在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
桜蔭か女子学院か慶応中等部か
現小5女子の母親です。
塾の先生に「このまま頑張れば、女子御三家を狙えるけど行きたい学校はどこなの?」と聞かれたようです。受験や志望校を意識しだしたものの、コロナの影響で私立中学校の学校説明会や文化祭へ訪問できず、志望校が決められずに悩んでいます。
タイトルにある、桜蔭、女子学院、慶応中等部の校風の違いもなかなかHPからだと伝わりにくいようです。親もよくわからないです。
本人は、よく聞く名前の女子校と芦田愛菜ちゃんが行っている中学校というだけで気になっているようです。
空き缶をみかけたら~の有名な話しはよく聞きますが、具体的な各校の校風をご存じの方や志望校にした理由など、ご意見を聞いてみたいと思い投稿しました。
でも、当時は女子は東大なんか行くとお嫁の貰い手がない、と言われた時代。
親戚でも早稲田にも受かったのに聖心に行くとか、そういう人が普通にいる時代でした。
勉強に全力投球の今の女子進学校とはちょっと違うでしょう。あくまでも嫁入り道具としての適度な学歴を目指すのがスタンダード。
>>多分同世代だと思いますが、当時も青学より慶應中等部でしたよ。
>>青学も女子御三家より上でしたが、慶應中等部は更に突出。男子は簡単なのに、
>>女子は超難関と言われていました。
慶應中等部が最高水準の評判・評価だったことに異論はありませんが,
昭和50年代前半の算国2教科の「偏差値という数字」に関しては,女子は青学中等部が最高だったことは間違いありません。
大学生くらいまでは資料を捨てずに持っていて,何度も見ていて記憶に確かなので。
ちなみにネットには昭和63年の日能研の資料の画像が上がって先日見ましたが,女子は
慶應中等部 > 青学中等部 > 桜蔭 > フェリス,女子学院 > 雙葉 > 白百合,湘南白百合 > 日本女子大,成蹊(!),共立女子 > 学習院女子,大妻 > 立教女学院,光塩,横浜雙葉
※ 慶應以外は1日・2日の私立校をピックアップ
という記載でしたね。
お嬢様学校の評価は昭和末期でも今よりもはるかに高いです。日本女子大に中→大と進学した友人や,共立女子で兄が開成だった友人は,子供やそのクラスメート,親戚から「難しい入試を突破したと尊敬されないのは悔しい」とぼやいています。
均等法は1985年、この年の入学者の女性比率は5.9パーセントでした。
1970年台、すでに、雙葉、女子学院、桜陰は10名弱の東大合格者をだしていましたし、当時は筑附や学附は今より難関で東大に女性の二桁の合格者を輩出していました。
これらの女子のトップ高校の中にも、バリバリのキャリア志向と専業主婦良妻賢母志向が混在していたのは事実です。しかし、親子ともキャリア志向という女性は、ここで語られるより意外に多かった感じを持っています。
この時代の卒業生は、今とは比較にならない逆風の中、様々なやりかたで、立派なキャリアを築いています。
東大の女性比率は2006年くらいから伸び悩んでいます。原因は推測の域を出ませんが、
官僚や研究者(大学教官)など比較的男女平等が実現していて東大人脈が役に立つキャリアの魅力がなくなったこと。
医学部の人気上昇。東大の理Iや理IIなら他大の医学部、という女性が増えたこと(現在、医学部全体の女性比率は35パーセント程度で、5割に迫る国公立もあります)。
など、と考えています。
スレタイに話を戻すと、東大に興味があるならやはり桜蔭がいいでしょうね。
女子学院でもいいのですが(魅力的なOGが多い)、学校にこだわらずに好きなことをのびのびやりたい人に向きます。
共学を考えるなら、中等部か筑附か、全く雰囲気の異なる学校ですが、今一度お考えください。
筑附、いいですよ。
慶應系なら、繰り返しますが、通えるならSFCも検討していただければ。




































