在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
スッキリ!中学受験密着企画「偏差値41から広尾学園」ジャガー横田・木下医師一家密着について
どう思われましたか?
息子さん、少し個性が強そうで反抗期っぽい様子でしたが、毎日朝早く起きてお父さんと勉強頑張ってる姿には素直に頑張って欲しいと思いました。
が、現状考えるとかなり難しいのではないかと….
ふむ。
議論になってきましたね。少し視点を上げて見ると、また違った構図が見えてくる気がします。
官僚は尊敬されるための仕事ではない、公僕だからというのは理念として正しいと思います。ただ、現実のキャリア選択は理念だけで動くものでもありません。
優秀層ほど、成長機会、裁量、影響力、報酬、働き方、将来の選択肢。こうした複数のパラメータを総合的に判断する。
つまり、尊敬か金かという単純な二項対立ではないということです。
さらに言えば、公僕という概念自体も時代とともに少し変化している。
かつては国家に所属することが、公に尽くすこととほぼ同義だった。しかし今は、民間企業、スタートアップ、研究機関、国際機関、NPOなど、社会に影響を与えるルートが多様化している。
特に東大は、資金、制度、人材、環境の面でスタートアップ支援にかなりリソースを割いています。その影響もあって、他大学のように大企業やコンサルを踏み台にするのではなく、ダイレクトにスタートアップに接続するケースが増えている印象があります。あくまで個人的な感覚ですが、寧ろこれは好ましい兆候に見えます。
ex、
社会インフラを作る企業
医療技術を開発する研究者
教育サービスを作るスタートアップ
こうした活動も、広い意味では十分に公に資する仕事です。
つまり、公務員か民間かという区分自体が、やや古い枠組みになりつつある。
そしてもう一つ重要なのは、優秀層の分散は寧ろ健全という点。
かつては東大生の多くが官僚に集中していた。しかし現在は、コンサル、研究、起業、外資、スタートアップへと広がっている。
これは志が低くなったというより、影響力の持ち方が分散したという変化だと思います。国家のために働くという概念も、霞が関だけに閉じたものではなくなっている。
寧ろ、官と民に優秀な人材が分散する方が、社会全体としては強い構造になる。
この意味で、官僚か民間かという議論そのものが、少し前の時代のフレームに見えます。
より高い視点で見ると、優秀層がどこに所属するかではなく、どのように社会に影響を与えるか。
議論の本質は、既にそこに移っているのだと思います。
制限なく教育費を出せるお金持ち、両親は天職を持ち、家族仲がいい、最高だと思う。
トルストイの『アンナ・カレーニナ』で書き出しを想起させるわ。
”すべての幸せな家庭は皆似通っているが、不幸な家庭はそれぞれ異なる趣き呈している”
トルストイのその一節、勘違いをなさっておられる様で。
幸せな家庭が似ているというのは、条件が揃っているからではありません。崩れる要因が少ないという意味に近い。
そして教育の世界はむしろ逆。
教育は、資金、環境、親の学歴、情報量。
条件が揃っていても結果は驚くほど分散する。
寧ろ不思議なのは、条件が揃っている家庭ほど結果が似ないこと。
同じスタートライン、リソースでも
挑戦を選ぶ子
安定を選ぶ子
反発する子
それぞれ全く違う方向へ進む。
トルストイが描いたのは人間の不確実性。教育はまさにその領域。
だから、
条件が揃っているから心配ご無用
なーんてのは、寧ろ教育においては、最も当てはまらない発想だと思いますよね。




































