
オックスフォード大学が、AI技術の進展にともない、
現在の仕事は半減すると予言しています。
ベーシックインカム
ひとつの処方箋と考えます。
たぶん、ナントカ川さんは「善意の人」なのでしょう。
旧司法試験の合格率は「2万人以上受けて合格は500人」というところまで行き着いたので、10年以上落ち続けるプロ受験生が結構いましたね。
実は「塾の先生」には司法試験浪人が少なからず含まれていました。
中学受験屋さんに中大や早大の法学部出身者が多いのは、そういう事情もあったわけです。
失礼ながら「いい人」だけど、知識や学力がついていかないという…
いろいろ知っています。
「学習院法学部出身で医学部専門の家庭教師」だったひと。
数IIIが自分では解けないのにどうやっていたんだろうな…
司法試験とは関係ないのでしょうけど、知識が固着しているすごいひともいたっけ。
「日本では恐竜の化石は出ていない」と子どもに教えている人がいてこれは飛び上がりましたね。
1978年に発見されて以来新種も見つかっているのに、このお方の「古生物学の知識」は1960年代の「図鑑」で凍結していたみたいです。
わからないことは調べてから言えばいいのに、と思うのですが、小中学校の先生にもよくいますけど「自分は知識人なので子どもたちを啓蒙する使命がある」とでも感じているのかもしれません。
迷惑。でも悪意はないと。
困った人というのはこういうものなのかな。
友だちにはなれません。
戻りすぎるので、改名しました。
一年遅れで負けたか・・・御船竜のファン、miffyです。
爺さん・・・
私、先日の動機が大事だよねさんのコメントに大きく頷いたのです。お年寄りが退場しなくてはならない理屈って、おかしいのではないでしょうか?自分がその範疇に近くなってきているのでそう思うのかもしれませんが、先日、子供と話していたら、自分はお金を貯めて介護施設に入ること前提で話しているのです。迷惑かけちゃいけないよね、とか言って、暗に私に何かを訴えているのかもしれませんが(怒)、これが受験で「実力がない者は退場」という感覚から身に着けた感覚としたら問題かもしれません。。。
不条理は人間の年齢に関係なく襲ってくるものでしょう・・・
玲仁さんのおっしゃりたいこと、院生の中で密かに語られていたことでもあるので、現在がどうかは知りませんが頷くことができるところもあります(特に修士論文のお話)。学内の進学でも一般入試で堂々と合格したい、と考える学生はおりましたし。数については異論がありますが。でも、パズルさんに対するご発言は第三者として見ていてもあんまりと思いました。「決めつけ」は良くありませんでしょう?
司法試験もそうですけど、見極め、これって本当に大切ですよね・・・10浪で合格されても、その先を考えたら初志貫徹になるのだろうか?とか。。。
私は「与太話を検証抜きに安易に語る人」と対話は不可能に近いと思っています。
ですから、ナントカ川さんと直接語り合う気はありません。
ルソーを読んだこともない人がマリーアントワネットにかかわる俗論をそのまま受け取ってしまうのは当然のことで、それを非難する気もありません。
ただ、10秒あれば調べられることもあるのですから、自分なりに指摘されたことについては読んでみたうえで修正すべきことは修正するという誠実さは少し期待していました。
残念ですね。
山本義隆が期待された物理学の研究者の一人であったのはよく知られているところです。
細部にこそ、「自分にとっての馴染み深いものであるかどうか」は顕われるものなので、そういったことの繰り返しでいわば「見くびられる」のは自己責任だと思いますよ。




































