女子美の中高大連携授業
6年後に都立復活が進んでいたら?
日比谷、西、国立以下重点校で東大150人、都立中高一貫から100人突破となれ中学受験も様相が大分変わるでしょう。中学受験せず最初から公立中あるいは一年通塾で都立中のみ。だめなら公立が増えるんじゃないかな?
他スレッドで中堅私立に行く意味が問われているけれど、学歴取得に的を絞るならあまりお勧めでなくなるかもしれません(都立3番手でも六大学OK)。ましてや中学受験した以上、意地でも公立回避というのはどうなんでしょうね?
中国もシンガポールも、ついでに韓国だって。
超トップクラスの1流の教育が受けられる層は自国にはあまり残らないし、それこそ国家レベルの一握りだけどね。せいぜいエレメンタリーくらいしか自国の教育なんて受けてないんじゃないの?
日本は、サラリーマン家庭でもガリガリ勉強して御三家クラスへ行ければ。公立進路でも都立トップあたり行けば、なんかとりあえず東大目指せるし、狭いけど先が拓けるってのは、EDU層の味方だと思うけどね〜。
日本の私立も公立も、国際的な教育観点から見たら大して変わんないよ。
点取合戦や偏差値を1つ上げるだけの日本受験システムに踊らされてるのを、傍から見てるだけなら楽しいんだど。
もう既にアジアの競争力の中で、日本は相当負けてるよね。我が子とその周りの子女(アジア全般、ヨーロッパ系、アメリカ系)で比較したら、ウチのコのお先は暗いよ。アジア人はトイリンガルでスポーツや音楽で各国遠征(お金あるし、Tutorつけるし、インター同士の交流が盛んだから誰でも行ける)とか当たり前の世界。ボランティア活動も学校授業で組み込まれてるしね。世界トップ大学前提のプログラムなんだよね。
日本の私立で似たシステム持ってるのってないかな。その時点でなんか終わってる感じなんだよね。日本の私立中学。東大入っても、それだけでつまんないんだよなぁ〜。
1992年から93年というと、第2次ベビーブームによる受験世代の増加がピークアウトした頃だろうか。あるいは、バブル経済の終焉により、地方から首都圏難関大学を目指して大量の浪人生が予備校の門を叩いた時代が終わったことの影響が大であろうか。
若い才能の育成は是非やるべき。算数の優れた才能を発掘して奨学金を与える程度なら、たいして金もかからない。現在算数オリンピック・ジュニア算数オリンピックは、結局のところ大手中学受験塾に通う国私立難関校予備軍でほとんどが占められており、裾野は広くない。小4、小5で全ての小学校で案内し幅広く参加者を募り、ファイナリストになった児童が入学出来る無料のアカデミーを設置し、国立大から優秀な講師を集めて算数はもちろん、それ以外の能力開発もする。そこの成績に応じて、国立、公立の一貫校に無試験入学のルートを作る。私立を希望する生徒には奨学金を交付する。
日本の地盤沈下は急激に進んでいる。最早平等かどうか気にしている時間の猶予はない。
東大法学部から大蔵省・財務省に行ったキャリア官僚の素晴らしい経済政策のお陰で、団塊ジュニアは就職氷河期経験し、ロスジェネと呼ばれ、日本は20年を超えるデフレを経験。そのせいで教育予算は増えず、その一方で途上国にどんどん追い越されている。
あれ、東大生ってホントに賢いのか?
傍観者でしたが共感したので・・・
>スレたての意図がくだらなくても、面白いforumにすることはできるはずです
はい、同感です、
最近のエデュは、私立中高一貫をさげすみたい人による次元の低いスレッドが目立ちます。
変な表さんらが、建設的な方向へと上記発言をしても、すぐさまそれをぶち壊すかのような挑発をする人は、もう相手にすべきではないと思います。
連日様々なスレッドで複数人になりすまし、他人の神経を逆なでし続けるおぞましさ。勝手にやらせておけばよいのです。
別学たたきのあの方も、今ではほとんど相手にされません。同じように、話の通じない相手と議論する価値はない。
一人が何にもなりすませる今のシステムを野放しにするエデュもどうかとは思います。こんなこと書くと削除かな。
以降、相手にするのはやめましょう。どうせハンドルネームを変えて出てくるのでしょうが、知恵がないので文体もいつも同じですし、ああまた来たかと思ってスルーです。
そしてレベルの低いスレッド主がが立てたスレッドでも、みんなで建設的かつ有意義なスレッドにしてしまいましょう!
〉以降、相手にするのはやめましょう。どうせハンドルネームを変えて出てくるのでしょうが、知恵がないので文体もいつも同じですし、ああまた来たかと思ってスルーです。
そしてレベルの低いスレッド主がが立てたスレッドでも、みんなで建設的かつ有意義なスレッドにしてしまいましょう!
私もそう思いますが、私立推しも公立推しもスルー出来ないのです。
無邪気に自分が正しいと思い込んでいるから。でもそれは自分の置かれた立場の都合ですよね。
私立に行かせたい家庭は私立に行けばいいし、公立でいいと思う家庭は公立に行けばいい。『内申』『環境』『貧乏』『出涸らし』『中高一貫生はひ弱』これらのキーワードは頻出ですが、全て自分の置かれた立場の都合からの発言です。だから相手の考え方も一理あるのにハナから否定する。
どんなに賢い官僚であっても政治家には勝てないからねぇ・・・
財務官僚が必死に財政規律を守ろうと抵抗しても最後は押し切られる。
その政治家も地元支持者には勝てないから、結局その場しのぎの利益誘導、既得権益政策がまかり通る。
自分の立場の都合からの発言になるのはある程度は仕方ないと思う。問題はその自覚がなくて自分の考えが絶対的な真実だと思い込んでいることだと思う。だから、それに反することを言う人間は極悪人か大馬鹿で皆同じ人物だ、という思想になる。幼稚だね。
それと、議論(という名の罵り合い)がいくらヒートアップしても、言っていいことと悪いことがあるだろう。よそ様の子供を出涸らしとか石ころなどと言える神経を疑う。人の親として。
法案は官僚が拵えるが、それを法律として成立させるのは国会議員。そして、官僚の方々の究極の上司である大臣の大半は国会議員から選ばれる。つまり、国が進む道の土台は政治家が決めている。無論、官僚(官庁)も、法律で委任された範囲内で一定の裁量権は持つが。また、有能有力な官僚の中には、首相や政治家の知恵袋として活躍する者も多い。
そして、国が進む土台を決める政治家は選挙で選ばれる。故に、政治家は票にならない法律に賛成する動機は無いし、票を減らす法律には絶対関わりたくない。エリートはその定義からして少数。国によるエリート教育の強化、のような少数を優遇する政策・法律の成立は極めて難しいし、それを推進しようとした政治家は首筋が寒くなる。一方で、中国、シンガポールのような国家体制であれば、国が決めればそれで実行出来る。政府メンバーの地位は、いかに国富を増大させたかで評価される。我が国の地盤沈下の原因が、民主主義の発達に起因するとしたら、何とも皮肉なことだ。




































