在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
少年野球なんて嫌いだ!
新5年生の母です。
塾の成績、ぱっとしません。(Nで53位 4年次平均)
子供は野球好きで土日祭日、一日野球です。
でも、へっぽっこで補欠君。
私は一日手伝いやら、車で試合会場までの送迎。
正直言って苦痛でたまりません。
塾の課題を子供と解いてバトルになると
「野球やめろ!」
「野球やってるから成績上がらないんだよ!」
「野球のせいで土日勉強できないじゃない」
「お母さん、お前のために休みつぶしているんだよ」
と当たってしまいます・・・
バトルが悪いことは自覚していますが
少年野球は私にとって、ものすごいストレスになっています。
もちろん、野球もレギュラー。偏差値も70オーバー
ってことなら絶対起きない様な気がしますが
めっちゃめちゃイライラします。
強制的に野球をやめさせることはいけないことですかね?
私は野球のお母さん方から中学受験うんぬんの話が苦痛。
寒い日も、暑い日も一日手伝いが苦痛。
補欠のわが子を見ているのは苦痛。
あんなに野球ごときで(好きな方ごめんなさい)熱くなれる
人たちと自分は違うと思っている嫌な自分が在る。
一番の問題は、このストレスを子供にぶつけてしまう自分がとっても嫌。
子供はへっぽこだけど野球仲間と一緒にいることが楽しいと言う。
勉強させたい自分、野球やりたい子供、受験については
話し合い済みで受験はしたいとの意思は確認済み。
6年生になったらやめると一応、言った。
でも、私我慢できない・・・情けないけど。
やめさせてはいけませんか?
それとも子供のやりたいことなので我慢ですか?
私は少年野球やっている子を見かけると
ひっぱたきたくなるほど野球は嫌いです。
通りがかりさんへ
>「ユニフォーム姿やバッグが目立つからこそ公共の場ではきちんと」
>「野球をやっているから社会性が、これこのとおり身についています」
>ってところを見せなくてはなりません。
先ほどの私の投稿は、上記の<少年野球の社会性さん>のお言葉を中学受験生や私立の学校の例に当てはめてみただけです。偏狭という言葉は別の形でお借りしました。そのことでややこしくなってしまったのなら使うところを間違えました。すみません。
>「傲慢で偏狭」というのは「野球少年(およびそれに関わってきた成人)が
>『これが社会性だ』と思っていることが傲慢で、その社会性は偏狭な範囲に
>とどまっている」と書いているのです。
この文章からは、野球少年(およびそれに関わってきた成人)が社会性についてどう考えているかを、<野球少年の社会性さん>が推測しているということしか読みとれません。ご自身が元野球少年もしくは元少年野球指導者でこのように考えていたとおっしゃるのでしたら別ですが。仮にそうだとしてもごく一部の例で全体を断定するかのように語るのはおかしいと思いませんか。そのことも合わせて前回の投稿をしました。ご理解ください。
野球少年(塾帰りの子供や私立中学生)のマナーが良いとか、悪いとか、ということ自体はあまり問題ではなくて、少年野球の場合、監督やコーチの前での特定の狭い社会では社会性をもってマナー良く行動するので(たとえ無関係の人の前でマナーが良くない行動を取っていたとしても)、そのような特定の狭い社会における行動だけを見て、「少年野球は社会性が身に付く」と確信されている方々に対して、それはおかしいのでは?と、野球少年の社会性さんは感じているのですよね。。。
本スレで社会性の定義がなされていないので、各人で社会の広狭に解釈の違いがあって、議論が噛み合わないのかも知れませんが。。。
何か議論が噛み合っていないように思われましたので、余計なこととは思いましたが、横レスさせて頂きました。
親は自分が大切だと思うことを子供に伝えていくものだと思います。
だから、自分がおかしいと思う価値観を持っている人達と、子供を常時関わらせていく事には、危機感を抱くべきだと思います。
優先順位は楽しい野球を続けるか、より、もう高学年なんだから正しい価値観を育てることにあると思います。
だから、「運悪く」自分がおかしいと思う考えを持っている人が多い環境なら、自分の考え方が固まっていない子供がその悪影響を受けないように、すぐに遠ざけるべきではないかと。
久しぶりに来てみたら、まだまだ続いていてびっくりしました。
皆さんも言われているように、「少年野球」をしている子(親・監督・チーム・・)
だっていろいろです。
自分の周りのごく一部を見て、決め付けるのはよくないんじゃないでしょうか?
どなたかも書いていらしたように、
受験しない人達(ここでは特に野球オンリーの人たち)の中には
「よくもまあこんな小さい時から勉強ばっかさせてかわいそうに〜」
と思っている人もきっといらっしゃるでしょう。
誰でも、立場が違えば考えも違います。
自分の気持ちや考えをまるまるわかってもらおうと思っても
どうしようもないことだってあるかもしれません。
でも、自分の立場と違うから理解できない!と言うばっかりだったら
社会で生きていけないんじゃないでしょうか?
理解できない、って切り捨てるんじゃなく、他者を思いやる気持ちを
持ちたいものですよね。
それが人間、なんじゃないでしょうか。
それから、
受験をするのに野球もやっている人に対して
中学に入ってレギュラーの9人に入るのに有利だから。。と
おっしゃっていた方へ。
そんなこと思って、こんなしんどいことを両立させようと
思っている親子がいるのでしょうか?
やること全てが何かの得になるためでないと、やる価値が
ないのでしょうか?
