在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
難関私立と都立一貫
桜蔭と都立一貫を志望校に頑張っていたところ、桜蔭は不合格でしたが、難関私立と都立一貫に合格し、進路を悩んでいます。
難関私立は渋渋or豊島岡、都立一貫は自宅近くの学校(小石川ではないですが人気校)です。どちらも敢えてぼかしています。
桜蔭or都立一貫という試験前の方針からいくと、都立一貫への進学となるのですが、「もったいない」という周囲の意見や当該校が完全中高一貫として実績がないこと等のデメリットもあり、どちらに進学すべきか悩んでおります。
なお、肝心の娘の意思は、都立に傾いているのですが、学費というかコスパを気にしているような感じもします(家計に懸念は全くないのですが…)
同じような状況に置かれた方で、どちらを選択したのか、また、どのような要因でその意思決定に至ったのか、お聞かせいただけますと幸いです。
「共学の中高一貫教育を志望する家庭にとって都立中高一貫は有力な選択肢になる」
「中学受験家庭にとって都立中高一貫という選択肢があることはありがたい」
「都立を選ぶ家庭は校風を気にしない、などの決めつけはやめてほしい」
「都立と私立の併願が少ないのは適性検査がネックになっているからだと思う」
私が前スレと本スレで書いたのは上記のような意見です。
私の意見そのままではなく、一部を切り取ったり、「私立貶し」「都立某校がすごいと言いたいだけ」などと変換して執拗に叩く人がいる、という印象です。
我が家は別学と附属には魅力を感じませんでしたが、「受験家庭にとって、別学という選択肢があることがありがたい」「附属という選択肢があることがありがたい」と書かれても「は? 勝手に受験家庭を一括りにするな」とは思いませんね。
「ありがたい人もいるのだな。私は別にありがたくないけど、いろいろな人がいるのだから選択肢は多い方が良いな」と思います。
「皆が別学に行きたいのだ」「皆が附属に行きたいのだ」と決めつけられたら腹が立ちますがね。
もしかして、私の意見を「皆が都立に行きたいのた」と、脳内変換していませんか?
> を「皆が都立に行きたいのた」と、脳内変換していませんか?
ごめんなさい。爆笑。
逆立ちしてもそんな変換しないよ。
あなたが思わないからと言って、私にとっては「は?」です。逆も真なりで、私にとって気にならない「都立を選ぶ家庭は『ほとんど』校風を気にしない」にあなたは何十回も噛み付いている。「都立を選ぶ家庭はみんな校風を気にしないのだ」と『ほとんど』を脳内削除しているのはあなたです。
なぜ脳内削除するのですか?答えられます?
下記の意見には客観的な根拠って無いのでしょうか?
やめて欲しいと思うの後ろ二つは個人の感想ですからご自由に。
「共学の中高一貫教育を志望する家庭にとって都立中高一貫は有力な選択肢になる」
「中学受験家庭にとって都立中高一貫という選択肢があることはありがたい」
は、「だと思う。」が無ければ何か根拠があり、それが事実だと言えなければ当然批判されますよ。
「共学の中高一貫教育を志望する家庭」や「中学受験家庭」が私はそんな事高校野球思って無いよ決めつけるなとなるのが分かりませんか?
こう書くならせめて根拠を出しなよ。でなきゃ「と思う」とか「私見だが」を付けなきゃ、批判されて怒っちゃ駄目ですよ。
大手塾の合格者数発表やコラムなど、都立が併願になってない(少数派)なのは、何度か根拠示されてますよ。
主語に自分が含まれるかどうか、というのも大事かと。
主語が「中学受験家庭は」なら、私も、私を叩いている人も含まれる。(都立と私立の併願なら「受検」も「受験」もしますので)
主語が「共学の中高一貫教育を志望する家庭は」なら、私は含まれますが、私を叩いている人は多分含まれない。
主語が「都立を選ぶ家庭は」なら、私は含まれますが、私を叩いている人達は含まれない。
「自分が主語に含まれないのに決めつける行為」は、決めつけられる側からすると特に不快です。




































