女子美の中高大連携授業
留学や行き過ぎた英語教育のメリットがよくわからない
英語が大切だということはわかります。しかし上位校であれば、どの学校でも英語はもの凄く勉強するし、子どもも卒業までには英語を長い時間をかけて勉強して覚えます。
英語が大切だということは誰も異論はないと思うのですが。
留学や行き過ぎた英語教育にどういったメリットがあるのか、さっぱりわかりません。
医学部や司法試験と同じで、医者や弁護士になる人は上位校(東大としても、早慶以上としても、何でもいいですが)の中でも少数派で、半分以上の人には関係のない話しです。
それと同じで、留学だ英語だと熱を上げている人は全体の中では(医者だ弁護士だと言っている人と同じ様に)実際には少数だ、ということでしょうか。
英語が大切でないとは思っていませんし、我が子も毎日の様に英語をよく勉強しています。英語が大切なのはわかりますが、言ってしまえば数学と同じ程度に大切だとは思います。
留学や行き過ぎた英語教育のメリットがよくわかりません。ごく一部の人たちが掲示板を賑わせている、ということでしょうか。
≫合格がグレーラインなら、英語や留学は、大学受験が終わってからにした方が良くはないか、ということです。
純粋に入試戦略だけについて言うと、東大合格者の英語の平均点は80/120くらいです。ここに1年の留学で20点か25点ぐらい積めないか、それは他の科目とトレードオフに本当になるか、数学や理科何かを落とさないりゅうこくがてきないか、ということを考えてみるのもいいかとおもいます。
東大二次は他の大学に比較して番狂わせの起こりにくい問題ですが、時に数学で悲劇が起こります。これに比して英語は安定して取れ実力が反映されます。
「行き過ぎた」というのは通常とか定番とか王道から外れているって事かと思うが、そこを単なるリスクと見るか戦略と見るかは人によって違うだろうね。
英語、しいては海外に興味がある子供が中高でそこにリソースを割いて、仮に当初目指していた大学が不合格になったとしてもそれは取り返しがつかない失敗ではなく、その経験から生み出すものもある。若い頃の悔しさは原動力に変換されやすいし。日本の「普通の」大学1年生より磨いた英語や視野で、進学先でさらに人と違う経験を積んでいくことも可能だ。親世代ともなれば失敗や思いがけないことが人を強く育てること、人と違うことが強みなることは理解できるのではないかな。
日本の「定番」は、世界の中では残念ながら相対的に価値や競争力が下がってきている。人と違うことをポジティブに捉えられる人は、どんどんチャレンジする時代になってきているということなのでは。人と違う挑戦をした人だけが掴める果実もある。この先の日本を牽引する層にはこういうマインドが必要な気がする。
「行き過ぎた英語教育」と言っていること自体、一定の基準に基づく規範、規制を意味しており、「市場競争回避」のスタンスそのものですね。
規範、規制に基づく競争は、ルールの内側でのスポーツなどのゲームにおける競争を意味しており、市場競争とは似て非なるものです。
ルールの内側での競争は公平、公正な競争ではあるが、必ずしも市場価値を生むものではありません。
市場価値を生まない英語力が、市場価値を生む英語力より劣るのは当たり前の現実です。
英語力も、ルールに基づく公正な競争、から、多様性を前提にした差別化に基づく、市場によって価値が決まる能力へと変遷しているのが現実です。
田舎の公立高校で行われいる旧来型の英語教育ではダメだという現実を理解しましょう。
我が子は東大に余裕で合格できるのではなく、学校(中高)で東大受験に直接の関係はない実践的な英語学習(会話、スピーチ、プレゼン、ディベートなど)をやる程度の余裕はある、そういうことをやってもたぶん東大に合格できそう、という程度です。
ちなみに中学受験時も習い事を続けていたし、高3になるまで続けるつもりです。
余裕で確実に合格できるほどのレベルではないので、東大に合格できない可能性もあります。
でも、合格できなくても、受験勉強に専念すれば良かったという後悔はしないと思います。
受験勉強に専念して東大に現役合格するのと、受験勉強以外にやりたいことや有益そうなことも色々やって一浪して東大に合格するのを比べたら、後者の方が良いと思うので。
主さんは前者の方がいいのでしょう?
それは価値観の違いです。
後者の方がいい人や、受験勉強に専念せず不合格だったら第二志望以下の大学でいいという人は結構いると思いますよ。
どちらがいいかは人それぞれです。
>留学や行き過ぎた英語教育にどういったメリットがあるのか、さっぱりわかりません。
そもそも、新課程の英語教育のビジョンとコンセプトの下に実施されている「共通テスト」の英語は、リスニングと英語情報の処理能力の速さ、が非常に重視されており、能力の低い日本人の英語教師が日本語で解説する英語教育では、適切に対応できなくなっているという現実を理解していない。
これからは、文法解説型の旧来の英語教育では、上位大学の合格は難しくなっていきます。




































