在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
留学や行き過ぎた英語教育のメリットがよくわからない
英語が大切だということはわかります。しかし上位校であれば、どの学校でも英語はもの凄く勉強するし、子どもも卒業までには英語を長い時間をかけて勉強して覚えます。
英語が大切だということは誰も異論はないと思うのですが。
留学や行き過ぎた英語教育にどういったメリットがあるのか、さっぱりわかりません。
医学部や司法試験と同じで、医者や弁護士になる人は上位校(東大としても、早慶以上としても、何でもいいですが)の中でも少数派で、半分以上の人には関係のない話しです。
それと同じで、留学だ英語だと熱を上げている人は全体の中では(医者だ弁護士だと言っている人と同じ様に)実際には少数だ、ということでしょうか。
英語が大切でないとは思っていませんし、我が子も毎日の様に英語をよく勉強しています。英語が大切なのはわかりますが、言ってしまえば数学と同じ程度に大切だとは思います。
留学や行き過ぎた英語教育のメリットがよくわかりません。ごく一部の人たちが掲示板を賑わせている、ということでしょうか。
海外留学をしたことのない人にいくら留学が重要といってもわかるわけない。
海外留学をしたことない人は、留学は英語の勉強と捉えている点で何もわかっていない。英語で他の科目を学んでいるのであって英語ができるのが前提。
日本で日本語による英語の勉強をしても、高校生でせいぜい英検準1級程度。英語を効率的に身につけるには極めて遠回り。
中国人が日本に来て1年もしないで日本語ができるようになり、日本人と同じ条件で母国語でない日本語で、サピックス等から難関校に続々と合格していく。
渋谷系や広尾の帰国生が海外のインターナショナルスクールや現地校に数年間いただけで英検1級レベル。
なぜなら、中国人は日本語しか話せない環境にいるから必死に日本語も他の科目も勉強する。
帰国生も英語しか話せない観客にいるから必死に英語も他の科目も勉強する。
日本で日本語による英語の勉強は飛んでもないほど遠回り。
既出だが、語学は耳を鍛える必要があるので若い方が上達が早い。バイオリンやピアノと同じ。自分は大学院で留学したが、英語でかなり苦労した。高校以下で行った人は大抵ペラペラになって帰って来る。
個人的には英語のスキルは大学が1ランク上かどうかよりもその後の人生に影響すると思う。
これまで来日する数百名の外国人を見てきたが、日本人と区別つかないレベルのイントネーションや文法的な間違いなく会話できる外国人の来日時の年齢を見てみると、15歳あたりが限界だということがわかる。それ以降だと、いくらアナウンサー学校等で専門的な日本語の勉強をしても、イントネーションは日本人と区別つかないものの、日本人では違和感のある(日本人の中学生が絶対に間違えないような)誤った助詞の使い方を、どうしてもしてしまう。
そのあたりに閾値がある気がしてならない。
上位校の認識ができていないのでは?
ITと一緒ですよ、英語も。
高校の教科書(情報)は読みました。実施は大学に入っていから。そこからスマフォ、ライン、HP作成などを始める人、いないでしょう。
英語も一緒ですよ。高校まで教科書でやりました。実施は大学に入ってから。まぁ、いなくはないですが、かなりWEB交流、1対1オンライン英語などで経験値は上げています。どのクラスにも留学者は何人かいるでしょう。隠れ帰国もね。外国籍もいるかな。
大きな差だし、おそらくこの差は追いつけない。先に行く人はもっと速いスピードで先を行くから。
プログラミングや簡単なプレゼンスライドを図書館の会議室でグループ制作をしていく時、すでに何度も資料作成をした経験のある学生とブラインドタッチすらできない学生と。おそらくPCに触らせてすらもらえないでしょう。できる人が話ながら発表資料を作っていけるから。(上位大学にそんな人はいないと思うけど)
英語も一緒。
「外国語との格闘で知性を磨き、教養ある文章を学び何か高尚なことを考える契機とする」というのがしばらく前の外国語教育でした。
これはイギリス人がラテン語を学ぶのと同じ発想ですかね? こういう教師陣を英語教育から追放するのが日本の英語教育にとってまず第一に必要でしょう。
彼らはまた「英語なんてニューヨークに行けば乞食だって子供だって話している」と宣う。日常語なんて教養ある高尚な人士が学ぶことではないと考えている。
彼らは初級、中級英語を教えてはならない。大学院レベルで文学論や文体論、比較文学などを自分の後継者足る人に教えるのはいいが、彼らが「英語」を学生に教えるのは多大な害毒を及ぼす。
文章を細切れにして順番を入れかえ日本語の並びに直しいかにいい日本文になるか翻訳する。そういう人がいてもいいがそれは翻訳や英文学の専門家に留まるべきだ。
糊口をしのぐために教養学部まで降りてきてもらっては学生はたまらない。百害あって一利なし。
昔、医学部のドイツ語の授業に精神医学の大家の文章を教材にした教授がいた。初級ドイツ語を始めたばかりの医学生には全く無謀な授業。
教師の趣味で難行苦行をやらさせる学生はたまったもんじゃない。本試験で通る学生は1割もいずビーコン、トリコンでやっと合格させてもらえる。
ある時、懇意にしていた教授から頼まれた。「君、あの授業やめてくれるように先生に話してみてくれよ」
他の科目を勉強する時間がなくなることをどうも危惧していたようだ。
結局、だれもドイツ語などできるようにならなかった。ラテン語もしかり。かの教授の試験後には机の中に山を張った部分の日本語訳がびっしり書かれていた。
その後、解剖の授業を手伝いに来たアメリカ帰りの脳外科講師がラテン名がなかなか出てこずに英語で~アーテリーなどと言っていて救われた。
後年、ニューイングランドジャーナルやセルなどを読み、日本の学会でも半分は英語セッション。英米学生は今でもラテン語で解剖名一応はやるのかな?
繰り返しましょう。日本の英語教育を劇的に変えるにはまずは英文学者を英語教育(初、中級、上級も)から排除することです。




