あなたの行動の基準は、そうなのかもしれませんが、
そんな風に割り切って考えられる人ばかりではありません。
少なくとも私はそうではありません。
これから先の長い人生を生きていく上で、
多くの方が書いていらっしゃるように、野球を通して
学べることもたくさんあると認識しているから
させているのです。
それは、いいことも悪いことも両方です。
それと、何よりも本人が「野球が好き!」だから
応援してやりたいのです。
塾や受験を通しても、また違った意味で
同じことが言えると認識しています。
もしも受験に失敗したからといって、
子どもの人生がそれで決まってしまうわけでは
ありません。
その先、どう生きていくかが大切なんじゃありませんか?
「○○中学に入ったら、この先安泰」なんてことは
ないですよね。
勉強だけできても、世の中に出たら社会生活が
送れない人も実際近くにいるので、「勉強だけさせる、
ムダと思うことはさせない、危険から遠ざけて」育って
来た人のもろさも感じています。
どこかの文句ではありませんが、
本当の意味で「生きていくための力」をつけて
ほしいと願っています。
その一環として、野球もあり、勉強もあると考えています。
通りがかり さんへ:
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> 何か議論が噛み合っていないように思われましたので、余計なこととは思いましたが、横レスさせて頂きました。
一部の例をもって全体を語られても議論には発展しないと思います。
それは少年野球、中学受験に限らずです。
一部の例を挙げられるのであれば、こういう体験をして(こういう人を見て)私はこういう風に感じました、と書けばいいのではないでしょうか。
私だって、<少年野球の社会性さん>が目撃された
>電車で遠征試合に行くと、大きいバッグをきちんと並べたり重ねたりせずに
>床にばらまくように置く。
>まぁ疲れているんでしょうが、試合後の汚れたユニフォームのまま平気で
>(行きはともかく、帰りは着替えましょうよ)電車の席を占領して、
>妊婦さんやお年寄りや体の不自由な方々に席も譲らず。
>立っていれば立っているで、つり革2個に両手でぶらさがったり。
>引率の指導者/保護者もそれを黙認。
はひどい行為だと思います。
でも、だからといって、
>野球をやっている子供の社会性は一般的に他のスポーツをやっている子に比べ
>傲慢で偏狭です。
>第三者である周囲への気配りができず、「うちわだけ」の社会性です。
と断定することには納得できないのです。
ところで、先ほどから<少年野球の社会性さん>の投稿について本人をさておき、私と通りがかりさんが議論?を続けているという変な状況になってますね(^о^;
私はこの春私立中学に入学した野球少年の母という立場ですが、通りがかりさんはどういう風に野球もしくは中学受験にかかわっていらっしゃる方なのでしょうか。
ぜひ、通りがかりさんご自身のご意見をお聞かせください。
>>そして、同じ様に、非受験組から見れば受験組もかんべんして欲しい人と
見られている
そう言う貴方は、非受験組なんですね。自由ですがここは中学受験板です。貴方とは違う考え(中学受験を考えている親等)の方々です。
スポーツには、先輩・後輩やチームとしてのモラルや規律等をきっちり教え込まれているもんだと見るから、野球に対して厳しいコメントがでるのではありませんか?
受験生の親は、他人にとやかく受験を薦めたりしないですし、自分の子供の事で精一杯です。そして回りから子供が可哀想〜なんて言われる事自体、大きな偏見です。
親は さんへ:
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たしかに大切だと思いますが、それだけでいいでしょうか?
あなたの価値観や判断が必ず正しいと言い切れますか。
たぶん判断が良かろうが悪かろうが私が守るしかないと思われているでしょうが
それはちがいます。
あなたのような思いで子供を育てている方は、大切なことを子供に伝えるのではなく
強制的に植えつけてしまうこともよくあります。
何がよくて何が悪いかなんて自分で経験してみないとわかりません。
近所にへんな行動をするおじさんやおばさんがいてはじめてこれはへんだとか
きをつけなければと実感するわけですよね。
もちろん暴力が特別な理由もなしに普通に行われているとしたら危険回避を
しなければなりません。
ただ、親の(とくに母親の)感覚や判断でよいわるいを決められ子供に
強制しているということは、最近は非常に多いようなきがします。
父親が休日しか子供とのふれあいがなくなってしまう傾向の中で、母親の価値観だけが刷り込まれ男の子の思考傾向が女性化してしまうことがとても多いです。
それでいて親の機嫌が良いときは好き放題させてくれたりして、子供は親のあつかいだけが変にじょうずだったりします。
たくさんの親以外の大人や学年の違う友人と接する機会は子供の社会性を成長させる
ことにとってとても必要なことだと思います。
悲しい思いをしていない人間は人の悲しみはわかりませんし、失敗して悔しい思いをしていないひとに、成功したときのほんとのうれしさは味わえません。
子供をどう育てるかは当然家庭での判断があるでしょうから何もいえませんが、保護を目的に子供の成長を自分の判断と自分の与える価値観の中だけでさせていこうと考えること自体はとても危険なことだと思いながらいたほうがよいと私は思います。
> >
> 親は自分が大切だと思うことを子供に伝えていくものだと思います。
> だから、自分がおかしいと思う価値観を持っている人達と、子供を常時関わらせていく事には、危機感を抱くべきだと思います。
> 優先順位は楽しい野球を続けるか、より、もう高学年なんだから正しい価値観を育てることにあると思います。
> だから、「運悪く」自分がおかしいと思う考えを持っている人が多い環境なら、自分の考え方が固まっていない子供がその悪影響を受けないように、すぐに遠ざけるべきではないかと。




































