在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
中学受験は金持ちの道楽
多くのファイナンシャルプランナーは、
中学受験が教育費破産を招く主因であると指摘しています。
中学受験塾の費用はオプションまで含めると
年間200万円以上に達することもあります。
その負担は私立大学の理系学部よりも遥かに大きいです。
さらに、サラリーマン家庭が中学受験に膨大な金額をかけることは
少子化を促進すると警告しています。
彼らは中学受験を「金持ちの道楽」と断じており、
合理的な教育費の使い方を強く呼びかけているのですが
皆さんはどう思われますか?
ただ、当時は高校受験がかなり盛んで、国私立最難関校はものすごい倍率で、中学受験の方が易しいとの印象がありました。高校募集ごある中高一貫校だと、当時は高校入学者はほとんど東大という状況でした。小学校の同級生からも御三家や国立に何人もいったので、さほど優秀とは思っていませんでした。まあ、もともと優秀であったのかもしれませんが、私は、高校で、中高一貫教育における中学時代の余裕がある有意義な過ごし方と、高校受験に注がれた努力の無意味さを感じたわけです。
思っていなくても、本人たちはかなり努力したと思うし、小学校時代の一部も犠牲にしたのではないでしょうか。けっして楽しみながら中学受験したわけではないと思う。
当時は、願書は手書きでしたよね。あれもけっこう大変でしたよ。紹介者を記入しろと言われたこともあります。
私自身の経験からすると、中学受験算数は思考力、論理力の養成になっています。基礎トレーニングです。あれをやっていたので方程式は楽でしたね。新たな武器が増えた感じです。それと中学受験ですでに解法が何通りもあることを理解していて、より良い解法を考える癖がつきました。
しかし難関レベルの大学を目指さない場合は、丸暗記数学で大丈夫なので思考力や論理力の養成はあまり意味がないのかもしれません。
子供に中学受験させてみて、精神的に未熟な子供に受験に挑ませることの難しさは経験しました。中学3年生とは違ってまだ心が幼いので、不合格とかあると、本当に落ち込みますね。親の手による子供の意欲とコンディションの管理が大変です。また、特に小6の1年間は、勉強も大変だった様に思います。
ただ、中学受験の勉強が、小学生時代を犠牲にしていると言えるかどうかは疑問です。小学校では、小4ぐらいから、少し理解力が高く頭の回転が速い子供を中心に、学校での学習内容に退屈し始めます。これは、塾で先に習うからとかだけではなく、中学受験しない子でもできる子は全く同じです。精神的、知的能力的に急激に成長する子が多くなる小学校高学年頃になると、上位3分の1ぐらいの子は授業中、本当に退屈していています。私も小学校時代、退屈でずっと読書していました。中学受験の勉強は、そうした退屈している小学校高学年の子供に知的刺激を与える良いプログラムになっています。子供やその友達を見ても、塾の勉強そのとのは、かなり楽しかった様です。小学校高学年の遊びというのは大変難しいです。小さな子供の様に遊んでいるわけではなく、社会性も出てきますし、悪い事も覚えます。中学受験の勉強は、リトルリーグなどスポーツに精を出すのと同じくらい、又はそれ以上に健全な過ごし方であると思います。
ただ、小6の1月、2月の試練はなかなか大変なものです。
確かに計算力は数学力が伸びるかどうかの分かれ目ですね。子供は中学受験では算数はそこそこでしたが、中学高校では数学が得意で数オリとかに出ています。もしかしたら、中学受験の勉強に取り組んだことが関係しているのかもしれませんが、この辺りは自分のことでないので、実感がありません。まあ、中学受験の算数は、数学の基礎体力程度の内容だと思います。
東大の入試の数学は割と易しくて、高校数学を普通に勉強して、きちんと理解していたら、最後は力技で解ける問題ばかりでした。ひらめきとか、アクロバットが要らない問題が多かった様に思います。昔、京大、東工大、一橋は数学で少しオタクで難解な問題を出していましたが。
大学受験の後、大学での数学になると、もっと抽象的に数学的理解を使いこなす力が必要ですが、まあこれは知的体力の問題ですね。才能とかではなく、中学受験や高校受験の難問を解く力とは無関係だと思いました。




































