女子美の中高大連携授業
説明会で選民意識のような発言が
今日行ってきたある中学の説明会で
校長先生のお話の中で、「??」と思うことがありました。
我が校は、塾に行く必要はありません、という説明の中で
「公立の底辺の学校では、行事の打ち合わせを放課後やろうとすると
アルバイトの調整をしなければいけない場合が多い」とおっしゃいました。
その次に、他の私立の学校では、塾の調整をしなければいけない、と続くのですが。
公立の底辺・・・と聞こえたのですが
そのようなことをおっしゃるのがちょっと選民意識のような
気がして気になりました。
特にみなさん気に留めていらっしゃらなかったようですが
私は妙にひっかかってしまいました。
学校自体は気に入っていますが
そのような意識がある校長先生なのかな、と。
生徒さんはとても礼儀正しく、紳士的でしたので
残念なような気持ちです。
そんなこと・・・というものでしょうか。
ここの校長は6学年全員の生徒の名前と顔を覚えていて
気軽に話しかけて下さるとか。
ご自身は女の子3人のお父さんだそうで、生徒達を息子のように可愛いと
仰っているのも聞きました。
飾らないお人柄で、いつもお話も面白いのですが、
やはり今回の発言は失言だったのでしょうね。
校長の発言が問題にされていますが
聖光学院は、神奈川で言うと桐蔭学園と同じような新興進学校です。
考え方、校風などどこか似ています。
カトリックの皮をかぶった桐蔭という言葉が出ていましたが
そういうところもあるでしょう。
聖光にカトリック的な教育を求めるのはちょっと違うかなと。
むしろ、最近の新興校のように、サービス産業に徹し
生徒にさまざまなメニューを提示する。
(その一端が聖光塾だったり、部活の指導者を外に求めたりということだろうと思います。)
伝統校はそんな面倒なことはしない。
若干、宣伝臭はしますが、塾や保護者の受けは良いと思います。
聖光は伝統校と違い、OBのまとまりも比較的希薄。
(小田和正さんのように母校の宣伝に協力する方もいますが)
だから、昔風の正当な学校文化?を望む人には、ちょっと・・・と思われるのかもしれません。
難関校は伝統校が多く、よく言えば正統派ですが、悪く言えばサービス精神に欠ける。
好きなら受けなさいという感じ。
入っても生徒はほったらかし。やる気がある子だけついてきなさいという感じ。(よく言えば自由)
それに対して聖光はサービス精神旺盛。
そう考えると、ここで言われているように聖光はお高くとまっているというより、むしろサービス業的な腰の低さがあるように思います。
それが良いと思うのか、鼻につくと思うのか、それは人それぞれだと思います。
「底辺校」は教育者として失言だったかもしれないけれど、
校長先生の話を全部聞いたわけでもない人たちが、
そこだけをとらえていろいろ言うのはどうかと思うのですが。
話の全体の流れというものもあるし・・
木を見て森を見ず、というか・・
言葉尻にこだわると、話の本質が捉えにくくなる危険がありますよね。
なんだか、マスコミに都合のいい場面だけが繰り返し放送される
記者会見のようだなあ、と思ってしまいました。
失言のないほうがいいに決まっているけれど、
失言がないからといって、その人が人格者とは限りませんよね。
私はこの校長先生には、結構好感をもっています。
今年の春、息子はこの学校に合格しましたが、
同日発表の第一志望校は不合格。
大泣きして立ち直れないままに聖光へ合格書類を受け取りに行きましたが、
ちょうどその場に校長先生が通りかかって、
すでに息子の手にあった書類を
「おめでとう、よくがんばったね」と言って、自ら渡し直して下さいました。
小さなことですが、息子はそれで大分気持ちが落ち着いたようです。
結構、ざっくばらんでさばけた方なんだと思います。
だからこそ、今回のような軽率?な言葉もつい出てしまったのでしょう。
人格者だけれど、いつもしかつめらしい顔をして、
校長室にこもっているような校長先生より、
つい失敗してしまう方が人間的だし、
ずっと子どものことをわかってくれそうな気がしたのですが。
? さんへ:
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> 新興、新興・・と、出てきますが、
> 神奈川で古いのは、浅野くらいですか?(大正9年)
> 中1で、栄光は、まだ61期生、
> 聖光は、まだ50期生ですもんね。
聖光に限りませんが、高度成長期以降にできた学校は
いつまでたっても新興進学校といわれますよね。
桐蔭も聖光と同じくらいにできた学校ですが
やはり新興といわれます。
高度成長期以降できた私立は
基本的に大学受験突破を大きな目標に掲げているところが多く
(聖光もご他聞にもれません)
こういう校風も新興の学校の特徴かもしれません。
当時はそういうご時勢だったので仕方ないかと思いますが
戦前からある伝統校(御三家や、神奈川で言うと浅野、あるいはカトリックでは暁星など)や、
戦後の混乱期にできた学校(たとえば同じカトリックでもラ・サール、栄光学園、愛光学園など)とは校風に違いがあるのは確かだと思います。
聖光はカトリックであり、難易度、場所柄、栄光学園と比較されることが多いと思いますが
どちらかというと校風は同じ新興の桐蔭学園と近しいものがあると感じます。
面倒見がよく、予備校いらず、現役進学率が高い、進学塾と親しい関係にあるなど
人気がある理由は多々あります。
今の親が学校に求めていることを、きちんと提供できている学校だと思います。
こういう点も、「教育はサービス産業である」と言い切る桐蔭学園の校長先生とダブルのです。
だそうです。
> 新興、新興・・と、出てきますが、
> 神奈川で古いのは、浅野くらいですか?(大正9年)
> 中1で、栄光は、まだ61期生、
> 聖光は、まだ50期生ですもんね。
逗子開成は?と思ったのだけど(遭難して歌までできちゃうし)、中学は歴史がごく浅いのですね。
逗子開成が中学募集を再開したのは
1985年(昭和60年)ですから
いわゆる中高一貫校としての歴史は
まだ20年ほどですね。
本格的に進学校化したのは、ここ
10年ほど。
それ以前の逗子開成は
今とはまったく違う学校〜いわゆる
公立高校に入れない生徒が入る学校
でした。
(まさに底辺校といわれそう)
今の親世代にはまだ当時のイメージ
を引きずって逗子開成を敬遠してい
る人もいますね。
学校も変わろうと努力すれば、これ
ほど劇的に変わることができるとい
う好例でしょう。
1985年 さんへ:
-------------------------------------------------------
> 今の親世代にはまだ当時のイメージ
> を引きずって逗子開成を敬遠してい
> る人もいますね。
> 学校も変わろうと努力すれば、これ
> ほど劇的に変わることができるとい
> う好例でしょう。
まだまだ追いつくには…ですが、聖光の話が出てそのお尻ではありますがこうやって話題に登るようになった…きっと関係者は万感の思いがあるのではと思います。
これも先生方の努力の賜物ですね。
『伝統校』って素敵な響きですが、伝統校と讃えられるにはそれまでの長い間の先輩方の努力あっての評価ですよね。




































